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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 4 名前も知らないあだ名事件

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番外編:変化 或いは理解

 探偵、と聞いて、あなたは誰を思い浮かべますか?

 人々にこう問いかけたならば、彼らは、誰のことを口にするだろうか。


 現実的な回答で言えば、興信所や、私立探偵の類だろうか。

 これはまあ、妥当なところだろう。

 電話帳にも載っている、現存する職業の一つだ。


 小説やドラマが好きな人なら、フィクションに存在する探偵を思い浮かべるかもしれない。

 これまた、健全な思考だろう。

 本をあまり読まない私としては、それくらいに好きな本があるというのは、羨ましいくらいだ。


 しかし、フィクションでもなければ、現実の職業でもなく。

 同(・)級(・)生(・)の(・)中(・)に(・)存(・)在(・)し(・)て(・)い(・)る(・)探(・)偵(・)を思い浮かべる人は、何人いるだろうか。


 いや、遠回しな言い方は止めて、事実を認めよう。

 ここに、一人。

 同級生としての探偵を思い浮かべる人間が居る。


 他でもない私自身────早見唯である。


 それも、思い浮かべる対象は、同級生、などと言う浅い括りなどではない。

 同じ部活に所属していて、入学直後のタイミングからの知り合いでもある。

 加えて、部員が三人しかいない、泡沫のようなサークルだ。

 親しくならなければおかしいくらいに近い関係、ともいえる。


 そして、彼らこそ────私の、悩みの種だ。








 珍しく、一人で廊下を歩く。

 コツコツ、と廊下の中で足音が響くのが、妙に懐かしかった。


 これは、冗談ではない。

 本当に、懐かしいと分類してもいいくらい、久しく経験していない感覚だった。

 この私が、一人で廊下を歩くなど。


 いつも、私の隣には誰かがいた。

 ある時は、私の友人が。

 またある時には、勝手についてきた男子生徒が。

 はたまたある時には、私を嫌っているだろう生徒が。


 誓って言うが、私から彼らを誘ったことなど、一度も無い。

 本当に、勝手についてくるのだ。

 友達、と自称してくる生徒というのは。


 だから、中学生時代から────いや、小学生時代から、こんな体験はほとんど見られなくなった。

 隣に誰もいない、というのが。


 それ故に────この時間は、私にとって、ささやかな幸福を噛み締める時間だった。

 この、日常探偵研究会の部室へと向かう時間。

 その時間を使って、私は「一人の時間」、というものを満喫していた。




「……おや、今日は早かったね」


 扉を開けると、もはや聞き慣れた声が響く。

 この部屋の主、霧生さんの声だ。


「ええ、あまり用事も無かったものだから」


 そう言って、私は適当な椅子を引く。

 勿論、口調は「日常探偵研究会用」にしておくのも忘れない。

 上品そうな、いかにも女性、と言った感じの声。

 男避けも兼ねて──この口調だと一定数の男を弾くことが出来るのだ──実践しているうちに、体に染みついてしまったこの声だが、霧生さんの前では特に奇異に聞こえる。


 ──この人、少年みたいな声を普通に出すから、私の方が浮くのよね……。無理している感じが出ちゃって。


 ふと、そんな思考が浮かんだが、慌てて打ち消した。

 この口調も、このキャラクター性も、私が勝手に使用しているものだ。

 それがこの場に合わなくなってきているからと言って、彼女が悪いわけでは無い。


 そう、例え「あの一件」以来、このキャラ付けに意味を感じなくなってしまったとしても。

 彼らが悪いわけでは、無いのだから。

 それはそれとして、多少の恨みがましさくらいは、感じることを許してほしいとも思うが。


 そこまで考えたところで、ふと、この部屋で見るべき人物が、一人少ないことに気が付く。

 部室の奥の方にいるのかとも思ったが、奥を見た感じ、そう言うわけでもないらしい。


「……彼(・)は?」

「ああ、ゴミ捨てだよ」


 さらり、と霧生さんが告げる。

 端的な言葉だった。当たり前すぎて、言葉を省いたのだろうか。

 そして数秒後に、さすがに不親切だと思ったのか、フォローが入った。


「この前の資料を並べ終わったら、保管期間が切れた書類の類が案外あってね。先生に聞いたら捨ててもいいってことだったから、縛ってゴミ捨て場にまで行ってもらったんだ。……僕がジャンケンに勝ったからね」

「ああ、なるほど」


 一つ頷いて、私は納得する。

 今はもう、授業が終わってから一時間近く経っている。

 この段階で彼がいないというのなら、何か理由はあるのだろうと思っていたが、やはり仕事をしていたらしい。


 ──ただ、ジャンケンで負けなくとも、彼は自分で行っていただろうな……。


 不意に、そんなことを思う。


 基本的に、彼は優しい。

 先日、教師に頼まれて資料を運んでいた時もそうだが、彼はそういったことは黙々とこなすタイプだ。

 勿論、内心は面倒くさがっていたのかもしれないが、それを周囲に漏らしはしない。

 こちらは、性格も入っているのだろう。

 推理に相槌を打っている時を除けば、原則として静かな人なのだ。


 そう、優しくて、同時に寡黙。

 だから、傍から見ていると、さっきまで何も言わなかったわりに、いつの間にか突飛な行動を取っているように見える。

 そのせいで、あの時も何も言わずに────。


「……!」


 僅かに、唇を噛む。

 それをたまたま見ていたのか、霧生さんが驚いた顔をしたのが分かった。


 一瞬、嫌なことを思い出す。

 いや、正確には、嫌なことではなかったか。

 何というか、恥ずかしいやら情けないやらで、思い出しにくい話。

 ────一週間前の、コンビニのイートインスペースを想起しただけだ。




「どうかしたかい?」


 心配そう、というよりも、興味を抱いたかのような顔で、霧生さんが聞いてくる。


「何やら、苦しそうだけど?」

「……いえ、何でもないわ。ちょっと、思い出すことがあっただけ」


 霧生さんには、知られたくない。

 ただでさえ、彼に知られただけで、個人的には大騒動だったのだ。

 聡い彼女に知られたら────何というか、いよいよ行くところまで行ってしまう気もする。


 そんな意味で発せられた、遠回しな拒絶。

 それを受けると、霧生さんは一度、目をパチン、と開閉した。


「……そうか」


 それだけ言って、彼女の視線はまた手元の本に戻った。

 彼女もやはり、基本的に優しく、同時に聡い。


 ──彼も大概だけど、こういうところは、霧生さんも変わっているな……。


 ほっとしながら、そんなことを思考する。

 今まで付き合ってきた友人たちなら、ここで会話が終わることなど無かった。

 次に続く言葉は、こんなものだろうか。


「えー、何々、気になるんだけどー」

「えーと、ごめん、だったら……」


 野次馬根性むき出しで、より深く突っ込んでくるか。

 こっちのことを忖度して、話題を無理矢理変えるか。

 どちらにせよ、雰囲気とか、流れとか、そういったものを気にした返答が続いたことだっただろう。


 ──ここまで沈黙が気にならない女子高生も、珍しい……。


 失礼だとは自覚しながら、私は霧生さんのことをじっと見つめる。

 未だに、その存在を信じられない脳を、納得させるために。








 物凄く唐突だが、探偵の資格、というのがあるとするなら、それは何だろうか。


 推理能力だろうか。

 豪運だろうか。

 人脈だろうか。

 決断力だろうか。


 いろいろと意見はあるだろうが────私の中では、この答えは決まっている。

 探偵の資格は、ただ一つ。


 変(・)人(・)で(・)あ(・)る(・)こ(・)と(・)、だ。


 それは、目の前の彼女を見るだけでも、理解できる。


 霧生光。

 彼女は、私の「独断と偏見で定めた変人ランキング」に置いて、第二位に位置している人間である。

 ちなみに三位は空位だが、そこに誰が埋まろうとも、二位と三位の間には大きな差がある、気がする。


 注意してほしいのだが、これは決して、けなしているわけでは無い。

 どちらかと言えば、感嘆の意味が強い。


 変人だから、他の人が気にしないことを気にする。

 変人だから、周囲のことに囚われず、自由に思考できる。

 変人だからこそ────彼女は、彼が持ち込んでくる謎に、解が出せるのだ。


 よく、「私って変わっているからさー」と自慢のように口にする生徒がいるが、霧生さんのそれに比べれば、月とスッポン。

 いや、太陽系とアメーバくらいの差が存在する。


 クラスの中で演じるキャラクターなどではなく、純粋に飾らない変人さ。

 それをこうも抱えている女子生徒は、学年でも彼女くらいな気もした。




 そこまで、考えた時。


「戻ったぞー」


 気の抜ける声と共に、後方で扉がガラリ、と開いた。

 反射的に、私は肩を揺らしてしまう。


 いきなり、というのは心臓に悪い。

 いや、本当に、勘弁してほしい。

 今現在、色々とややこしい間柄になっているところなのだから。




「ん、お疲れ様」


 当然だが、最初に反応したのは霧生さんだった。

 こうなると、私が反応しないのも変な話だ。


「……お疲れ様、相川君」


 軽く振り返って、そう告げる。


「……ああ」


 軽く返答をしてから、相川君は、来てたのか、と小さく呟いた。

 どうも、彼なりに気にはしているらしい。

 それでも、私を避けようとしないところが、いかにも彼らしくて、少し微笑んだ。


 相川葉。

 現状、私の定める変人ランキングで、ぶっちぎりの一位となっている男子生徒である。


 ほんの少し前まで、彼の順位は二位だった。

 それが、どうして変化したのかは────まあ、おいおい語ろうと思う。

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― 新着の感想 ―
探偵=変人というのは、私も昔からずっと思っていることでした。 私たちのような一般人にはわからない思考回路でものごとの本質を見て行動したり、発言したりするので、奇異に見えるんでしょうね。
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