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カムイを守るとユユリは言った

街道の途中に馬車がある。「乗れ」という合図をリュウシュウハに送られ、とにかく話を聞こうと乗り込んだ。小窓から馭者座に座るジジの姿が見える。


向かいに座ったリュウシュウハは凛とした佇まいから突如言い放つ。


「逃げた奴はシンアル政府の連中だ」


この世界には四つの国がある。バベルの塔があるシンアル。この世界の中心に位置する軍事大国であり、遺跡である塔には失われたかつての文明の技術が隠されているという。

俺の住むこの国は水み国と呼ばれている。その名の通り、そこかしこに運河が流れ、稲作が豊富な農業国である。東の外れにある小さな島で、世界の果てに最も近い国である。

そしてゲヘナと神聖アガルタ共和国。アガルタは最も工業化学の栄えた国で、ゲヘナは「ゲーナ」や「ゲナ」とも呼ばれ閉鎖的で最も情報が少ない国である。


国名に限らず、あらゆる文化や言葉に俺の元いた世界ーー、主に日本での知識が流用されている。現に全世界共通語は日本語である。


リュウシュウハの語ったシンアル政府の連中という言葉だけで胡散臭い相手であることが分かった。


「シンアル政府は秘密裏に各国へと使者を送り込んでいる。そいつらによって壊滅された村は数え切れない」


「どうしてそんな事を」


「シンアルの首都バベルにはバベルの塔と呼ばれる神話時代の遺跡がある。そこの下層は国の首脳陣によって利用されている。だが上層は侵入不可領域となっている。あらゆる兵器をもってしても扉一つ開けられない」


リュウシュウハは背後の小窓を叩きジジを呼んだ。ジジは一礼してリュウシュウハの隣に乗り込んだ。


「この手の説明はジジの方が上手い」


そう言ってリュウシュウハは説明をジジに一任した。


「私どもは元々その部隊の出身です。我々は軍属だったのです。ある時、秘密裏にシンアルの小さな村へ赴きました。そして上官から村人を皆殺しにしろとの命令を受けました。さらに精霊を見かけたら捕縛しろと。

仲間たちが虐殺を繰り返す最中、私どもーー、リュウシュウハ様と私、あと同胞の一人は途方にくれました。人の良い上官は新婚で最近家を建てる計画があると話していました。仲間たちも大半は気の良い者たちです。彼らとて職を失えば家族を養うこともできなくなる。泣きながら村人を殺している彼らを止める方法が思いつきませんでした。ですから私どもは逃げる他はありませんでした」


「そして私たちはお尋ね者さ。反政府組織の烙印を押されて」リュウシュウハが付け加えた。


「その事実によって、村を襲う計画を立てたのはシンアル政府であるとすぐに分かりました」


ジジはそう言ってからリュウシュウハの顔を伺う。


一連の二人のやり取りからリュウシュウハが高貴な出であると予想を付けた。虐殺のくだりを話すのは抵抗があったのだろう。


「ただ逃げ回るだけでは事の真相が分からん。ゆえに一緒に逃げた仲間はあえて部隊に戻った。そして懲罰を受けてからまた部隊に復帰する予定だった」


「ですが、その部隊がこの水み国のある村で虐殺を行う際に全滅したそうです。そして再び別の部隊が編成されました。それが先ほどの連中です。仲間は結局は部隊に配属されず内勤に落ち着きました。時折、私どもに情報を提供しています」

ジジは目配せもなしにリュウシュウハの意思を汲み取って話を繋げた。


「二人は虐殺の意図が知りたくて部隊を離れた、という事ですか」


「虐殺の意図は分かっている。シンアル政府はある精霊を探している。人が死ぬ現場には精霊が現れる。そして死んだ者の縁者と契約する。縁者がいない精霊はしばらくは生きているが程なく精の枯渇によって消滅する」


俺の元に現れたユユリもまたその現象の一端という事か。しかし、殺人も厭わないほどの精霊とはいかほどの重要性を持つのだろうか。そこで俺はなぜかその精霊がユユリであるような気がした。

以上の事柄が頭に浮かびはしたものの、俺は先程からある一つのことだけに心が囚われていた。

「それでーー、彼女を、ハルナギを生き返らせる方法とは何ですか」


一瞬、リュウシュウハとジジは目を合わせた。示し合せるというよりは、言い淀むような間が空いてからジジが口を開いた。


「おそらくですが、シンアル政府が求めているのも人の蘇生に関する知識です。バベルの塔の入室可能領域、その最上階に描かれた壁画には死者が精霊らしきものとの交感の末、蘇生している図があるとの事です。そして入室不可領域にその知識があると言われております」


閉口したのはそれら全てが人伝の情報だったからではない。なぜ、それを俺に伝えたのか、その理由に思い当たらなかったからである。


「僕はカムイのしたいようにすれば良いと思うよ」


唐突にユユリは喋り出した。ほとんど質量を感じさせないまま俺の頭の上で一休みしていたのだが、何か思うところがあるのだろうか。


「何でもする、と言ったしな」


その俺の発言に目前の二人は安堵したように見えた。見えたからこそ質問した。


「その話はおそらくとても人には話せない内容であると察します。それを俺に話した理由を聞かせてください」


「ユユリは人語を話すだろう」リュウシュウハは視線を俺の頭の上に向けて言った。「人語を話す、しかも人型の精霊はほとんど確認されていない」


「そうなのか」俺もまた頭の上に視線を向けた。


「そうみたいだね」ユユリは他人事で言った。


「意識を伝えて使役する事は可能ですが」ジジは馬車の外に視線を向けた。いつのまにかゴーレムがいて、車内に向いている。「精霊側から言語によって何かの返答をもらうことは出来ません」


「つまり君の精霊は極めて稀な存在なのだ。精霊の世界の理を知ることは世界の仕組みを知ることだという言い伝えまであるくらいだしね。ちなみに人語を解する精霊はシンアル政府によって保護という名の名目で捕らえられる」


「村で普通の生活を送る事すら困難であったという事か」俺に選択肢はない事を自覚して呟いた。

「ユユリの姿を見られているから別働隊が来る可能性もある」リュウシュウハは窓の外を見て言った。「ほら来た」


もしや街道で立ち往生していたのはこの為かと今更ながらに知った。街道の先、丘の向こうに光が見えた。


光は上下に揺れながら、こちらへ向かってくる。あの辺りは起伏が激しい地形だしな、と思っていると馬車の御者席に戻ったジジが馬を走らせた。


「どうするつもりですか」俺はリュウシュウハに問いかけた。


「迎え撃つつもりはない。適当に応戦して、君が村の外に出たと相手が認識するように仕向ける。そうすればあの村は安全だ」


なるほど、この者たちには義勇心があるのだと思い安心した。だがどうにも俺の存在がお荷物のような気がして何かせずにはいられない。


「そう思うならそれを食べてほしい。ジジの手作りだが美味いぞ」


リュウシュウハは座席の下のバスケットを指して言った。バスケットを取り出して中身を確認するとサンドウィッチと干し肉と皮袋に入った水があった。


「驚いたぞ。一発で巫蠱の胴体に穴を空けたんだからな。あいつの精霊である巫蠱はおそろしく硬い。しかも蘇生能力のせいですぐに復活する。それが奴の精霊の厄介なところだ」


「ハルナギを殺した相手を知っているのか!」


俺は我を失って言った。怒号になったかもしれない。


「すまない。隠し立てするつもりは無かった。あいつーー、ユークリウスは最初の任務の時に一緒になった。おそらくユークリウスだけがあの虐殺を楽しんでいた」


頭の上にいたユユリはなぜか、俺の頭の巻きついて抱きしめるような形で視界を塞いだ。


「何だ、ユユリ。俺は」


「サンドウィッチ食べよう。大丈夫、カムイは僕が守るから」


ほとんど質量を感じさせないーー、まるで風に触れているような感覚しかしないのに、ユユリに触れていると心が落ち着いてきた。


「お前は、ユユリはそれでいいのか。俺はお前を戦いに利用するかもしれないんだぞ」どうしてか涙が出てきた。無様なことに、大の大人が半泣きで少女に詰め寄っている。


ユユリは不意に目の前に飛び出し、笑顔を浮かべて言った。

「僕はーー、ユユリはカムイを守るよ」


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