エルシア
エルシア編
水み国はその名の通り水路と田園が多い農業国である。しかし、国の中腹には大きな山脈が東西に連なり、俺の故郷であるファンタジアの町が国の最北端にある為、南西の端にあるセント・リリアに向かうにはどうしても山越えをしなければならない。
国どころかファンタジアとトリアルくらいしか知らない俺のような田舎者には、ジジ
の概算した日程が踏破可能であるか到底分かり得ない。一週間ほどしてようやく山脈の麓に辿り着いたのだが、果たしてこの行程が正しいのかどうか判別はつかない。判別はつかないが、予定が押す事により経費が掛かることは俺でも分かる。
山脈の手前の町ーー、エルシアで俺たちは街道沿いの食堂で会議を行う、
「金が無い」とリュウシュウハは言った。「ちなみに私のせいではない」
事あるごとにリュウシュウハの買い物にケチを付けるのは俺の役目だ。我ながら嫌な役を引き受けたと思ったが、高級品に手が伸びそうになる彼女にもっとお得な物品を勧めるのはそれほど嫌な気はしない。割に素直に従う彼女はまるでその瞬間だけ小さな女の子のようであった。その様を見ていたユユリが終始不機嫌なのは言うまでも無い。
画して俺の倹約家ぶりを身につけ出したリュウシュウハが自信満々に身の潔白を証明するのはそれなりに故あっての事である。
俺とユユリの旅費は口約束ではあるがステッラが出してくれる筈であった。だが、彼女とリュウシュウハ達との借金の話で何となく事態が有耶無耶になり、結局旅費はステッラが出してくれているが、リュウシュウハ達からも旅費の調達を約束された手前、俺とユユリの立場としてはどう対処して良いか分からない。
そうこうしている内にリュウシュウハから「君たちの旅費はステッラと折半する事になった」との通達があった。
内訳はこうだ。とりあえず旅費は全額ステッラが支払い、その半分の額から俺とユユリの旅費の半額を引いた額がリュウシュウハ達の借金として加算されていく。この計算式によって俺とユユリの旅費は折半という形になった。心苦しいがここで固辞するとまた話がややこしくなるので黙って了承した。
したがって、リュウシュウハ達としてはなるべく借金を増やしたく無い。何せ王族に返り咲いた暁には十倍にして返さなくてはならないのだから。俺たちの旅費は口約束だったのに、リュウシュウハ達の借金に関しては書面を用意して署名と押印までさせていたステッラは、買い物の度に帳面に何事が記している。
「金ならあるぞ」とステッラは少しだけ意地悪く言った。「我ながらよく働いたものだ」
「いや、流石に友に必要以上金を借りるのは気がひける」とリュウシュウハは目を逸らしつつ言った。「そこでこの町の組合で一仕事しようじゃ無いか、という提案だ」
俺には否やを唱える義理はない。彼女たちとの会話の中でそれとなく言質は取られているし、旅費は支給されているとはいえ個人的に自由になる金も欲しい。
組合と言ってもファンタジー世界のお約束のようなギルドがあるはずも無く、代わりに食堂の掲示板に貼られた人員募集の中から目ぼしい物を探すしかない。
「エルシア労働組合」と銘打たれた掲示板には、街道整備の人員募集から、人探し、そして水路に出没するという巨人退治があった。勿論、巨人退治は破格の値段であった。
「ここに出るのか。まあ、山を迂回するより水路を行く方が近道で費用も嵩まない。皆の迷惑になるのは致し方ない」
リュウシュウハは掲示板の前で頷いていたが、俺としては先のトリアルでの戦闘で発覚した懸念事項によりあまり乗り気にはなれない。いつまた俺ではない俺が出てくるか分からない。そんな俺の懊悩を知ってかユユリは言った。
「街道整備の人員募集の方がカムイ向きだよ」
「おう、そうだな」と頷いてみたものの、俺だけが働くならまだしも女性二人と初老のパーティに街道整備はどう考えても不釣り合いである。しかも一人は王族である。「俺は街道整備をしているから皆は人探しをするというのはどうだ」
「人探しというのは縁故関係と時間があって初めて成り立つものです。知り合いのいないこの町でするには不向きな仕事かと」ジジは遠慮がちに言った。
「何をビクビクしているんだ」ステッラは俺の顔色を察してか、言った。「むしろ本格的な戦闘の前に懸念事項を確認しておいた方が後々良い結果に繋がるぞ」
どうやらステッラは俺の心配を感じ取っていたらしい。ユユリに顔を向けると胸に拳を当てて頷いた。そう言えば事ある毎に戦いたいと言っていた。頼もしい事この上ない。考えてみればこのパーティは猛者揃いだ。心配は無用だったのかもしれない。
「ではオーナーに掛け合ってみます」と言ってジジはカウンターへと向かった。掲示板の片隅に「依頼は店員まで」とある。
「しかし、巨人か。精霊だとは思うが文面から察する限り、常人にも見えているのが解せんな」ステッラは腕を組みつつ言った。
確かに精霊の仕業なら“巨人”という対象は見えず、不可思議な現象のみが報告される筈である。
「まあ、おおよそカラクリは見えているがな」とリュウシュウハは言った。「とりあえず宿をとった。巨人退治は明日になるな」
彼女の言ったカラクリが何を指すのか分からなかったが、俺達は宿へ向かった。




