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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 1 何故か美少女が俺に話しかけてきたんだけど事件

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2/220

その始まり 或いは根幹の謎

2〜4話までが出題編、残り2話が解答編です。

 時々、何故俺は────相川葉は、このような学園生活を送るようになったのかと考えることがある。

 概ね、現状に不満が無い時、暇なときに考えることだ。

 暇なときに考えると言う習慣からわかる通り、基本的には散漫な内容である。


 何故、日常探偵研究会なんて部活を立ち上げることになったのか。

 何故、「日常の謎」を見つけてくるようになったのか。


 何故、早見唯と知り合ったのか。

 そして何故────霧生光と出会ったのか。


 多分、実際のところそれらには何の意味もない。

 ただ偶然、そうなったというだけのことなのだろう。


 しかし、それでも無理に理由を探そうとするならば、それは。

 きっと、俺の勘が良かったからと言うことになるのだろう。







「昼は雨かな……」


 快晴の空を見つめながら、そう俺は呟いた。

 理由があるわけじゃない、無意識の呟きだ。


 尤も、天気予報では、今日は一日中晴れる、と言っていた。

 この空模様も、それを裏付けるかのように雲一つない。


 だけど、俺は雨だと思った。

 根拠のない、ただの勘だ。


 しかし、俺は何故か、生まれつき勘が良い。

 そして、今までの経験から言うと、勘に従わないと、だいたいの場合酷い目に遭う。

 今日の場合、その酷い目とは、高校生として初の登校で、買ったばかりの制服がびしょ濡れになることだろう。

 大いに気分が盛り下がるので、できれば避けたい事態だ。


 そう考えた俺は、玄関口から取って返して家の中に戻り、真新しい通学鞄の中に、レインコートの入った袋を滑り入れた。

 せいぜい、数百グラム重さが増えるだけだ。仮に勘が外れたとしても、大きな差は出ない。

 ならば、用意しておくくらいは良いだろう。


 別に折り畳み傘でもいいのだが、生憎とこれから乗るのは自転車だ。

 移動速度も考えれば、こちらの方が良い。

 言い訳のようにそんなことを思いながら、俺は鞄の中をもう一度確認する。


 筆箱、ハンカチ、入学式に持っていく書類……。

 まだ教科書は配られていないから、中身は軽い。

 それこそ、先ほど入れたレインコートが一番重いかもしれない。


 何度かその中で視線を通過させ、やがて俺はよし、と頷いて鞄を閉じた。

 今のところ、忘れ物はない。

 あったとしても、まず間違いなく俺の勘が知らせてくる。


「……じゃあ、入学式、先に行ってくる!」


 家の奥で化粧やら服選びやらをしているであろう、母親に向かって声をかける。

 するとすぐに、壁越しに声が響いてきた。


「はーい。お母さんも、後で行くからねー」

「あいよー」

「あんたの姿、ビデオにも撮っとくからねー」

「へーい」


 いかにも現代の家族、と言った感じの軽い会話を経て、俺は今度こそ玄関を出て、自転車にまたがった。

 昨日少しだけ降った雨──午前中だけ降っていて、後は晴れだったのだが──がまだ残っているのか、地面は湿り気を帯びている。

 それに車輪を取られないように注意しながら、俺は静かにペダルをこいだ。






 今日から俺が通うことになる明杏高校は、自宅から程ほどに離れた位置にある。

 具体的に言えば、自転車で三十分程度漕いだ場所に、それは立地していた。


「ここか……」


 坂道が多い通学路を何とか超え、ようやく校舎に辿り着いた俺は、そんな声をあげる。

 何分登校初日ということもあり、こちらも様々なことが手慣れていない。

 情けないと言えば情けない話だが、入学試験の際に見た校舎の姿がもう一度見えただけで、俺は多少安堵していた。

 通学時間が長いこともあり、「登校初日から遅刻したらどうしよう」という思いはあったのだ。


 安心ついでに、俺は正門の様子をもう一度見る。

 勿論、そこには手製と思われる紙の花で包まれた、入学式の看板があった。

 その隣には、新入生の自転車を停める駐輪場の位置を書いた紙も貼ってある。


 ──ああそうだ、シールを確認しておかないと。


 そんなことを思い出した俺は、体を捻り、自転車の後輪のカバーを見つめた。

 黒いカバーの上に、確かに数桁の数字と校章が書かれたシールがある。

 以前、合格発表直後に行われた説明会の時に配布されたものだ。

 これがないと駐輪場に自転車を置けない。


 幸い、説明会当日にすぐさま貼ったため──俺は説明会にも自転車で向かっていた──貼り忘れるようなことはなかった。

 故に、シールをしっかりと確認してから、俺はえっちらおっちらと自転車を運んでいった。




 そこからの描写は、省かせてもらってもいいだろう。

 高校入学一日目、というのは、日本全国どこでも、だいたい同じような光景が広がっているものだ。


 まず、クラス分けの結果が貼ってある掲示板に新入生が群がり、自分のクラスを確認。

 さらに、入学式が始まる前に、その教室へ移動する。

 移動したら、机の上に置いてある書類──だいたい四月の学校予定や教科書購入のやり方が書いてある──を回収し、それから入学式が始まるまで、多少気まずい沈黙の時間を過ごした。


 担任教師が来たなら、短い説明の後で入学式に突入。

 会ったことも無い来賓の話を流し聞きする────。


 中高一貫校ではまた違うのかもしれないが、一般入試を潜り抜けた上での高校入学というのは、概ねこんな雰囲気だろう。

 俺もまた、中学の時もこんな感じだったな、という感情を抱きながら、その過程をこなしていった。

 こなすと言っても、流されて言われるがままに動いていただけで、何かをしたわけでは無いのだが。


 だから、この時のことを、俺は詳しく記述しない。

 所謂普通の入学式の情景を想像してもらったら、それであっているからだ。


 故に────一つだけ。

 少し、その普通の入学式とは違うことが起きた瞬間だけ、記述しよう。




 それは、入学式も半ばを過ぎた頃。

 長ったらしいわりに大して面白くもない、校長と来賓とPTA会長の挨拶が終わった時に起こった。

 教頭と思われる禿頭の男性が、マイクの前で彼女の名前を呼んだことから、それは始まったのだ。


「続いて、新入生代表より、これからの学生生活に向けた決意の言葉があります」


 ありきたりのナレーションが、会場に響いた。

 同時に、会場の雰囲気が少しだけ変化する。

 要するに、来賓の挨拶は終わり、新入生代表からの挨拶に移ったのだ。


「新入生代表、霧生光さん」

「……はい」


 静かに、しかし全く聞こえない、と言うほど小さくも無い、丁度いい声量が、新入生たちの座るスペースから響く。

 同時に、その一角で一人の女子生徒が立ち上がった。


 刹那、いい加減疲れたように姿勢を崩していた新入生たちが一斉に、立ち上がった彼女に視線を向ける。

 名前も知らない来賓はともかく、自分たちと同じ新入生が何かを語る、というので、多少興味が湧いたのだろう。

 ただ、ここで多くの新入生が興味を持ったのは、それだけが理由ではない。


 他の高校ではどうか知らないが、明杏高校では、新入生代表は入学試験での成績が最も良かった者から選ばれる。

 そんな話を、新入生たちは皆、合格直後に行われた説明会で聞いていた。

 要するに、今立ち上がったあの霧生光、という生徒は、この中で最も頭が良い生徒なのだ。


 もう一つ言って置くと、明杏高校は、決して学力的に劣った高校ではない。

 むしろ、この県の中でも有数の進学校として知られる。

 つまるところ、彼女はこの県で一番か二番に賢い学生、ということだ。

 全国模試などをやっても、かなり上位に食い込むだろう。


 そんな人間が、どんな生徒なのか。

 刺激の少ない入学式の中では、十分に気になる事だった。


 勿論、俺もその例外に漏れなかった。

 いい加減に、暇だったというのもある。

 その霧生光という生徒が立ち上がった瞬間、俺は反射的に首を彼女の方向に回したのだ。


 幸いにして、という言い方も少し変だが、彼女の顔を見るのは簡単だった。

 彼女が────霧生が、俺と同じ一年六組の生徒だったからだ。

 名前が呼ばれた瞬間、俺の横の方でガタリ、と椅子がずれる音がする。

 俺は、それを見るだけでよかった。




 ──うわ、イケメン。


 女性に対してこのような言い方をするのも妙な話だが、そんな感想が俺の中に生まれた。

 実際、そう思ったのは俺だけではなかったのだろう。

 周囲の女子生徒たち──男子生徒ではない──から、ほう、とまるで感嘆するような声が響いたのを、俺は確かに聞いた。

 そのくらい、霧生は顔の良い女性だった。


 同じクラスに割り振られこそしたが、俺は一番前の席に座っていたので──何しろ名字が「あいかわ」なので、出席番号が一番だった──彼女の顔を碌に見ていない。

 そのせいか、俺はまじまじと彼女の顔を観察した。


 彼女は、顔が良い、と言っても、アイドルになれそうな顔な派手な顔、という訳じゃない。

 寧ろ、その顔はどちらかと言えば地味な方に入る。


 しかし、何というか、一つ一つのパーツが整っていた。

 それも、どことなく中性的な印象を与える整い方をしている。

 矛盾を含んだ言い方だが、「性別が女の美少年」とでも言いたくなる容姿だった。


 その上で、いかにも頭がよさそうな細いフレームの眼鏡まで身に着けているのだから、完璧である。

 今この一瞬で、彼女に一目惚れした女子生徒が十人いたとしても、俺は驚かない。


 そんな彼女は、周囲に凝視されていることに慣れているのか、特に視線を気にする様子も見せずに、すたすたと壇上に歩いて行った。

 そして、気負うこともなく前に立ち、あらかじめ用意されていたのであろう長い原稿を取り出す。

 彼女の様子は手慣れていて、今まで何度もこのようなことをしてきたことが、容易に推し量れた。


 大方、生徒会長だとか、実行委員長だとかを、中学時代から歴任していたのだろう。

 ただの勘だが、俺はそう思った。


 そんなことを考えているうちに、彼女は素早く一礼をして、マイクに口を寄せる。

 同時に、再び大きくも小さくも無い、計ったように丁度いい音声が響いてきた。


「……僭越ながら、私より、新入生を代表して挨拶をさせていただきます」


 そうして、彼女の挨拶は始まった。




 ただ────誤解を恐れずに言うのなら。

 彼女の挨拶は、つまらなかった。


 出来が悪かった、という訳ではない。

 純粋に、つまらなかったのだ。

 いかにも優等生的な、美辞麗句が並べられた文章。

 そんな、良くも悪くもない文章が、だらだらと続いていた。


 勿論、一応は入学式という厳粛な場で行われる挨拶だ。

 新入生全員が大爆笑するような漫才をやってほしかったわけではないし、それが不可能であることも分かっている。

 そもそもこの挨拶の原稿だって、教職員たちと話し合い、何度も書き直して作り上げた文章だろう。

 品行方正な文章になるのは、当然と言えた。


 ただ、俺の方がなんとなく期待していただけ。

 頭が良い人間の中には変人も多いというので、何か変わったことをするのではないか、と無責任に期待していただけだ。

 俺の勘が、特に根拠はないが、この霧生光と言う人間は変わった奴だぞ、と感じていたこともある。


 ──まあ、これが普通か。


 物凄く上から目線だし、ただ聞いている俺がそんなことを言えた義理は無いのだが、そう感じた以上は仕方ない。

 何にせよ、俺は瞬く間に彼女の言葉に興味を失った。


 そして、再び聞き流す体勢に入ろうとする。

 しかし、その時。

 俺は、あることに気が付いた。


 ()()()()()()

 周囲が、少々ざわめいている。


 これが、新入生の席から響くというのであれば、俺は無視しただろう。

 多少態度が悪い新入生がいた、というだけの話だ。

 だが、そのざわめきが教職員の席から響く、というのだから、少し気になった。


 暇つぶしついでに、視線をつい、とそちらに向ける。

 途端に、彼らの様子が一瞬で把握できた。

 その程度には、奇異な状況だった、ということでもある。


 端的に言えば、彼らは混乱していた。

 まだ名前も何も知らないが、入学式が開かれている体育館の壁際に並ぶ教職員たちが、一様に困ったような表情を浮かべている。

 彼らが小声で会話し、いぶかし気な表情で何かしら呟いているため、ざわめいているように思えたのだ。


 残念なことに、距離が遠すぎる上に、霧生の挨拶がマイクで響き渡っているため、彼らの会話の内容までは分からない。

 しかし、何故か彼らが、一様に霧生のことを見ている、ということは、辛うじて察しがついた。

 教職員たちは皆、彼女の姿を目にとめ、そして解せない、と言った表情で首を捻るのである。


 ──何だ、あれは……。


 その様子を見て、俺は不思議に思った。

 壇上で、霧生はつつがなく挨拶を読み上げている。


 彼女の様子には、大きな不手際は見られない。

 それにも関わらず、教職員たちは、まるで彼女の様子が理解できない、とでもいうように、首を傾げながら小声で会話をしていた。


 ──よく分からないが、彼女に関して、何かあったのか?


 俺がそう考えたのは、自然な思考の流れだろう。

 教職員たちが一斉に困惑していて、しかも壇上を見つめているとくれば、挨拶に何かあったのか、と察しはつく。

 尤も、その「何か」の内容はさっぱり分からないのだが。




 この時、もし、もう少し彼女の挨拶が長く続いていたら、俺もその「何か」に勘づいたかもしれない。

 しかし残念なことに、挨拶はそこで終わりを迎えようとしていた。


 最後まで当たり障りのない言葉を発して、彼女は綺麗な動作でお辞儀をする。

 同時に、新入生と来賓、来ている保護者の間で拍手が起こった。

 何やら混乱していた教職員たちも、遅れてそれに加わる。

 やがて、まるでざわめきなどが無かったかのように、入学式は進んでいった。








 今思えば、これは「日常の謎」の一つだった。


 そつのない新入生代表の挨拶。

 しかし、何故か混乱したような様子を見せる教職員。

 殺人事件のように物騒な話ではないが、少しだけ日常とは乖離した状態。

 まさしく、日常でも起こり得る謎だった。


 ただ、先にも述べたが、これらの謎は殺人事件ほどの重大性が無いため、よほど強く気に留めない限り、忘れ去られてしまう。

 「よく分からないけど、まあいっか」、と思った瞬間、日常の謎は雲散霧消してしまうのだ。

 この時の俺が、まさにそうだった。

 周囲の新入生が拍手を始めた瞬間、自分も今まで考えていたことを捨て、拍手に加わったのだから。


 だから、ここで重要なことは、俺がこの高校に入って初めて日常の謎に出会った、ということよりも。

 一方的ながら、俺が彼女と出会った────少なくとも、その存在を知った、ということも、同じく重要になるのだろう。

 正直に言えば、あまり認めたくは無いのだが。


 そして、俺が初めて謎を謎として認めた「日常の謎」は、この次。

 入学式の直後に、ささやかに起こることとなる。

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[良い点] まだ1話読んだだけだけどめっちゃおもろい
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