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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 4 名前も知らないあだ名事件

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驚天 或いは分かり切っていた事

 朝の五時半に学校についた俺は、とりあえず学校の近くに自転車を停める。

 法律違反だが、仕方がない。

 上手く済めば短時間で終わるのだから、勘弁してもらおう。


 ──当然、まだ開いてはいないよな。


 誰もいない校舎を見つめながら、一人そう考える。

 今はちょうど、日の出から一時間ほど経った頃だ。

 まあ、だいぶ空が青くなってきたかな、というくらいである。


 さすがに、まだ誰も学校には来ていないのだろう。

 薄暗い朝日に照らされる校舎は、その見た目だけで内部の沈黙を示していた。


 ──……確か、どんなに朝練が早い部活でも、六時半くらいから開始、だったよな。


 昨日の夜、部活のホームページだの、生徒の物と思われるSNSだのを巡って、集めた情報だ。


 あと一時間もしなければ、朝練すら始まらない。

 逆に言えば、今(・)こ(・)の(・)時(・)間(・)で(・)あ(・)れ(・)ば(・)、(・)校(・)舎(・)を(・)訪(・)れ(・)て(・)も(・)、(・)誰(・)に(・)も(・)見(・)ら(・)れ(・)ず(・)に(・)済(・)む(・)。


 だからこそ、「彼女」はこのくらいの時間に来ると思っていた。

 誰にも見咎められずに、例の物を回収するには、そのくらいしかないのだから。


 そう思って、俺は今一度校舎を────特に、正門を見つめる。

 明杏高校の正門は、古い。

 いかにもレンガを積み上げただけです、とでも言いたげな顔をした塀が左右に並び、その間には金属製の門扉が存在する。


 門扉の中央には鎖と南京錠が見えた。

 恐らくは、あれで施錠した、ということになるのだろう。

 実際のところ、門扉の高さはそう高くなく、塀の横には街路樹の類が並んでいるだけなので、侵入自体は容易なのだが────そのあたりは、最近強化されたという警備システムで何とかするのだろうか。


 ──むしろ重要なのは、「彼女」の方からしても、ここは侵入できると考えていそうなことだな。


 一目見て、俺でさえそう思ったのだ。

 「彼女」も、そう考えるのだろう。

 特に、仮入部中は、朝練にも参加していたであろう、「彼女」には。


 そんなことを考えながら、俺は自転車の鍵を閉め、スマートフォンと財布だけをポケットに入れて歩道に立つ。

 ちなみに、服装はジャージだ。

 さすがにこんな早くに制服姿では、悪目立ちをする。

 そう思って、朝のジョギングをしている人に溶け込めるよう、引っ張り出してきた。


「……よーし、ちょっと何周か走るか」


 誰も聞いていないであろう呟きを一応口にして、俺はその場から駆け出す。

 そして、校舎の周囲を、ぐるぐると、ゆっくり走り始めた。


 パッと見には、日課のジョギングをしている人のように。

 その実、校舎に近づく人間を、見張るために。






 最悪、空振りに終わることも覚悟はしていた。

 だが、幸いにもこの日の俺には運が向いていたらしい。

 十五分ほど経って、校舎の周囲を二周ほど走った時────正門付近で、俺は人影を見つけた。


 細い、小さな影だ。

 華奢な体を、俺と似たり寄ったりのジャージ姿で包んでいる。

 ただ、私物を持ち出した俺と違い、その影が着込んでいるそれは、学校指定のジャージだった。


 故に、遠目でも分かった。

 その影が、一年生の女子生徒であることが。


 ──「彼女」、か。


 ダッシュに切り替えるか、それとも気配を消すかで、一瞬迷う。

 そして、結局は気配を消すことを選んだ。

 ここで察知され、逃げられてしまってはこちらも困るのだ。


 小走りしていた足を止め、息をひそめて歩道の端に寄る。

 途端に、まだ冷えたままの朝の空気が首元を走ったが、全く気にならなかった。

 今は、「彼女」の様子を見る方が先だ。


 眼前で──五十メートル程は離れていたが──「彼女」は、南京錠の付随した門扉間の鎖に手を伸ばし、ガシャンガシャンと揺らしていた。

 何かの拍子に、それがほどけてしまわないか、期待したのだろう。

 さらに、鎖を無視して、何度か門扉の方を引っ張ってみる。


 しかし、さすがにそこまで施錠が杜撰なはずもない。

 門は、固く閉ざされていた。

 それを確認した「彼女」は、少しの間、躊躇うかのようにその場に立ち尽くす。


 ──今の内、か。


 俺は彼女の様子に気を配りながら、静かに、しかし素早く足を進める。

 向こうがここで諦める気が無いのなら、止めなくてはならないからだ。


 そして、案の定。

 「彼女」は、気合を入れるように一度息を吐くと、そ(・)の(・)右(・)足(・)を(・)鎖(・)に(・)ひ(・)っ(・)か(・)け(・)始(・)め(・)た(・)。

 ロッククライミングのように、門扉を乗り越えていく気なのだろうか。


 だが、無茶だ。

 昨日点検だのなんだの言っていたことからすると、この学校は警備会社と契約している可能性が高い。

 最悪、警備会社の人間がすっ飛んでくるだろう。

 今の時点でも、通報されないかどうかは怪しい線だ。


 だから、俺はそこで駆けだした。

 今は、音も気にしない。

 そして、瞬く間に正門に辿り着いて────一言、言葉をかける。




「やめておけ、早(・)見(・)」




 ビクン、と分かりやすく早見の肩が跳ねた。

 同時に、機械のようなぎこちない動きで、彼女の首が後ろに回される。


 そこでようやく、俺は早見の顔を見ることが出来た。

 白い、白い顔。

 血流などないのではないか、と思ってしまうほどの、蒼白な顔色だった。


 それは恐らく、朝の寒さのせいではあるまい。

 ましてや、学校への侵入を見られたことでもあるまい。

 彼女が恐れていることは、その先にある。

 まあ、ただの勘なのだが。


 何にせよ、まずはその恐怖を拭わなくてはならない。

 俺はすぐにジャージのポケットに手をやり、一枚の紙片を取り出した。


「……下書きじゃない、完(・)成(・)品(・)は(・)俺(・)が(・)持(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。だから、学校の中に入っても、目的の物はない」


 同時に、ほら、と言って紙片を早見の方に突き出す。


 しばらく、早見は目を動かすことを忘れたかのように、その紙片を見つめていた。

 そして、幾ばくかして、ようやくそれが目的の物であることに気が付いたのだろう。

 ずるり、と彼女は足を下ろした。


 さらにその勢いで、早見はその場にしゃがみこむ。

 まるで、腰から下にかけて、一切の力が入らなくなったかのような動きだった。




「……どうして……?」




 やがて、頭を伏せたまま、彼女の口が微かに動いた。

 本心が思わず漏れた、ということが丸わかりの、か細い声。

 続く言葉は無かったが、意図は推し量ることが出来た。


 どうして、自分がこう行動することがわかったのか。

 そう、聞きたいのだろう。


 彼女からすれば、不思議な話に思えるはずだ。

 向こうの視点としては、全てを誤魔化しきったはずだったのだから。


 ──さて、じゃあ、説明はどこでしようか……。


 蹲ってしまった早見の小さな背中を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。







 コンビニの一角には、イートインスペース、と言う物がある。

 名前通り、コンビニで買ったものを食べられる、座席と椅子が置かれてある場所だ。

 小さなコンビニだと用意されていないこともあるのだが、幸いなことに、俺たちの向かったそのコンビニには設置されていた。


 早見を抱えるように立たせ、二人乗りの要領で自転車を動かすこと、十分ほど。

 俺たちは、何の因果か、イートインスペースのあるコンビニ────俺と早見が、入学式の日に、初めて会ったあのコンビニに辿り着いていた。


「いらっしゃませー」


 やる気のなさそうな店員の声が、狭い店内に響く。

 それにつられたように、俺の袖に掴まるように歩いていた早見が、顔を上げた。

 そして、一か月ほど前のことを思い返したように、もう一度目元を伏せた。


 ──別に狙ったわけじゃないが……ちょっと悪趣味だったか?


 しかし、これからする話は、あまり他人には聞かれたくない、という事情がある。

 もっと言えば、こんな朝に、落ち着いて話が出来る場所などそう多くない。

 結局、二十四時間やっている上に、学校からそこそこ近い、ここに落ち着いたのだ。


 最初に、場所代替わりに、カフェオレの缶を一本、購入する。

 早見の方を見たが、彼女の方は何も言わなかった。

 欲しいものがないのか、或いは話す気力もないのか。

 両方あり得そうな話だったので、とりあえず、俺はもう一本、カフェオレを購入した。


「ありがとうございましたー」


 ジャージ姿だったのが幸いしたのか、店員は特に俺たちに興味を抱いているようではなかった。

 ジョギング中にコンビニで休憩している学生、くらいに見えているのだろうか。

 早見の素顔のことを考えれば、悪目立ちする可能性もあったが、地味な恰好のせいで、あまり美人には見えていないらしい。


 本当に便利な格好だ、ジャージ。

 まあ、俺にとっては好都合である。




 とぼとぼと、狭い歩幅でついてくる早見と共に、俺はイートインスペースに向かい、手近な椅子に腰を下ろした。

 数秒遅れて、早見も俺の隣に座る。

 そこまで来て、ようやく俺たちは、お互いに落ち着けることができた。


 ──なんだか、どっと疲れたな。


 はあ、と息を吐いて、俺は缶のプルタブを上げる。

 すぐさま一口飲めば、目が覚める程ではないが、確かに苦みが舌を撃った。

 慣れない早起きをした身には、十分な味だ。


 ふと前を見れば、早見も、いつの間にかプルトブを上げて、カフェオレを飲んでいた。

 もはや言うまでもないが、顔の良さも相まって、そんな姿ですら絵になる。

 かなり地味な恰好をしているにもかかわらず、一瞬、見惚れそうになったほどだ。


 しかし、彼女の綺麗な口元は、不意に歪む。

 そして、もう一度疑問を吐き出した。


「……どうして?どうして、分かったの?」


 その口調は、今まで聞いた彼女の話し方の、どれでもなかった。

 友人同士でいるときの、いかにも女子高生です、という口調とは違う。

 部室に居る時の、変に上品なものでもない。

 何というか、高校生にこういうのも何だが、もっと幼さを感じさせる、あどけない声だった。


 ──これが、本当の素か?


 少しだけ、そんなことに思いをはせる。

 しかし、彼女はそんな俺の感慨は無視して、もう一度問いかけた。


「ねえ、答えて。何で……こ(・)の(・)紙(・)を(・)書(・)い(・)た(・)の(・)が(・)、(・)私(・)だ(・)と(・)分(・)か(・)っ(・)た(・)の(・)?」







 ──何で、か……。


 どこから話すか、俺はかなり迷う。

 俺だって、確信があったわけでは無い。

 どちらかと言えば、勘に引きずられた感じの方が強い。


 だが────勿論、理由はある。

 ならば、それを順序だてて話すのが、一番いいだろう。

 それこそ、推理小説の探偵たちのように。

 全ての過程をここで語るとしよう。


 そう考えた俺は、背筋を伸ばし、早見に相対した。

 そして、霧生の真似をして、指を一つ、立てる。


 慣れない仕草だが、仕方がない。

 どうやら、今回の探偵役は、俺のようだから。

 思う存分、語るとしよう。






「さて────」

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