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バランタインの話

男はバランタインと名乗った。彼はゲヘナの精霊能力開発部という部署にいて、いわばステッラの同僚であった。ステッラが人質を取られて働いていたのとは別に彼は自由気ままに研究生活を謳歌していた。


「俺の所は主に精霊の能力開発に力を入れた部署だった」


そこへある日二人の少女が送られてきた。ハイオルトとアシュリアという双子は、双子の特性から様々な実験を経験する。特に「カダヴェル」と呼ばれるあの首輪は二人の存在なくしては開発できなかったと言われている。



「あの首輪ーーカダヴェルはそれ自体が精霊だ。精霊を変化させて媒介に使う。悪魔じみた考えだが当時俺たちはその事実を知らなかった。なぜ宿主なしに存在できるのかも今となっては謎だ。便利な道具を開発したものだな、くらいにしか思わなかった」


その場にいた全員が凍りついた。バランタインにしてみれば既知の事実かもしれないが、俺たちにしてみれば初めての事実だ。


俺の隣でユユリが動揺しているのが分かった。斥力パンチで首輪を蒸発させたのは確かにユユリだ。トリアルでの戦闘では相手が敵対して命の危機があった。だから言わば正当防衛に近い。だが今回は違う。


バランタインも察したようであった。


「精霊を変化させたと言ったが生命は無い。精霊という容れ物を使ったというべきかな。魂もないからあんたが気に病む必要はない。でなければ俺もあんなものを使う気にはなれなかった」


「使わなければならない事態に陥ったという事か」俺はつい先を促してしまった。ユユリの動揺を会話の外に流してしまいたかったからである。


「結果からいうと俺はハイオルトとアシュリアに情が移った。それまで人体を用いた実験をしてこなかったからな、情けないほどに俺は人馴れしていなかったのが原因だ。そしてゲヘナから脱出しようと試みた」


バランタインはそれまで姉妹に首輪を装着させ、相互の感情や思考の変化を記録していた。双子の方がより結果に繋がりやすい。精霊を用いた実験の前段階としてハイオルト達が槍玉に挙げられたのだ。


「このままではどちらかが殺されると思った。三人で逃げた。国境付近までは順調だった」


追っ手が来るのは予想できた。バランタインは二人を逃すだけで無く、重要な気密事項を国外に持ち出そうとしていた。


「国の外で生活するのに不安があった。一番国政の安定しているこの水み国に渡る予定だったとはいえ手に職があるわけでなし。あるのは精霊に関する知識だけだ。それすらも水み国では凡そ一般人には開示されていないと聞く。ならばそれなりに知識のあるものにカダヴェルを差し出せば向こう数年くらいは生活できる額を得られるのでは、という逆転の計算があった。だが」


男は両手で顔を覆った。

「国境付近でアシュリアが死んだ。追っ手にやられた。俺のせいだ。甘くみていた」


アシュリアの犠牲を経て海を渡り、この水み国に到達できた。だが、船の中で知り合った男に騙され、ハイオルトはパラダイスマンゴーの宿根にされた。


宿根やどりねとは、パラダイスマンゴーを増殖するのに欠かせない人身御供だ。パラダイスマンゴーには二種類ある。食べると幻覚を見せる雄と種子を持った雌。ハイオルトは隣室の男から差し入れと称して種子入りを食べさせられた。厄介なのは宿根が発症するのに数日掛かる事だ。水み国の税関に引っかからないように船内で獲物を物色していたのだろう。食べかすは海に捨てれば証拠は残らない。

俺たちは嬉々としてセント・リリアに入港した。これで自由になったのだと。やけに親身な隣室の男は俺たちをこのエルシアまで連れてきた。カダヴェルを捌くにしても拠点は必要になる。当面の生活費を得るならこのエルシアの町が最適だ、と口八丁で言いくるめられた」


「ハイオルトの周りに落ちていた木箱にはパラダイスマンゴーの種子がぎっしりと詰まっていたぞ」ステッラは厳かに言い放つ。「果実だけではなく種子の方も商売にしようとしていたようだな」


「あの男には仲間がいた。この渓谷にさしかかった時にハイオルトは拐われ、ここに放置された。俺は抵抗したが、ハイオルトから種を取り出す方法を餌にされ、従うしかなかった」


一面の荒野の周辺には切り立った山々が見える。蓮の葉のような特殊な地形はその昔に大きな湖だった証であると男の仲間が言った。「ここは俺たちが発見した。誰も来ない」

湖だった証かどうかは分からないが小規模な湖があり、そこの湖畔に彼らのアジトがある。「お前はここであの女の世話をするんだ。宿根にするにはコツがいる。あまり早く成長すると宿根がもたない。時々剪定しつつなるべく広範囲に根が広がるように調節するのがお前の役目だ」


「男たちが去った後に俺は大地に繋がれたハイオルトの様子を見に行った。抱えて町まで連れて行けばまだ間に合うかもしれない。だが」


荒野の中心には大の字に寝そべっているハイオルトがいた。彼女の四肢は紐で縛られ、大地に差し込んだ杭に繋がれている。そして、手足の指先から植物の根のようなものが伸びて地面に潜り込んでいた。そしてーー。

「彼女の周りには既に巨大な森が出来ていた。無理やり切り離せば彼女自身の命を奪いかねないほどに」


「おじさん」彼女は言った。「たぶん私はもうダメ。だからカダヴェルで私の精霊を使って」


「俺はハイオルトに精霊がいるという話を初めて聞いた。アシュリアとハイオルトの間で行ったカダヴェルの実験は飽くまでも人間同士である。理論上可能であると言われているが、実際に精霊を使った実験は未だ皆無である。

精霊とは魂がそのまま露出しているようなものなので他の精霊と接触していると感情が直接伝わりやがて感染する。それを利用して自分と他人の境を曖昧にし、他の精霊使いからの指示を受け付ける、というのがカダヴェルの使用方法だ」


ハイオルトはその場に巨人を作り出した。「モズク。彼女の名前」

息も絶え絶えに彼女は言いつつ小声で何事かを指示するとモズクの外皮が瓦解し、蟹の化物が現れた。蟹は俺の元へと歩み寄り片腕をあげた。「そこへカダヴェルを」


「俺は恐る恐る首輪をモズクに嵌めた。カダヴェルはすぐにモズクの表皮に埋まりこんだ。対となるカダヴェルを俺も腕に嵌めた。人間側はぱっと見は紐状でおよそ何かの道具には見えない。あと二対あるが自分自身で使用するのは初めてだった」


モズクが蟹の形であることを利用して、バランタインはパラダイスマンゴーの剪定を行った。とにかく実がなりすぎるとそれだけ宿根であるハイオルトの寿命を縮める。「こんなものの為に」バランタインは切り落とした実のひとつを蹴飛ばした。飛沫が舞ってその瞬間彼は意識を失った。


「とにかく強烈な作用だ。これを世に出してはいけない。だがお陰で俺たちを騙した男達を撃退する方法は思い付いた」


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