地図にない村
小槌の村は神聖アガルタ帝国の外れにあり、おそらく地図にも載っていないとの事だ。精霊を武力として育てる事を生業とした村で顧客は主にシンアル政府とアガルタの一部の団体である。
その村では生まれてすぐに年の近い者たちで二人組を組まされる。そしてある程度の年齢がいくと相方は村を出て残った方に精霊が宿るという仕組みである。ここまで小槌が話した時に俺以外の全員の表情が暗く落ち込んだ気がした。小槌は面をしているのでその表情は分からない。
「私の場合五歳上の兄がいて、彼と組まされた。兄は十歳の時に村を出て、しばらくしたら精霊が現れた。そして残された私は拡張薬を飲まされ寿命を半分にされる」小槌は料理のレシピでも読み上げるみたいに淡々と話した。
俺だけでなく他の皆の眉間にも皺が寄った。精霊と精霊使いを道具のように扱う人達がいる事はバランタインの話から大体想像はついた。だが地図にも載っていない小さな村でそのような事が行われているのが尚更のこと気に障った。
「腹の立つ風習だ」とつい呟いてしまった。
「私はそこで誰よりも劣っていたの。私の精霊はとても小さな体躯で、体長は手のひらに収まるくらいしかなかったの。細長い蛇みたいだけれど空中に浮いてユラユラと漂うばかりで何もしてくれなかった」
「精霊は精霊使いの願いは絶対に叶えようとする。多分やり方が間違っている」ステッラは静かに言った。
小槌は頷いてから言った。
「そうなの。村長からの命令を伝えても何もしてくれないけれど、スカイウォークは二人きりの時には色々してくれたわ。暑い日には涼しい風を吹かせてくれたし、寒い日には暖かい空気が私の周りにだけあった」
皆の顔に笑顔が戻った。まるで他人の恋話に心躍らせる少女のように。
「村で精霊を競い合う品評会のようなものが四季の節目に行われるの。そこでもスカイウォークは何もしてくれなかった。だから徐々に私たちは村人のお荷物扱いされるようになったの。精霊を育てる事だけに熱意を注いだ村だったから当然の話ね。私が虐げられるようになるのにさして時間はかからなかった」
それから小槌は村人からされた迫害を事細かく語った。
「それでもスカイウォークは何もしてくれなかった。でもある日ーー、次の品評会の時に私は村人全員から誹りを受け、そして衣服を剥ぎ取られ笑い者に」
小槌の仮面は地面の方を向いている。
俺の我慢は限界に達していた。
「でもその時、スカイウォークが現れ私の周りを回り出したの。スカイウォークの体躯は小さいので村人の誰もその事実には気づかなかったけれど」
村は突如暴風に見舞われ、人も家屋も木々も土も空高く舞い上がり、そしてしばし後に全てが地面に墜落した。
「スカイウォークはーー。いえ、私たちはそこにいた村人全員を殺してしまったの」
小槌の声は震えている。
「全てを終えたあと、スカイウォークは私の側にすり寄ってきた。でも周囲は千切れた手足や臓物が地面に転がっている状況だったの。だからつい私は叫んでしまった。“私の側に来ないで!”と」
昼時の長閑なひと時に沈黙が流れた。
「それからスカイウォークは消えてしまったの。でも私が願うと必ずそれを実行してくれる。ただ姿が見えないの。だから」
スカイウォークを探してほしい、と彼女は言った。「もちろん、ユユリさんを無事救出できたらで構わないから」
「お願いの内容は分かった。だが村一つ潰した精霊を探し出してどうするつもりだ」
「カムイ!」ステッラが嗜めるように叫んだ。
俺としても小槌の過去には同情するし、村の連中の結末も因果応報を感じない訳でもない。だが殺しは殺しだ。それにユユリの身を危険にさらしているのも元を正せば小槌の招いた事である。
「カムイも‥‥トリアルで精霊を殺している」ステッラは躊躇いながらしかしハッキリと言った。「勿論、私たちも過去に必要にかられて精霊を殺している」
ここで「あれは精霊だから」という理論は通じないし、その言葉はこの場にいる全員に深い傷をつける事になる。精霊なら殺しても良いという道理はない。あるとしたら正当防衛くらいのものである。俺の意識が無かった事もあまり自己擁護にはならないし、したくも無い。だがやはりここで殺人の有無ははっきりとさせなければならない。
「私はあの時、確かに願いました。“神さま、ここいる人達を皆殺しにしてください”と。そしてそれを誰にも聞かれないように小さく呟いたのも事実です。きっとスカイウォークは聞いていたのでしょう。だから私の願いーー、本当に心から願った事を叶えてくれたの。だからあの殺人は全部私のせいです」
「そうか」俺は小槌の覚悟に気圧された。
「品評会の終わりに慰み者にされるのも想像ができたの。過去にそういう事もあったから。だから私はあの殺人を正当防衛だと思っています」
俺は馬鹿だ。どれほどの覚悟で小槌が話しているのかを全く理解できていなかった。
「すまなーー」
「その面は何か意味があるのか?」リュウシュウハは珍しく話を遮るように言った。
「これは村を出る時は必ずしなければならないの。拡張薬による精の無駄な流出を防ぐものだから」小槌は少し驚いたように答えた。
ああ、そうか。リュウシュウハは俺が謝るのを阻止したのだ。確かに小槌のした事は同情に値するが、結果は大量殺人である。この事実を肯定するのはやはり筋違いである。
「そんな便利なものがあるのか」リュウシュウハは顎に手を置きわざとらしく頷いた。王様に返り咲くならもう少し演技も勉強して欲しいと思った。
「アルエとは知り合いなんだな」俺はまたも核心にせまる。もはや役割と言っても良い。
「幼馴染なの。でも彼女の精霊は強力だから品評会には参加しないで既に実践に参加しているの。その日も村の外に出て、大人たちと一緒に仕事をしていたはず」
「はず?」俺はつい頓狂な声で言ってしまった。
「私は怖くなって逃げ出したからその後の事はまるで知らない。悪いとは思ったけれど、暴風の後に落ちていた財布を持って水み国まで来たの。水み国は平和な所だと聞いていたから。それに」小槌はそこで初めて笑顔を見せた。「農業国ならスカイウォークの能力で生活費くらいなら稼げると思ったの」
スカイウォークの能力はおそらく気圧操作だ。気圧を操作して限定的に天気を操る。確かに農業に従事している者なら喉から手が出るほど欲しい能力だ。




