発覚 或いは見てはいけない物
「あー、学校史と歴代の文化祭パンフレットか……どうやって置こうかな」
開口一番、霧生はそんなことを言った。
昼休みに段ボール箱を運んでから、約三時間後。
放課後に入ってすぐのことである。
霧生とほぼ同時に部室に入室し、そして抱えた仕事は速やかに、とばかりにすぐ段ボール箱を開いた彼女は、ややげんなりとした顔を浮かべていた。
「面倒くさい話なのか、これ?」
少し不思議に感じて、俺は霧生に問い返す。
俺が頼まれたことは、これをこの部屋に保管する、ということだけだ。
さすがに段ボール箱のままでは面積を取るため、書架の一つを選んでそこに並べることになるだろうが、そこまで面倒な話とは思えない。
しかし、俺のその質問を見透かしたように、霧生は疲れた声で返事をした。
「いや、並べるだけならいいのだけど……実は先生から、この手の資料は出来るだけ年代順に並べるように言われていてね」
「……それがどうしたんだ?」
「見てみなよ」
ほら、と霧生は段ボール箱の中から一冊のパンフレットを取り出し、その表紙を見せた。
それを、俺はじっと見つめ────すぐに、霧生が言っていることの正体に勘付いた。
本の表紙自体は、普通の物だ。
手描きのイラストと、その上に明杏高校文化祭、とポップな字体で書かれた、ありがちなパンフレット。
デザイン性はともかく、パンフレットとしての仕事はこなせるであろう書物。
しかし、一つ、足りないものがある。
「年数が書いていないな、これ。第五十回文化祭、とか令和元年度文化祭、みたいなのが」
「ああ、どうもかなり最近まで、入れるのを忘れていたらしくてね。まあ、作り手からすれば当たり前のことだから、書かなくても用は足りたのだろうけれど」
「……だけど、書いていないなら、どうやって年代順に並べるんだ?」
「奥付で小さく書いてあるのを見たら、なんとか発行年度は分かる。だけど、古い資料だからその奥付の文字が酷く見づらい」
そう言いながら、霧生は少し遠い目を浮かべた。
さながら、その苦労を思い返すかのように。
「……やったことあるのか?」
「入学式の日にね……あの時は、ここに来る人は僕だけだったから……しかもパンフレットって薄いから、段ボール箱数箱分でも物凄い冊数になるし……」
ますます霧生が遠い目をする。
どうやら、初めて霧生がこの部屋を利用した時、今日の俺と同じような資料整理を頼まれていたようだ。
そして、一々奥付を確認して年代順に並べるのが、かなりの手間だったのだろう。
俺がこの部屋を訪れたのは、入学式の次の日からである。
入学式当日は、以前記した通り、コンビニで早見に話しかけられていて、この部屋には訪れてもいない。
つまりあの日、俺と早見が変なファーストコンタクトをしている一方、霧生は黙々と一人でこれを整理していた、というわけだ。
何だろう。
当たり前のことではあるのに、何故か可哀想に思えてくる。
「まあ、今日は俺も手伝うから」
「……よろしく頼むよ」
そう言って、霧生は部室の本棚の奥の方に歩いて行った。
この本たちを並べる棚を選ぶためだろう。
じゃあ、俺はまず本を取り出しておこう。
そんな思いで、俺は段ボール箱に手を突っ込もうとして────あることに気が付いた。
「何だこれ」
思わず声を出す。
そして、俺はその対象を指でつまんだ。
それは、一言で言ってしまえば、紙きれだった。
それも、メモ用紙のような、綺麗に形を整えられたものではない。
明らかにノートかコピー用紙を引きちぎって作りました、という歪な形をしている紙片である。
そんな紙片が、明らかに場違いな形で、段ボール箱の端に挟まっていた。
仮に、この紙切れが、もう少し大きいか、もう少し古かったなら、俺はこの紙もまた、段ボール箱に収められた資料の一つだと判断しただろう。
しかし、そう考えるには、その紙は新しかったし、小さすぎた。
大きさは、一辺が五センチほどの正方形を考えれば、だいたいあっている。
実際は引きちぎった跡が歪んでいるため、正方形からは程遠いが、概ねそのくらいの大きさなのだ。
そして、紙の質は見るからに新しい。
なまじ古いパンフレットの上に載っていた物だから、余計にそれは分かりやすかった。
その紙きれは、染みも変色も無く、今しがた学生のノートから切り取ってきたかのような白さを示していた。
これが、他の資料のように、昔から保存されていた資料、ということは無いだろう。
寧ろ、ただの紙ごみに見える。
しかし、紙ごみだと仮定すると、妙なことがあった。
──仮にごみだとしても、こんなの、俺が運んでいるときにあったか……?
紙を片手に、俺はそんなことを考える。
国語教師から俺がこの段ボール箱を受け取った時、この箱の上面は塞がれていなかった。
どうせすぐに取り出すのだから、蓋をするのも面倒だったのだろう。
そのため、俺は段ボール箱の上面を解放し、半開きの状態でこれを運んでいたのだ。
つまり、俺は昼休みの時点で、この段ボールの中身を、少しだが目にしている。
そして、俺の記憶が正しければ、少なくとも受け取った時点では、こんな物は無かったはずだ。
それが不思議で、俺は紙片を片手に、じっと固まる。
この紙片は、小さいとはいえそれなりの大きさだ。
もし、俺が運んでいる最中に、風に飛ばされるなどして箱の中に入ってきたのであれば、さすがに俺も気が付いただろう。
にもかかわらず、この紙はいつの間にか、箱の中に入っていた。
俺の勘が、そこに引っ掛かったのか、「おかしい」と声をあげる。
少なくとも運ぶ当初は見ておらず、そして今の今まで、この部室の中に箱は放置されていた。
触れる者はいなかったというのに、何故無かったはずのものが混入しているのか、と。
そのことが妙に気になり、俺の意識は資料の方に戻らなかった。
寧ろ、いよいよ意識を紙片に集中させる。
「……何か書いていないかな」
独り言を発しつつ、俺は紙を裏返す。
この紙に何か書いてあれば──つまり用途がわかれば──この理由もわかるのではないか、と期待したのだ。
今まで俺が見ていた面は、白紙だった。
しかし、裏面には────。
「……これは?」
思わず、声が出た。
意識的な行動ではない。
完全に、不意を打たれたのだ。
訳が分からず、俺はしばし呆然とする。
不覚ながら、一瞬意識が飛ばされた。
まだ、裏面も白紙だったのなら、話は早かっただろう。
まあ、よく分からないけど、ただの紙ごみだろう、と話を済ませることが出来たのだから。
しかし、実際にはそうではなく────裏面には、確かに言葉が記されていた。
訳の分からない、という枕詞が付随するが。
「決めたよ。三番目の書棚にする…………どうしたんだい?」
そこへ、部室の奥から霧生が戻ってきた。
そして当然のことだが、紙きれ片手に固まっている俺を見て、不思議そうな顔を浮かべる。
横目で霧生を見て、俺は反射的に紙片を突き出した。
説明をしても良かったのだが、恐らく、見た方が早い。
何というか、俺が感じた混乱を、彼女にも味わってほしかった。
実際、効果はあった。
最初、霧生は驚いたように目を見開いたが、その紙に書かれたことを目にした途端、その目を細めたのだ。
そして、心底不思議そうに、声を発する。
「……何だい、これ?」
「だよな……そういう反応になるよな」
何となく安堵しつつ、俺はもう一度その紙片を見つめた。
簡潔に言えば、そこに書かれてあったのは、「相関図」だった。
まず、紙の端の方に、五つの単語が記されてある。
紙の一番上には、「ひま」。
右上には、「プリン」。
左上には、「さつき」。
右下には、「チェリー」。
左下には、「リンリン」。
それぞれの単語は手描きの円で囲まれていた。
というより、まず小さな楕円を書いて、その中心にこれらの単語を書いたのだろう。
よく使われる、マル秘マークのような感じだ。
字に注目してみると、一つ一つの字は綺麗だが丸っこく、何となくだが女子の字のように思える。
実際、単語を囲んでいる円も、書き殴ったようなものではなく、きちんと端と端を合わせた、綺麗な楕円になっていた。
何というか、書き手の几帳面さが伝わってくる。
そして、そうやって囲まれた単語の間には、やたらめったら矢印が書き足されていた。
それも、妙なマークと一緒に、だ。
例えば、一番上の「ひま」から、左上の「さつき」に矢印が伸びていて、その矢印の上にはハートマークが書き添えてあった。
一方、「ひま」からは右上の「プリン」にも矢印が伸びているが、こちらには大きなバツが書き添えてある。
そんな矢印が二十数本も書き添えられ、ぐじゃぐじゃになった相関図。
紙片に存在したのは、そんな図形だった。
内容を確認すると同時に、俺の勘が、あることを告げてくる。
それは、この紙に関して現状だけでも推測できる、妥当な結論。
女子っぽい文字、相関図。意味不明な名詞。
それらをつなぎ合わせると見えてくる、当たり前の話。
──だとしたら間違いなく、元から入っていた物じゃないな、これ。
最初に、そんなことを思う。
そう、それはあり得ない。
今俺が感じていることが事実なら、有り得るはずもない。
間違いなく、何らかの理由で、俺が運んでいる最中に混入してしまったのだ。
これの書き手が、予想もしていない事態によって。
何しろこれは────。
「どこかの女子グループの、人物相関図……ということになるのかな、これは?」
霧生は、俺が懸念していたことを、まさしくそのまま口に出した。
同時に俺は、新たな「日常の謎」の到来を把握した。




