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ハルナギの死

意外にも俺は衝撃で吹き飛ばされなかった。彼女が圧死した瞬間をまざまざと見せつけられながら、その瓦礫の上に立つ男を眺めていた。


男はなぜか二メートルほど宙に浮いていた。そしてーー、言った。


「一匹潰したか。しかしまだ顕現しないな」


俺は叫んだ。意味をなさない言葉を羅列した。


そして瓦礫を掴んで、男に投げつけた。だが、瓦礫は男に当たる目前で弾け、霧散した。


「さて、始めるか」と男はまるで俺の姿が目に入らないかのように呟き、団体が座る大テーブルの方へ顔を向けた。「だが、その前に」


男は初めて俺の顔を凝視して言った。


「まあ、ついでだしな」


何となく分かった。宙に浮いてみえるが、男の下に何かがいる。そいつによって彼女は殺されたのだ。


俺は再び何も成し遂げる事もなくーー、前世を通じて初めてのデートすら成功させる事なく、このまま死ぬのか。前世でも告白すること無く殺された。


何だこのサイクルは。呪いでも掛かっているのか。


男の下にある空間が迫る直前、背中が熱を帯びる。そして一瞬、謎の空間がその姿を現した。


目も鼻もない、口だけの芋虫のような存在。巨大な山蛭に見えた。


その口が開いた瞬間、俺は空にいた。


「な」


「何が起きたのかって? 魔法だよ」


誰かの声が背後から聞こえた。


「この世界は僕たち精霊によってもう一つの世界を形作っている。二つの世界が重なり合っているんだ。その世界は精霊を義肢とした人にしか見えない」


精霊? ぎし? 何の話だ?


「君は何かを失い、その欠損を穴埋めするために僕らはいる。それは肉体である場合もあるし、心の中にある何かである時もあるし、失った未来の代償であることもある」


「俺は」やっと口を開く事が出来た。「もしかして未来の嫁さんを失ったのか」


その瞬間、目の前に13、4歳くらいの女の子が現れた。


「僕には分からない。僕も今生まれたばかりだから。君に伝えるこの言葉は正直、意味も分からないまま話しているんだ」


女の子は特にファンシーな格好をしているわけでもなく、村でよく見かける普通の子供の格好をしていた。


「でも一つだけ分かる」


そう言って女の子は左手の掌を己が胸元の前にかざした。


「僕には力がある」


掌の上に何かがあった。流れが渦巻き、球状にうねっている。


「これは君の怒りだ。そして僕は君の義肢ーー、君の拳だ」


どうする? とその瞳は語っていた。


あいつに、という意味を込めて、カフェバーを半壊させて今まさに団体客に襲いかかろうとしている山蛭と男を俺は震えながら指差した。


女の子は野球の投手のような動きでそのうねりを投げた。


軌道が歪んで見えた。そしてその先で山蛭に大穴が空いた。


「何だこれは!」


男の叫び声が聞こえた。


「くそ、顕現したか。しかも浮遊型か。厄介だな」


体の中が熱い。あのうねりが俺自身であるような気がする。


「まだまだ!」と女の子は叫んだ。そして両手を合わせて、今度はそれを開く格好をする。


すると、山蛭に空いた大穴がさらに広がり、その体を二つに切り裂いた。切り裂いたというよりは破裂したという方が近い。


うねりは5メートルほどの大きさで宙に浮かび、山蛭から振り落とされた男は呆然とその球体を眺めていた。


「あれは君自身。僕はただ、君の感情を増幅し、具現化しただけ」


トランスミッターのようなものか。


「だからこうして宙に浮いているのも、君の願望の現れなんだけれど」


女の子は浮かない顔で俺をみた。


「君、さてはご飯はまだだね?」


「ああ、食べるまえに」


そう言ってから俺たちは落下した。目の端であのうねりの球体も弾けたのが見えた。


女の子が何かの力を使ったのだろうか、着地の瞬間に制動がかかった。おかげで怪我をせずに済んだ。


ただ、地上に着いた瞬間からとても体が怠い。動機も激しい。手足が震える。


「これでも計算して使っているんだよ。そうでなければ今頃君は潰れたトマトみたいになっていいただろう」


「貴様、いつ顕現させた。というか何だそいつは! 人型で、しかも人語を話すのか!」


男は顔を凍て付かせ、店の外に着地した俺たちの元に駆けつけ、一定の距離を置いてから言った。


「恐れているから大丈夫。ただ、もう力尽きていることは悟らせないで」と女の子は耳元で囁いた。


「なぜ、こんな事を」俺はカフェバーの半壊した母屋をみて再び怒りが湧き上がるのを感じた。「俺たちが何をした!」


「何だ、知らんのか」


男の顔に明らかな安堵の表情が見えた。


「まずい。逃げよう」


女の子の言葉と共に、男の体が再び宙に浮いて、その下に山蛭が復活していた。


「考えてみれば地上にいる理由はそれだよな」


飛びつくための助走なのか、山蛭の体が屈曲する。


「悟られた。走って」


女の子の声に俺は反応できずにいた。立っているのが精一杯だったからである。



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