トリアル
トリアル編
隣町に着いた。リュウシュウハもジジもだいぶ前から起きていた。
いつも不思議に思っていた町のぐるりを巡る壁の理由もやっと分かった。門のは常時二人の衛兵がいるが、いつも咎めることなく素通りであった。
「驚いたな」と二人のうちの一人は言った。「初めてみた」
もう一人は何のことやら分からないという表情を浮かべていた。なるほど、精霊使いと常人をあえて配備してバランスをとっていたのだなと分かった。
そして門の隣にある小屋に連行され、魔法の使用を禁止する旨を言い渡され、背いた場合は町からの強制退去となる、あるいは武力行使もあり得ると言い渡された。否やもないと了承するとすんなり門を通された。馬車を置き、厩に馬を預けて俺たちは市場のある方へと向かった。
「シンアルの部隊はここを通れない。あの衛兵の精霊は人の害意に敏感だからだ」リュウシュウハは町に入ってから少し寛いだ雰囲気になった。「このトリアルという町は我々精霊使いには有名なんだ。わざわざ海を渡って訪れる者も多い。かく言う我々も軍属時代でさえ何度も訪れている」
いつも通りの市場の目抜き通りも少し違って見える。過ぎ行く人々の半数以上に異形の姿が追従している。用がないという理由で立ち入らなかった裏通りには精霊用の店舗が所狭しと軒を連ねていた。表向きの看板には「雑貨屋」や「カフェ」などのありふれた字が書かれていた。今ではその下に「精霊用薬局」、あるいは「精霊使いの方は二階へ」などの注意書きが散見される。
「どうして今まで見えなかったんだろう」
素朴な疑問に背後に歩いていたジジは即座に答えた。
「精霊使いにしか見えない塗料を吐き出す精霊がございます。彼らはそれを糧に生計を立てている模様でございます」
トリアルという町の特殊性が垣間見得た気がした。
「俺たちはどこへ向かっているんだ?」市場の外れに来た時に言った。目的は明確だが、そこに至る過程は想像もつかない。まるっきりの受け身も気分が悪い。餌に食いついたはいいが過程が見えないのでは不安が募る。
「精霊使いに必須なのは携帯食料だ。精が切れると何もできないからな」
そう言ってリュウシュウハは雑貨屋の前で足を止める。雑貨屋の看板の文字には「食料・拡張薬あります」とある。
拡張薬とは?
疑問を口にする間も無くリュウシュウハは扉を開いた。
「いらっしゃい」という声は聞こえなかった。代わりに鳥の鳴き声が耳を届く。
「おお、来たか」とカウンターの向こうから言ったのは大柄で髭面、かつ坊主頭の色眼鏡をかけた人物だった。元いた世界でそんな海外俳優がいた覚えがある。その店主の後ろにはオオムに似た大きな鳥が天井の横木に逆さにぶら下がっている。
「いつもの食料。あとこちらに」とリュウシュウハが俺とユユリの方へ手を差し向けると店主らしき人物はよく響く低い声で言った。
「何だこりゃあ! 初めてみたぜ! ジャンヌは人型というより亡霊型だからな」
店主はカウンターの端から客席側にまわり、ユユリを見上げている。
ユユリはスカートを抑えて天井の隅へと逃げた。「怖いよ。カムイ、何とかして」
店主は驚いたというよりも呆気にとられた表情で立ち尽くした。
「すみません。俺の精霊は内気な性質で」と店主に向けて口から出まかせを言い始めるも相手は聞く耳を持たない。
「あんたが主人か。凄いぜ! 人語を解する精霊なんて国宝級だぜ」
「まあ、そんな訳で色々を入用なんだ。察してくれ」とリュウシュウハは店主の肩を掴んで言った。
「確かに、こりゃあ問題が山積みだな」
ようやく冷静になった店主はカウンターへ戻り「で、何が要るんだ?」と訊いた。