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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 4 名前も知らないあだ名事件

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虚飾 或いは動転

 瞬間、不味い、と思った。

 恐らく、それは霧生としても同じ気持ちだったのだろう。

 眼前で、霧生の目が分かりやすく白黒と色彩豊かに変化する。


 ──ここで、早見にこの紙を見られるのは……。


 さすがに、早見からすればあまり聞き心地のいい話、とは言えないだろう。

 何しろ、自分の周囲で仲良くいるはずの友人たちの関係図である。

 冷静な心境で見られる方がおかしい。


 もっと言えば、これを早見に見られた場合、先程心配したことを、もう一度心配しなくてはならなくなる。

 これのせいでいじめが起きるかもしれない、もめ事が起きるかもしれない────というあれだ。


 傍から見ていても分かる。

 あのグループの中心人物は、早見だ。

 彼女を中心に、あのグループは回っている。


 その中心人物に、取り巻きが書いたこれを見せる、というのは、何というか、色々アレだろう。

 別に、早見がこれを使って誰かをいじめるかもしれない、とまでは思っていない。

 ただ、別段知らない方が良いだろう、と思ったのだ。




 そんな思考が、早見が入室した瞬間、ぐるぐると頭の中で駆け巡った。

 早見の登場に、頭が追い付いていない。


 霧生もおおよそ同じ状態だったのか、俺の隣で押し黙る。

 勿論、俺も押し黙った。

 結果、部室内は先程とは違った意味で沈黙に包まれる。


「……何かしら、私、何か変?」


 不思議そうな口調──話し方は女子間の物ではなく、上品なそれに戻っている──で、早見が眉をひそめながら問いかけた。

 彼女からすれば、当然の反応だろう。


 しかし、こちらとしても、どこまで話せばいいのか分からない。

 とりあえず、紙片を後ろ手に回し、彼女の視界から隠すのが、精一杯だった。


 俺たちはこの「ひま」や「さつき」というのが誰か分からない。

 だが、早見なら、当然一発でわかるだろう。

 恐らく、これは友人のあだ名なのだから。

 そう考えれば、少しでもこれを見咎められるわけにはいかなかった。


「……本当に、どうかしたの?」

「いや、別に……」

「何でも、無いのだけど」


 俺と霧生は、ごにょごにょと訳の分からないことを述べる。

 そして、互いに助けを求めるようにして、もう一度顔を合わせた。


 無論、その動きに早見は再び眉を顰める。

 まあ、今の俺たちの態度は、あからさまに隠し事があります、と言っているようなものだから、仕方ないだろう。

 というか、最早これは不愉快の域に達しているかもしれない。

 そう思うと、気が急いた。




「……どうする?」


 小声で、霧生に問いかける。

 悩んでいられる時間は、短い。

 早々に決断する必要があった。


 霧生は、それを自覚してか、一度強く目を閉じる。

 そして、静かな声色で言葉を絞り出した。


「……()()()()。彼女の性格上、大騒ぎにはしないだろうし、ここで誤魔化す方が不可解に映るだろう」


 そう言うや否や、霧生は俺の手の中にあった紙片を、つい、とつまんだ。

 さらに、止める間もなく早見の方に向かっていく。


「すまない、早見さん。実は相川君が、こんなものを拾ってね……」




 そこから、霧生による怒涛の説明と、俺たちがなぜ困っていたかの説明が行われたわけだが────。

 早見は、意外なことに、顔色一つ変えなかった。

 何というか、心配したのはなんだったのだろう、と拍子抜けするほど、彼女の反応は薄かったのだ。


 ただ一言、そう、と呟いただけ。

 そして、軽く頷きながら、経緯を聞いていた。

 本当に、それだけだった。


 ──まあ、意外とこんなものか?


 そう思い、俺は少し無理矢理にだが納得する。

 考えてみれば、自分の預かり知らぬところで、友人が勝手に関係図を書いていたと言われても、極端な話、「それで?」という感想になるだろう。

 基本的には、彼女とは関係のない話なのだから。

 案外、もめ事にもならないのかもしれない。


 ──霧生が言おうって決めたのも、こうなることを感じていたからか?


 ふと、そんなことを思った。




「……そうやっているうちに、君が来たんだ。……説明、大丈夫だったかい?」

「ええ、ありがとう」


 さらり、と早見は言葉を返す。

 その表情からは、今一つ感情が読み取れない。

 元々、友人グループの中に入る時程、この部室では感情を見せない彼女だが──本を読んでいるだけだから当然ではある──今も尚、それは崩れていなかった。


 それを見て、霧生は僅かに目を細める。

 そして、少しだけ口調に力を籠め、霧生は一つ、疑問を投げかけた。


「確認のために、一つだけ聞いておきたいんだけど……これを書いたのは、()()()()()()?」


 すっ、と部室の空気が冷たくなったような気がした。

 同時に、早見の顔が、さざ波だったようにも。

 まあ、ただの勘なのだが。


「……私じゃないわ。あの時、私は五人の友達と一緒にいたから。多分、紙に書かれている人数からしても、書き手はその五人の内の誰かだと思うわ」


 淡々と、早見が言葉を返す。

 一度、霧生はその顔を見つめた。

 だが、すぐに視線を外す。


 そして、霧生は突然、今までとは違うことを口にした。


「仮にこれを捨てても、ごみ箱を漁るような生徒がいないとも限らない。だから、相川君の言う通り、もめ事を避けるためにこれの本来の書き手を何とか推理して、書き手に返すけど……いいかい?」


 傍で聞いていた俺は、霧生の言葉に密かに驚く。

 つい先ほどまで、霧生は推理には乗り気ではなかったはずだが、いつの間にか意見が百八十度変わっている。

 早見に知られたから、というのもあるのだろうが、あの躊躇いは何だったのだろうか。


 そんな違和感が、俺を包んだ。

 しかし、生憎とその違和感が言語化される前に、早見が口を開く。


「ええ。それが、一番いいと思うわ」


 早見の言葉は、少しだけゆっくりと放たれた。

 まるで、言葉を一文字ずつ選ぶかのように。


 それを受けて、霧生はこくり、と頷く。

 これまた、酷くゆっくりとした動きだった。


 どうにも、話しかけられる雰囲気ではなかった。

 だが、いつの間にか話は、推理の方向に決まったようだった。


 そして────少し、いや、かなり微妙な雰囲気で、俺たちはもう一度席に着いた。






 最初に、元々の原因である段ボール箱を机の上から床に下ろす。

 さらに、机の上に転がっていた物を適当に片づけた。

 片付けたと言っても、置き場所に困ったため──この部屋は机が一つしかない──とりあえず俺の鞄に放り込んだだけだが。

 そうやって綺麗にした机を前にして、三人で座ると、ようやく話し合い、という感じになった。


「……はい、考えましょう?これを書いたのは誰なのか」


 雰囲気を変えるように、早見は明るい口調で言い出した。

 さらに、パン、と軽く手を叩いた。


 不思議なことに、それだけで部室の空気が爽やかになった。

 彼女の言葉一つで。


 ──この辺りが、中心人物になった理由でもあるのか?


 ある種の感心を覚えながら、俺は早見の顔を見つめる。

 それと同時に、霧生が机の中心に紙片を置いた。


「……じゃあ、まず聞いておきたいな、早見さん。この名前、誰を指しているんだい?」


 ああ、そうか、そこからか。

 霧生の言葉を聞きながら、俺は頷く。


 先述したが、早見ならあだ名くらい知っているだろう。

 寧ろ、知っていなければおかしい、と言えるほどである。

 だから、まず彼女にこのあだ名が誰を指しているかを聞き、その後書き手の正体を特定して────。


 そう考えた俺の耳に。

 信じられない声が響いた。


「ごめんなさい。()()()()()()()()

「……え?」


 思わず、声に出す。

 正直、意味が分からなかった。

 それを受けてか、早見は俺の方を向き、申し訳なさそうな顔をする。


「何というか、私の前だと、皆少しだけ行儀良くなっているというか……あまり、あだ名で呼ぶことは無いの。だから、ごめんなさい。本当に申し訳ないのだけれど、私はこのあだ名が誰のことなのか、分からない」


 呆然と、俺はその言葉を聞く。

 予想外の話だった。

 というか、これなら紙片を見られても良かった気すらしてくる。


「えーと、女子って、そう言う物なのか?あまり、あだ名で呼んだりしないのか?」

「いえ、どちらかというと、私だけというか……その、まだみんな硬さが解けていないというか……」


 説明に困った様子で、早見が言葉を重ねる。


 ──要するに、学年でも特に目立つ存在である彼女の前では、友人ですら居ずまいを正している、ということか?


 率直に言えば、理解に苦しむ話だった。

 あれだけフレンドリーに、いかにも友達、という感じで話しているのに、まだ探り合っている、というのか。

 尤も、友人知人の類がかなり少ない俺が分からないのは、ある意味当たり前だが。


「なら、代わりに本名の方を教えてくれないか?手掛かりになる」


 一方、そこまで驚くことも無く、霧生が淡々と問いかけた。


「ええ、それは分かるわ。あの時いた五人は……」


 そう言いながら、早見はゴソゴソと足元の鞄を漁る。

 そして、一冊のノートを取り出し、その中にさらさらとシャープペンシルで名前を書いた。


「福山 凛」

「浅野 鈴」

「雪野 咲良」

「佐藤 陽葵」

「川園 芽衣」


「これが、あの時一緒にいた五人よ。ちなみに、全員バスケ部」

「へえ、つまりこれらがそれぞれ、『ひま』、『プリン』、『さつき』、『リンリン』、『チェリー』に対応する、という訳か」


 返事をしながら、霧生はその紙を見つめる。

 その瞳は、既に探偵のそれに変わっていた────。

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― 新着の感想 ―
[一言] 凛:プリン、鈴:リンリン、咲良:チェリー、陽葵:ひま、芽依:さつき かと思ったけど、こういうのって大体引っ掛けしてきそう
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