湖畔の攻防
寸前に気づいたユユリに引っ張られた俺は建物の外へ放り出された。牽引したユユリはそのまま臨戦態勢に入る。リュウシュウハとステッラはどうしたのかと湖畔を仰ぎ見ると砂地に横たわっていた。
「な」何があったのかと駆け寄ろうとすると、爆風のようなものに吹き飛ばされ横様に倒れた。しこたま側頭部を地面に打ち付け、目の前に星が舞った。
「カムイ!」ユユリの声が聞こえる。良かった、無事だった。
起き上がって低い姿勢から湖畔を見るとそこには巨人と男と宙に浮いたあの女の子がいた。その目の前にユユリの背中が見える。身を呈して俺を守ろうとしているのだ。
「ユユリ、俺は平気だ」
「たぶん、リュウシュウハもステッラも眠らせれているよ。どうやったのかは分からないけれど」
目の前の巨人はもしかしたら俺たちが思い描くような能力とは違うのかもしれない。未だ目を閉じたままの女の子が宙に浮いているのを見ればそれと分かる。
男は相変わらずこちらに銃口をむけたまま言った。「このまま帰ってくれないか。追いかけてまで殺そうとは思わない。小屋を潰したのも一種の脅しだ。お互い長生きはしたいだろう?」
寿命は既に半分だがな、と思いつつもどうにも腑に落ちない。男の口ぶりからすると精霊使いはまるで彼のようではあるまいか。
「精霊使いはハイオルトとかいうあの女の子だよ。それは間違いない。けれど、何だろ。おかしいな?」ユユリは俺の隣に移動し、珍しく眉間にしわを寄せて言った。「あ!」
「何だ?」
「あのく」とユユリが言おうとした刹那に巨人の体が崩れ落ち、その中心から何かがこちらへと猛スピードで突進してきた。すかさずユユリは俺の前に躍り出て腕を交差して防御した。俺はその背中を支えて微力ながら力を貸した。
ユユリが止めたものは蟹のような姿をしていた。その巨大なハサミの先端をユユリは両手で凌いだ。もう一方のハサミを使われたらまずいな、と思っていたがその蟹には片手にしかハサミが無かった。元の世界にいたシオマネキという海岸にいる蟹のように片手だけが巨大な蟹というわけではない。左手は途中から失われていた。
「ユユリ砲行くよ!」ユユリの合図に俺は一瞬疑問を持った。こんな至近距離で打ってどうするつもりだと。「体を抱きしめて!」
よく分からないままユユリの腹に腕を回した。ユユリが一瞬「んんっ」と恥ずかしそうに唸ったのが分かったがしっかりと抱きしめた。
「はい、ドーン!」
ユユリ砲の威力に飛ばされたのは俺たちの方であった。回転しながら宙に投げ出され、上か下かも分からない状態から制動したのはユユリの機動力の賜物である。そこから見た蟹の姿はまるで元の世界にいたモズクガニであった。急激に巨人の残滓が集まり、蟹へと集約していく。
「何だありゃあ」
「あのまま力比べをしていたら集まった岩に押しつぶされる所だったよ」
なるほどそういう戦法か。つまりあの蟹の能力はーー。
「引力か。してみるとあの女の子が浮いているのも納得だな」
あえて勝機と呼べるものがあるなら男は殺してまで俺たちを追い払うつもりはないという所である。相手の良心にすがらなくてはならないとすると何とも情けない話である。
「僕、少し悔しい」ユユリは鼻声で言った。「だから本気出す!」
「ちょっと待て。話し合いに持ち込みたいから」
俺の言葉は掻き消され、ユユリは滑降しだした。
ユユリは主に遠距離から大出力で勝負を決めるタイプである。近接戦闘は見たことがない。その小さな拳では相手に傷一つ付けられはしない。頭に血が上って判断力を無くしたのか。身長差を生かしてユユリより先に俺の足で相手に蹴りを入れよう。そうしないとユユリの拳が砕けてしまう。
「斥力パンチ、行くよ!」
聞き慣れない言葉がユユリの口から飛び出した。どうやら無策で飛び込んだわけではないらしい。とにかく振り落とされないように二の腕に力を込めた。ユユリは再び「んんん」と唸った。しかし普通に考えたら両腕で抱え込んだだけでしがみつくのは困難だ。それほど力まなくてもしがみついていられるのはユユリの周りに力場のようなものが発生しているからだろうか。
蟹に激突する寸前、彼女の拳にユユリ砲のような渦が帯びる。それを巨人に成りかけていた蟹の胴体にそのままぶつけた。
岩は周囲に飛び散り、蟹は湖の方へと吹き飛び水柱をあげた。
「よし!」ユユリは自慢げに右手を挙げた。
「いつの間にそんな技を身につけたんだ?」
「ええと。朝起きたら思い付いた!」ユユリは目を逸らしつつ無駄にテンション高めに答えた。
明らかに嘘である。おそらく俺が俺でない時の様子を見て思い付いたのだろう。きっと俺に再び戦いの場に赴いてほしくないからとかいう理由に違いない。そしてそれを隠したのもまた俺への配慮である。
「今回の技名にはユユリの名前が入っていないのは何でだ?」気付かないふりもまた配慮であると俺は信じている。だから少しだけからかった。
「え! 格好いいでしょ⁈ もしかしてダサい?」
「いや、いいんじゃないか。科学的で分かりやすい」実際、ユユリの力は元の世界では架空の力とされる反物質であるのだろう。ならばこの技名は唯々事実を表している。しかし気がかりがある。
「相手の力はおそらく引力だ。正反対の能力という事になる」
「そうなんだ。そうなんだよね」ユユリの様子がおかしい。掲げた腕が震えている。「実はさっきから両手が引っ張られているんだ」
そうユユリが言った後に俺たちは湖の方ーー、蟹の方へと飛ばされた。湖の落ちる寸前、ユユリは体制を持ち直した。
「まずいな。水の中へ引き込んで窒息させるつもりかもしれない」俺に出来るのが解説だけとは情けない。そう考えてからふと思いついた。あるいは不甲斐ない自分への憤りが生んだ発想だったのか。
「ユユリ! おそらく相手は触れたものを引き寄せる能力を持っている。だから」
「合点承知!」
ユユリは皆まで聞かずとも理解した。両手を交差させてユユリ砲や斥力パンチの時に発生する力場ーー、斥力を発生させた。透明な渦がユユリの両腕の周りに発生する。
「んんんん!」ユユリの力みが徐々に大きくなる。
ウオンという音と共に俺たちは再び湖畔へと吹き飛んだ。蟹の引力から解放されたのだ。空中で制動したユユリは両手を交互に見て「もうくっついていないと思う」と言った。
分が悪いと思った。単純な能力差というよりも相性の問題である。正反対の能力というだけじゃない、使い勝手も随分と違う。相手の能力は応用が利く。こちらは破壊一辺倒である。先程の引力解除は稀有な例と言えよう。こうなるとどうにか対策を考えないとこの先の戦いで不利に働く。目の前の蟹を叩く事は容易である。ユユリ砲で仕留めれば良い。だが彼らは敵ではない。
「ユユリ、降ろしてくれ」
「どうしよか」ユユリは湖畔に着地して早々に言った。珍しく躊躇っている。同じ考えに至ったのだろう。
小屋の側にいる男はもう猟銃を構えてはいない。女の子の袂で呆然とこちらを見ていた。
俺たちの背後には未だ眠っているリュウシュウハとステッラがいる。蟹は未だに湖の底にいる。
「襲ってこないな」逡巡している内に時間が経過した。
「蟹さんも寝ているのかな」ユユリもまた状況が掴めずにいた。
再び男を見ると既にこちらを見ていない。何やら慌てふためいている。猟銃を捨てて女の子の両肩を掴み詰め寄っている。何かあったのだろうか。
リュウシュウハとステッラの方を見ると二人同時に寝返りを打った。




