夜の攻防
つぎの言葉を探している内に、腹の虫が鳴った。俺はサンドウィッチを貪り食った。ユユリとリュウシュウハは目配せをしてからハイタッチをした。まるで俺自身が皆のお荷物のように感じた。
御者席にいるジジから「来ました」という声が届いた。同時に空に花火のようなものが光り、辺りを照らした。
「あれも精霊だ」とリュウシュウハは呟いた。「闇討ちを想定して部隊に配属していたようだ」
光に照らされて水牛のような精霊が五匹、横並びに突進してきたのが見えた。このままでは馬車に直撃する。
「掴まってください」というジジの声が聞こえた。
直後に馬車は街道をそれ、道なき丘の上を走る。土塊を踏むたびに座席が跳ねた。横目で窓を見ると、水牛達はルートを外れ、一斉にこちらへと進路変更した。
「差が縮まってきたな」リュウシュウハは呟くと「ジャンヌ。飛炎魂」と言って水牛達の方へ手を差し出した。すると馬車の上から炎の玉が流星のように彼らに降り注いだ。爆炎に包まれ、水牛達の姿が見えなくなる。
だが、その炎の中から上半身は女で下半身が蛇のような姿が飛び出して来た。ギリシア神話で見たような姿であったが、その蛇女はジャンヌの炎塊をことごとく躱し、少しずつ馬車に近づいてくる。
「やばそうなのが来たな」リュウシュウハは楽しげに呟いた。「だが、目的は殲滅ではない。ジジ!」
「承知しました」と御者席から声が聞こえた。
馬車は加速し、蛇女を引き離した。だが、完全に見えなくなるところまで来た時にスピードが落ちた。前方に再び街道が見えたからである。
轍を跨ぐときに大きく揺れた。その揺れの狭間に丘の向こうに蛇女をはじめとする人外たちの集団が垣間見えた。
「このまま隣町まで行く。部隊はあの街には手出しをできないからな」
謎めいた言葉に、つぎの言葉を待つしかなかった。俺の記憶によれば、隣町は行商が多く立ち寄る市場のような装いである。
「市井の言葉を借りるなら、“魔法使い”が沢山いる町だからだ」とリュウシュウハは説明した。
「買い出しによく出向くがそんな様子は微塵も感じなかった」俺は独り言として呟いた。
「町の自治を管轄している所で盟約を定めている。町の中で魔法を使う事を禁止する、と。使用を認められた者は即座に町の外へと退去命令が下される。それを実力行使する連中も強者揃いだと聞いている」
リュウシュウハは少し砕けた調子で続けた。
「君は魔法の存在は知っていたのか」
「噂でなら」
「水み国自体が精霊の取り扱いに慎重なのだろう。未だよく分からない存在だからな。研究機関はあるだろうが、存在の在り方について明確になるまでは国民に伏せているのだろう。真っ当な国だ」
シンアルはどのような国なのかと問いたい衝動に駆られるも、失礼に当たりはしないかと躊躇った。
「シンアルも国民の大半は精霊の存在を知らない。魔法だと思っている。だがそれは一部の人間が特権を得たいから伏せられているに過ぎない。結果は同じでも動機が違う。シンアルの王族からして屑の集まりだからな」
不意に母国批判をされても同調するわけにはいかず、俺は黙っていた。
「君は誠実な人間であるようだな」
「試したんですか」
「いや、事実を述べたまでだ。王族の人間ならすぐに相手の立場に合わせて同調するだろう」
もしかしてあなたは、と言いかけた所でジジから追っ手が諦めたとの連絡があった。
「あの蛇女には会いたくないな。苦戦しそうだ」リュウシュウハは不意に漏らした。
「実力が分かるんですか」
「精霊の体からは精の性質を表す光が常に漏れ出ている。色によって見分けられるからじきに君にも分かる」
そう言われてユユリを観察するも色の加減が分からない。
「あまり見ないでくれるかな。恥ずかしいよ」ユユリは両腕で胸を抱えるような仕草をしてから後ろを向いた。
「どうなんだろうな。あまり人の事情に口出しすべきではないのだが、性的な目で自分の精霊を見るのは関心しないな」とリュウシュウハは目を逸らしつつ言った。
「いや、ちょっと待て」
弁明のつづきを模索している内に眠気が襲う。座席に寄りかかっているとリュウシュウハは「少し寝ておいた方がいい」と言った。遠慮するいとまもなく眠りに落ちた。
気がつくと夜が明けていた。リュウシュウハも座席で腕を組みつつ目を閉じている。どうやら寝ているらしい。御者席を小窓から見るとジジも同様にしている。代わりにゴーレムが手綱を握っているのを見て肝を冷やした。
「そんな事もできるのか」
不意に出た呟きであったが、俺の体に寄りかかるようにして寝息を立てているユユリは目を開けて言った。
「何が」
「何でもない。寝てていいぞ」
ユユリは何事か呟きつつ再び眠りに落ちた。