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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 14 書店を悩ます万「置き」事件
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中座 或いは遮断

「本当か、なら……」


 思わず声を挙げようとしたところで、霧生がつい、と人差し指を伸ばした。

 その指は、吸い込まれるように俺の上唇に伸びて、声を封じさせる。


「ここでは話さない方がいい。……出られるかい?」


 最後の言葉は、百の方に向けられていた。

 俺と霧生のやり取りを、面白がっていそうな顔で見守っていた彼女は、それを見て機敏に行動する。


「あー、じゃあ、店長さん。私たちはこの辺りで……もうこれ以上は、話せることもありませんしー」


 両手を合わせ、小遣いをねだる娘のような口調で百が懇願する。

 すると、今まで霧生の雰囲気に呑まれ、問いに答え続けていた店長が、ああ、と正気に戻ったような顔になった。


「いや、すいませんね……お客さん方に、変な話をしてしまった。もう、お帰り頂いてくださっても大丈夫ですよ。お引止めして申し訳ありませんでした」

「いえ、話を聞いたのはこちらですから」


 いかにも優等生的な解答をしてから、霧生が頭を下げつつ立ち上がる。

 その動きに、俺と百も続いた────。




「で、どこに行きます?わざわざ移動したってことは、あそこの店内じゃ話せないことなんですよね?」


 いたくら書店を出て、その姿が視界に映らなくなる程度には歩いてから、百がそう言い出す。

 それを聞いて、霧生は少し暗い顔で頷いた。


「……まあ、そうだよ。あそこで話をしてしまうと、ちょっと」

「誰かに、不都合が降りかかるのか?」

「不都合と言うか、修羅場が、かな。そんな光景、あまり見たくは無いだろう?」


 まあ確かに、と俺は頷く。

 俺としては、気が付いてしまったことへの好奇心や、真相を追及したいと願う心はある。

 だが、それは修羅場を見たい、という思いとは合致しない。


「……まだ、光さんの話は聞いていませんけど、その顔からするとあまり人に聞かせる話でもないっぽいですね……」


 敏感に霧生の雰囲気を察した百が、うーん、と口に出しながら俯く。

 そして、どうしましょう、と言った。


「正直、霧生さんが気が付いたとか言うその真相、すぐにでも聞きたいんですけど……そのノリだと、喫茶店とかで話を聞くとか、そう言うのもちょっと、アレですか?」

「うん、まあ……もしこの推理を聞きたいなら、出来れば僕たち三人以外は居ないような場所が良いと思う」


 一応は、万引きと言う犯罪行為に絡んだ話なのだから、と霧生は言葉を続けた。

 まあ、正論である。


「じゃあ……私の家に、戻ります?流石にお姉ちゃんが帰ってきてはいないでしょうから、誰もいませんし」


 ──あ、いいな、それ。


 率直にそう思った。

 早見姉妹に負担をかけることになるが、うってつけの場所である。


 彼女たちの話からすると、両親もそうそう帰ってはこないだろうし、内緒話をする余裕はありそうだった。

 加えて、俺は自転車をあのマンションの駐輪場に置いて行ってしまっているので、どうせ戻らなくてはならない、という事情もある。


 さらに言うならば、いい加減どこかで休みたい、という思いもあった。

 何しろ、今の時刻は何だかんだで午後二時を超えている。

 未だに残暑の厳しいこの季節、一番暑い時間帯だった。


「ああ、じゃあ申し訳ないが、そこに……」


 そう言おうとした瞬間。

 手を振って、霧生が俺の発言をかき消した。


「いや、それよりも良い場所があるよ。お金もかからないしね」

「へ?どこです?」


 新しい提案があるとは思わなかったのか、百が目を見開く。

 勿論、俺も同じ気持ちだった。

 しかし、俺たちの予想を超え、確かに霧生は「良い場所」を提案した。


()()()()()。ここからなら、早見さんの家よりも近い。……ジュースくらいは出すよ」

「光さんの……?」


 そう言ってから、百が俺の方を見やる。

 そう言えば、この子は霧生の家を訪れたことが無かったな、と俺は思い出した。

 自然、俺が百に説明をしてやるような形になる。


「ほら、掛川先輩の家がある住宅街、知ってるだろう?あそこに霧生の家があるんだよ。あの中でも、特に大きい一軒家だ」

「へー……そう言えば、あそこで一番おっきい家は、霧生とかいう表札をしていたような……」


 ──あ、知っているのか。


 どうやら、百の情報網に引っ掛かっていた話だったらしい。

 よく考えれば、あれだけ大きい家なのだから、そりゃあ噂になるだろう、という気もするが。


「見たことありますけど、光さんの家とは知りませんでした……良いんですか、突然お邪魔しても?」

「ああ、そんな、事前連絡が必要になるような、大した家でも無いしね」


 ──いや、あの家は十分大した家だと思うぞ……。


 以前、俺の父親の車に同乗して、霧生を家に送っていった時、門扉越しに見た光景を思い出す。

 あの家を大したことがない、と表現するのなら、この世に大したことのある家など存在しなくなるだろう。


「お手伝いさんがいるから、屋内も冷えて快適だと思う……来てもらえるかい?」

「そう言うことなら、異議なしです。葉さんは?」

「同じく」


 俺と百がそう告げると、霧生が嬉しそうな顔で、そうか、と告げる。

 こんな突発的な形ではあるが、「友達を家に招く」という行為を達成できたことが嬉しい、と感じているようだった。

 まあ、ただの勘だが。


「じゃあ、そこで推理を……」


 そう言おうと思った瞬間、百のスマートフォンが鳴り始めた。

 自然、俺の言葉はもう一度遮られる。

 ……何だか今日は、俺はあらゆる言葉を最後まで言い切れない呪いにかかっているような気がする。


「あっ、すいません。……誰だろ?」


 ペコリ、と頭を下げてから、百はスマートフォンの画面を見た。

 そして、「伊那ちゃん?」と呟く。


 ──伊那……あの本屋の娘が?


 何故、今電話をしてきたのだろうか。

 続報でもあったのか────そう考えた俺が見つめる前で、百は電話に出る。


「はい、もしもし、百ですよー……うん、うん。……あー、そっか」


 割合すぐに、百は納得の表情を浮かべた。

 そして、会話中ながら一度スマートフォンを口元から遠ざけ、俺たちに事情を説明する。


「店長さんから伝言です。葉さんが買おうとしていたあの本、売ってくれるそうなので、出来れば取りに来て欲しい、と」

「ああ、そうか。結局あの本は店に置いたままだったから……」

「はい。流石に、その万引き扱いになっていた本は証拠品みたいなものなので売れませんけど、他の在庫を回すとか何とか」


 要は、一度盗まれ、そして戻された例の五冊以外の在庫から、売ってくれるらしい。

 俺たちが霧生の話を聞きたくて、慌ただしくバックヤードを去ってしまったため、連絡をし忘れていたようだ。

 それに後から気が付いて、接点のある娘から連絡したのだろう。


「……どうする?一旦戻るかい?」

「いや……」


 霧生の問いを聞いて、俺は反射的に否定した。

 今から三人であの本屋に戻り、さらに霧生の家に行こうとすると、同じ場所を何度も往復する羽目になる。

 まだ暑いのだし、もっと効率的に動きたかった。


「本を買うのは俺だし、本屋には俺だけ戻って、あの本を受け取ってくるよ。霧生の家には、先に二人で行っていてくれ」

「じゃあ葉さん、走って私たちを追いかけるんですか?」

「ああ、その方がタイムロスが少ないだろう?」


 どうせ、霧生の家の位置は知っているのだし、このやり方の方が無駄が少ない。

 そのことは、当然霧生も分かっていたのだろう。


 特に反対もせず、そうだね、と彼女は頷いた。

 同時に、百が殆ど忘れ去られた存在になっていた割引券を取り出し、俺の掌の上に置く。


「じゃあ、そう言うことで!」


 百に頭を下げつつ、最後にそう言ってから、俺はダッシュでいたくら書店の方角に向かった。

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