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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 14 書店を悩ます万「置き」事件
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早見 或いは百

 ──告白、ねえ……。


 その言葉は、どう受け取ればいいのか。

 煽動か、忠告か。

 或いはただの悪戯か。


 一瞬、そんな思考を頭に浮かばせる。

 しかし、すぐに部屋の中に声が響いてきたため、俺の考えは中断された。


「……待たせてごめんなさい。相川君、百」

「ああ、唯か」


 片づけが終わったのか、唯が部屋に戻ってきた。

 必然的に、俺と早見妹の会話は打ち切られる。


 さらに部屋の入口に目をやってみると、霧生も戻ってきたのが分かった。

 何となく、俺はそちらの方にも視線をやる。


「……あれ、お姉ちゃん、もうお土産無かったっけ?」


 そんな中、唯の手元を見て、早見妹がそんなことを言った。

 それを聞いて、俺も確かに、と思う。


 先程までは、唯がキッチンの方に戻ると、追加の土産の類を持って戻ってきていたのだが、今回は手ぶらで戻ってきている。

 もう、食べ尽くしてしまったのだろうか。

 そう考えて唯の方を見つめると、彼女は少し困ったような顔をした。


「あー、そのことなのだけれど……ほら、今十二時くらいでしょう?」

「だね」

「そうだね」

「そうだな」


 早見妹、霧生、俺の三人が頷くと、唯は何かを提案するように手を挙げた。


「多分、お土産のせいで全然お腹は空いていないでしょうけれど……四人で、お昼ご飯、食べに行かない?」

「今からか?」


 流石に驚いて、俺は声をあげる。

 実際、今更、と言ってもいい提案だった。


 まず、今から昼食先を見つけて食べに行くだけでも、それなりの時間がかかる。

 実際に昼食をとるのは、十三時くらいになるのではないだろうか。


 また、唯が言うように、今の今まで土産物のお菓子を食べまくっていたため、全く腹が減っていない、ということもある。

 俺はてっきり、これが昼食代わりにする──つまり、この集まりの参加者はそもそも昼食を摂らない──方針だとばかり思っていた。


 霧生もそう思ったのか、不思議そうに問いかける。


「少し、遅いね。第一、割と無理して食べる形になるよ?」

「そうだけれど、一応昼に何か食べておかないと、変な時間にお腹がすくでしょう、だから……」


 ──まあ、一理あるな。


 実際、いくら色々食べたからと言って、所詮はお菓子なのでどれくらい腹持ちするかは微妙である。

 元々が適当な食生活をしている俺はともかく、女性陣としては気になる話なのかもしれない。

 だとすれば、今から外出するのも、そうおかしくはない話だった。


 そこまで考えて、俺は霧生と早見妹を見る。

 彼女たちの決定に従おう、と思ったのだ。


 ────だが、そうしている内に、俺はあることに気が付いた。


 ──何か、また早見妹が、何かを面白がっていそうな顔をしているような……。


 本当に、今にもふふん、という楽し気な声が聞こえてきそうな顔である。

 口元など、ギリシャ文字の「ω」のようになっていた。

 そんな、彼女の愉快な口元が、不意に開かれる。


「そうですねー……じゃあ、私、行きたいです!小腹がすきました!」


 ぴょん、と早見妹が挙手をした。

 それを見て、霧生も肩をすくめる。


「……じゃあ、軽くご飯をとろうか。しっかりしたところじゃなくて、喫茶店とかで」

「そうね、そうしましょう」


 唯の表情が、分かりやすく明るくなる。

 それを見て、早見妹はまた口元を「ω」にした。




 ────外に出て行くにしても、俺たちはともかく、部屋着のままの唯と早見妹はそのままでは外に行けない。

 流石に着替えたかったのか、姉妹は五分待って、と俺たちに言った。

 勿論、断るような理由も無いため、着替える物がない俺と霧生は、とりあえずリビングの方で二人を待つことになる。


 そのリビング──こちらも家の印象に違わず、広いわ豪華だわで、随分と落ち着かない空間だった──で、不意に霧生が口を開おた。


「そう言えば、さ」

「何だ?」


 微かに、揺らいだ表情。

 それを感じながら、俺は彼女の横顔を見つめる。


「いや……君、早見さんの妹さんのことは、下の名前で呼ばないのかなって」


 静かにそう言って、彼女は俺の方を見た。

 その口調は穏やかだったが、俺はなんとなく、霧生が固唾を飲んで俺を見つめているような気がした。

 まあ、ただの勘だが。


 ……それはともかく、質問の内容である。

 何故、早見妹を下の名前で呼ばないの、と来たか。

 少し驚きながら、俺はとりあえず言葉を返す。


「……そんなに変だったか?早見妹、と呼ぶのは」

「まあ、変と言えば変だよ。僕が普通を語るのもアレだけど、普通そう言う言い方をする人はあまり居ないし……そもそも、何故『早見妹』なんて言い方をしているんだい?」


 前々から思っていたことだったのか、割合に真剣に霧生は聞いている。

 その様子を見ながら、俺はあー、と言って頭を掻いた。


「まあ、何というか……下の名前で読んだら、今以上にグイグイ来そうだ、と思ってな。勘だけど」

「可能性はあるだろうけど……嫌なのかい?」

「そうじゃないが……」




 何故、俺が早見妹を名前で呼んでいないのか、と問われたなら────例によって例のごとく、勘に従ったまでだ、としか言えない。

 ただ、俺の勘が、つまり俺の無意識が何故そう考えたのかは、何となく理解できる。


 簡潔に言えば、俺は未だに、早見妹との距離感を掴み損ねているのだ。


 何しろ、基本的にこちらが何もしなくても、向こうからひたすら距離を近くしてくるような相手である。

 距離感の決定権は必然的に向こうにあり────俺としては、知り合って三か月以上経ってなお、彼女への対応が分かっていない節があった。


 最近、霧生や唯との交流が多いために、自分自身ですら忘れかけている節もあるが、俺は原則として、他者とは距離を置くタイプである。

 霧生や唯との関係の方が、例外と言ってもいいくらいだったのだ……本来は。


 しかし、早見妹を相手にすると、そう言うことも言ってはいられない。

 と言うか、俺が何をどうしていようが、向こうから飛び越えてくる感じがある。

 そもそも、初邂逅の時からして、「お姉ちゃんの彼氏ですか」と叫びながら手をぶん回してきたのである。


 だから、なのだろう。

 今一つ、俺から距離を詰めて良いものかどうか、分かっていない。


 霧生や唯とは、俺の方から一歩踏み出した経験もある。

 だが、早見妹相手にそう言うことをした記憶は、無かった。


 この辺りに、俺の本心があるのだろうか。

 どう話しかけていいものか、という逡巡。

 そして、下の名前で呼ぶことも、本当にしていいのか、という困惑が。


 ────ああ、それと、もう一つ。

 もう少し、情けない理由もある。




「……まあ、何というか、俺は多分、()()()()()()()()。年下相手に情けない話だが……俺は早見妹相手に、ずっと甘えているんだ」

「甘えて……?」

「ああ。俺がどんな対応をしていようが、勝手に向こうが調整してくれているからな。こっちが何かしなくても、良い感じの距離感になっているというか」


 ショッピングモールに出かけて、俺が変なことに拘っても。

 家出した姉に対して、心配して掛けてきた電話を、強引に打ち切っても。


 彼女は、普通に俺との関係性を維持してくれている。

 なんだかんだ言いながらも、雑談をしに連絡を取ってくれている。


 だから、こちらから何もしなくても、という楽観が俺の中にあるのかもしれない。

 その楽観が、呼び方なんて適当でいいか、と思わさせている。

 下の名前で呼ぶように懇願されたこともあるが、まあ別にいいや、と。


 しかし、それにしても。

 唯はかつて、彼女のことを「甘えたがり」という風に述べたが────その理屈で言えば。

 もしかすると、俺の方が、「甘えたがり」なのだろうか。


 霧生の問いかけは、俺にふと、そんな感覚を抱かせた。




「……しかし、何でそんなこと気にするんだ?」


 いつの間にか、随分と真剣なトーンになってしまったことが妙に気恥ずかしく、俺はそうやって話を混ぜっ返す。

 すると、気恥ずかしいのは向こうも同じだったのか、霧生は視線を外した。


「別に、興味本位だよ。最近、君が早見さんのことを下の名前で呼び始めた理由が、姉妹の区別のためだったそうだから……妹さんを下の名前で呼ばない以上、その理屈は成立しないな、と思って」


 ──なるほど。


 まあ確かに、矛盾している話ではある。

 姉の方を下の名前で呼び始めたなら、妹の方もそうするのが普通だろう。


 何が悲しくて、片方だけを名字で呼ぶのか。

 相手によっては、悪意を疑われそうである。


 ──そうだな……要は、俺がヘタレていただけの事なんだ。ここら辺を良い契機として、ちゃんと呼ぶのが筋か。


 ふう、と俺は息を吐く。

 どちらにせよ、下の名前で呼んで欲しい、というのは早見妹自身からも前々から言われていた話だ。

 かなり時間がかかってしまったが、ちゃんと叶えるのが道理だろう。




 ────そして、そこで丁度、タイミングよく。

 早見妹が、自室から出てきた。




「おっ待たっせしましたー!」


 ぴょんぴょんと、兎のようにして彼女は廊下を駆けてくる。

 その姿を認めて、俺はおう、と手を挙げる。

 そして、数秒前の決意を、そのまま実行した。


「早かったな……()


 まさにジャンプ中だった彼女の手足の動きが、ピシッ、と止まる。

 そして早見妹────改め百は、その場で盛大に、転んでしまった。

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