首輪
「少し危険だが、行ってみるか」
俺の問いかけにユユリは無言で頷いた。
間近に迫るまで男は俺たちの存在に気付かなかった。それほど慌てていたのだろう。
「あ」と男は一声発した。そのタイミングでユユリは滑空しつつ猟銃を攫った。
まるでトンビだな、と思っていると「失礼な事を考えたでしょ」とユユリは言った。
拡張薬のせいでちょっとした機微が伝わる事もあると思い出した。
「俺の世界にいた鳥に似ているなと思っただけさ」
正直に打ち明けるとユユリは面白くなさそうに「ふーん」と呟いて俺に猟銃を手渡した。
「正直に話されるとそれはそれでつまらないね」とユユリは付け加えた。
どうしろと。
困惑を見て取ったのかユユリはクスクスと笑った。「やっぱりそれくらいがいいかな」
「さてと」いつまでも戯れている訳にはいかない。男は我に帰ったように叫び出した。
「それを返せ! モズクに何をした!」
どうやらあの蟹はモズクという名前らしい。男の様子からするとどうやら無力化に成功したようだが理由が分からない。
「いつの間にかやっつけちゃったのかな」人差し指を顎にあてて小首を傾げてユユリは言った。
湖水の方をみると泡が湧き上がっている所がある。
「死んだわけじゃなさそうだ」
男は半ば絶望した面持ちで膝をついた。その隣で浮いたままの女の子は相変わらず立ったまま眠り続けている。
「おそらく首輪が外れたんだな」背後から声がした。ステッラが伸びをしながら歩み寄って来る。「よく寝た」
「トリアルで敵が付けていたあれか」その隣で凛とした姿勢であるも少しだけ未だ眠たげなリュウシュウハが言った。
二人ともあの首輪に気付いていた事にまず驚いた。
「おそらくゲヘナの技術によって作られたものだ。正体は不明だが効果は明白だ」ステッラは男の姿を睥睨しつつ付け加えた。「他人の精霊を操るものだな」
なるほどそれならトリアルでの戦闘のいくつかの説明が付く。ああも簡単に自らの精霊を見捨てる訳がない。
「腑が煮え繰り返る話だな」俺はつい怒気を込めて言ってしまった。勿論その対象は目の前の男へと向けられる。
「ところで何で二人は寝ていたんだ?」感情の抑制のために起きたばかりの二人に向けて言った。
「巨人が突如分解してあの蟹が飛び出したと思ったら不意に私達の前にパラダイスマンゴーが浮いていた。それが粉砕して霧状になった。勿論息を止めたが少し吸い込んでしまった。そこから先の記憶は無い」リュウシュウハは不覚とばかりに苦々しく話した。
そんな事も出来るのか。むしろ勉強になるといっても良いくらいである。引力を強めて物質同士を衝突させたのだろう。しかしそこで疑問が浮かび上がる。
「あの蟹ーー、モズクに斥力パンチを当てた時に首輪を壊したのなら何故モズクは俺たちを湖水に引き込もうとしたんだ? その時点で男の支配から逃れているはずなのに」
「多分、首輪をしている間も精霊に意識があるんだよ。それで支配から外れても男の意識に共感していたから協力した。けれどそれも次の手まで。だから僕がモズクの引力を外した時点でモズクは次に何をしてよいか分からなくなった」ユユリは悲しげに説明した。「僕たちは人間の言葉も理解している。けれど宿主が絶対的存在だから、他の人の言葉はやはり戸惑う」
なるほどな。モズクの場合は首輪を受け入れていたのか。
「もう、終わりにしよう。俺たちは敵ではない」
俺の言葉に男は少しだけ冷静になったように見えた。
「モズクは無事なのか」
「湖底でリラックスしているよ」ユユリは額に手を当て湖面を見つつ言った。「おそらく宿主の元に帰りたがっている」
ユユリの言葉に男はうな垂れた。「そうか、ならばもう俺に出来ることは無いのかもしれないな」
「話を聞かせてくれ。現状、俺たちは巨人退治に来た賞金稼ぎだが、場合によっては見逃さない事もない」
俺の言葉にステッラが何かを言いかけたが背後にいたリュウシュウハから口を塞がれた。
「俺はゲヘナの出身だ」うな垂れたついでなのか、男は座り込んであぐら座になった。「ハイオルトーー、この子と双子のもう一人の姉アシュリアはゲヘナのある施設で捕らえられていた」




