表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 11 湖の奥に潜むもの事件
118/220

捜索 或いは真章

 ──誰か、他にもトイレに行こうとしている人が居るのか?


 ごく普通の思考の果て、最初に感じたことはそれだった。

 同時に、俺は鉢合わせを避けるために、足をその場で止める。

 霧生にしろ早見にしろ、トイレ前で鉢合わせ、というのは少々気まずい。


 幸い、俺の方はまだ余裕があり、今すぐにトイレに駆け込まなくてはならない、というほどでもなかった。

 ここは、今トイレに向かう誰かが出てくるまで、部屋の中で待っておくのが正解だろう。


 そう思って、俺はとりあえず、音にだけ耳を澄ました。

 真夜中であることが、今に限っては幸いする。

 廊下を歩いている誰かの微かな足音は、周囲が無音であることも相まって、俺の耳にはよく響いた。


 ギシ、ギシ。

 トン、トン。

 ……ガチャ。


 ──ん?


 ドアノブに手がかけられた音が響いた瞬間、俺の勘が何かに気づく。

 すぐに、それは脳内で言語化された。


 ──何か、扉が開く音に続いて、()()()()()()()()()()?空気の通りが良くなったというか……。


 明確な証拠も無い、ただの疑い。

 まさしく、「勘」としか言いようのない感覚で、俺はそれに気が付く。


 しかし、だとすれば。

 この足音の主は、トイレに行っているのではなく。

 この時間帯にも関わらず、外に出ているのではないか────?


 そんな推測を後押しするように、微かに聞こえていた足音は、その瞬間にパタリと消えた。

 足音の主が外に出て、さらに扉を閉めたのだ。

 故に、音が響かなくなっている。


 ──間違いない。外に出ている……こんな真夜中に、何のために?


 頭の中で、大きなクエスチョンマークが湧いて出てきたことがわかった。

 同時に、出て行ったのはどっちだ、とも思う。


 早見か、霧生か。

 或いは、まずあり得ないとは思うが、誰か泥棒でも入ったのか。


 ────妙な不安に襲われ、俺は廊下に飛び出した。




 廊下に飛び出た俺が最初にしたことは、微妙に恰好が付かないが、まず、トイレの方を済ますことだった。

 悠長に思えるかもしれないが、これを済まさないと話が始まらないのだから、仕方がない。


 そして、懸案事項を終えてから、俺は霧生と早見の寝室を覗いた。

 最初に、どちらが居なくなったのかだけでも、知りたかったのだ。


 本来は早見と早見妹が使う、二人用の部屋。

 その中を、入口の方から、そっと覗き見る。


 すぐに目に入ったのは、ベッドの片方を膨らませている早見の姿だった。

 顔が出ていたのと、彼女の長い髪の毛のおかげで、遠目にも一発で彼女だと分かる。


 しかし、その隣のベッド────つまり、本来霧生が使っていたであろうベッドは、もぬけの殻だった。

 ただ、やや乱雑に放り出されたブランケットだけが置いてある。


 ──出て行ったのは霧生か……一体、何のために?


 正直なところ、これで出て行ったのが早見なら、まだ納得することも出来た。

 というのも彼女の場合、ここに何度も来たことがあるからだ。


 だから、例えば個人的に夜に行きたいスポットを知っていて、そこに向かったのかもしれない、とか、そう言う理由を想像することも出来る。

 しかし、霧生が一人で外に出た、となると話が分からなくなる。


 初めて来たこの場所で、夜更けに、一人、何をしに行ったのか。

 さっぱり想像がつかない。


 ──……いや、そうだ、懐中電灯。


 ハッと思いついて、俺は早見を起こさないように注意しながら、玄関の方に歩いていく。

 そして、スマートフォンの明かりを頼りに、玄関のすぐ脇にある戸棚を確認した。


 ここには、夜中の外出用に、いくつか懐中電灯が置いてある。

 例の怪獣騒ぎの時、土宮さんが使ったというのと同様の物だ。

 仮に霧生が外に出たというなら────。


「やっぱり、一つ減ってる」


 思わず声に出した。

 記憶が正しければ、ここに置いてあった懐中電灯の数は、俺たち三人の分と予備を含めて、五つだったはずだ。


 しかし、今目の前にあるのは、四つ。

 霧生が一つ、持ち出したのだ。


 そこまで確認してから、今度は玄関の扉に視線をやる。

 すると案の定、扉こそ一応閉まっていたものの、内側から鍵がかかっていなかった。

 確か、早見がバーベキューから帰った時に、鍵を閉めていたはずなのだが。


「鍵を早見が持っているから、持ち出して閉めることは出来なかったんだな……。だから、とりあえず扉だけ閉めて、懐中電灯片手に外に出た、と」


 自分を落ち着かせる意味も込めて、一々声に出して確認する。

 すると、脳の理解が早まったのか、この状況について考える余裕も生まれてきた。


 ──早見を起こしたくなかったのか……?いや、違うな。多分、誰にも見られずに、何かしたかったんだ。


 ただの勘だが、そう思った。

 そして同時に、強い不安に襲われる。


 中性的な容姿と言動のせいで忘れがちだが、霧生は女子高生だ。

 それも、まず間違いなく、非力な方である。


 いくら人の少ない別荘地であるといっても、こんな時間に一人で女子が外に出るというのは、色々な意味で危険だろう。

 こういった人の少ない場所は、たまに地元の暴走族などがたまり場にしていることがある────とかいう、どこかの本で読んだ知識も、俺の不安を煽った。


「とりあえず、電話……」


 不安を誤魔化すように、手持ちのスマートフォンを操作し、以前交換した連絡先から電話を掛ける。

 一瞬で、画面が発信中を示すそれに変わった。

 ────しかし。


「出ないな……」


 一分程待っても、その画面が通話時のそれに切り替わることは無かった。

 圏外という訳でもないので、通じていない、という訳ではない。

 単純に、無視されているらしかった。


 ただ、電話が通じないのは、かける前から何となくわかっていたことでもあった。

 何しろ、理由は不明だが、霧生は俺たちに気がつかれないようにしつつ、外に出ているのである。

 だとすれば、こちらからの連絡など、受け取るはずもない。


 こうして、連絡は出来ないことがわかった。

 アプリでメッセージを送ったところで、恐らく永遠に既読はつくまい。


 ならば────。


「……探しに行くか」


 するり、と言葉が出てきた。

 同時に、目の前の懐中電灯の一つを手に取る。


 早見を起こすか?

 一瞬、悩む。

 だがすぐに、そうしなくても良いだろう、と結論が出た。


 そもそも、こんな夜更けに女子が外に出るのは危険だ、ということで霧生を探しに行くのである。

 同じく女子である早見を外に出すのも、何というか、アレだろう。


 そこまで考えて────俺は、パジャマ姿のまま、懐中電灯とスマートフォンだけを抱えて外に出た。






 外の光景は、本当に、真っ暗闇と言って語弊の無いものだった。

 比喩でもなんでもなく、月明かりしか光源がない。

 恐らく、自然を大事にした別荘地としては、あまり街灯があっても無粋、という判断からだろうが、こと人探しにおいては、この環境は大きな枷だった。


「……まず、もう一度電話してみるか?」


 そう、自分で自分に問いかけてみる。

 恐らく先ほどと同じで、出てはくれないだろうが、もし音声を切っていなければ、着信音が鳴るだろう。


 出て行った時間からすると、そう遠くにまでは行っていない。

 一度音が鳴りさえすれば、聞こえるくらいの位置のはずだった。


「頼むぞ……」


 もう一度画面を呼び出し、発信のところを押す。

 そして、目を閉じて耳を澄ました。


 十秒程、待ってみる。

 だが────聞こえるのは、夏の虫のそれだけだった。


「……聞こえない、か」


 知らず、舌打ちが自分の口から洩れた。

 恐らく、マナーモードにしているのだろう。


 これで、位置を知る手掛かりはなくなった。

 世の中には、GPSを利用して友人の位置を把握する、などと言うアプリもあるらしいが、生憎と霧生はそんなものは使っていない。

 仮に使っていたとしても、俺が知らない。


 ──要するに、本当に勘で探さなきゃいけないってことだな。


 手がかりがない以上、そう言うことになる。

 まさかこんなところで、俺の勘に全てが託されるとは思っていなかった。


「ええい……!」


 立ち止まっていても、埒が明かない。

 その一心で、俺は足を踏み出す。

 さらに、山勘を信じてその場から駆け出した。


 方向など、あってないような物である。

 ただ、湖に落ちないようにだけ注意して、辺りを走ってみる。

 懐中電灯の明かりを向ける方向も、勘に頼った、てんでバラバラなものだった。


 普通の人にこの光景を見せたなら、正気を疑われたことだろう。

 しかし、俺は実行した。




 そして────。


「……あれは?」


 走り回る中で、何かが、俺の視界の中をすり抜けた。

 それを感じた瞬間、俺は反射的に、今までつけっぱなしだった懐中電灯の明かりを敢えて消す。


 そうした方が良い、と思ったのだ。

 まあ、ただの勘だが。

 

 だが、俺の勘は大抵当たる。

 ほどなく、明かりを失った視界に、その「何か」が映ったのが分かった。


「何だ、あれ?……火の玉?」


 意図せず、口を開いた。

 明かりを点けている間は良く見えなかったのだが、湖の近くに、ポツン、と小さな光源が見えたのだ。


 まるで、怪談に出てくる人魂のような、小さな明かりである。

 球形に近い光源を中心に、ビームのように明かりの帯が出来ているのがよく分かった。


 ──……霧生の持ち出した、懐中電灯の明かりか!


 光景を把握した瞬間、頭の中で一気に理解が進む。

 よく考えれば、分かることだった。


 仮にスマートフォンをマナーモードにされていようが、普通、懐中電灯の方は使うだろう。

 そもそも、霧生はそれを使うために持ち出したのだから。

 そしてその懐中電灯の明かりの位置こそ、当たり前だが、霧生が居る位置である。


 こんな簡単なことに気が付かないとは、俺も大概混乱していたらしい。

 しかし今は、反省している場合ではない。

 とるものもとりあえず、俺はその場所に向かって駆け出した。

 さらに、ダメ押しも兼ねて声をあげる。


「……霧生!」


 声を出した瞬間、目の前で、光源が小さく揺れる。

 何故、という霧生の動揺を示しているような揺れ方だった。

 その明かりを見つめながら、俺はただただ走る。


 距離にして五十メートルも無いはずだったが、心理的な疲労ゆえか、辿り着いた時には息が上がっていた。

 だが、それを気にする間もなく、俺は霧生の姿の確認を優先する。


「霧生……何しているんだ?」


 霧生は、寝る前に見た時と大して変わらない様子で、そこにいた。


 流石に俺のようなパジャマ姿ではなく、学校のジャージ姿──濡れても大丈夫、と言うことで、全員持ってきている──を身に纏い、無表情で、湖の縁に設置された柵の上に、腰を下ろしている。

 そしてその場で、ただフラフラと、足を揺らしていた。


「やあ、相川君。こんばんは。或いはもしかすると、おはよう、かな?」


 大して驚いてもいないような口調で、彼女はそう言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ