ステッラとリュウシュウハ
「調子はどうだ。中々の暴れっぷりだったと聞くぞ」ステッラはなぜか上機嫌で言った。「て、何でこいつらが居るんだ?」
ステッラはリュウシュウハとジジを見て一際大きな声で言った。
「知り合いなのか?」俺はリュウシュウハに向けて言った。
「まあ、この町にいる精霊使いでステッラを知らない人はいないだろうが、彼女とはそれ以前からの知り合いだ」
ステッラは苦虫を噛み潰したような顔つきをしている。「こんな奴らと付き合ったら破産するぞ」
そこでリュウシュウハ達とステッラの馴れ初めを聞く。リュウシュウハが軍属だった時に謎多き国・ゲヘナで知り合ったとの事である。
「私はゲヘナの出だからな」ステッラは少しだけ伏し目がちに呟いた。
ゲヘナの種族は全部で四つ。その全てが他の大陸では差別を受けている。それは歴史の中でのほんの僅かな開発と進歩の違いによりもたらされた、強者と弱者の理論である。ゲヘナの民族達はシンアルによる軍事侵攻によって一時期衛星国としての地位に甘んじた。だが程なくして独自の文化と謎めいた技術(おそらく精霊に関する事である)によりシンアルの支配から独立する事が出来た。
だがその独立によって益々ゲヘナの種族は差別の憂き目に遭う。
当時のリュウシュウハ達は軍属という身分を隠し、遺跡の調査という形でゲヘナへ入国した。
「我々の任務は、ゲヘナにある『精霊結合』という技術の調査だった。いくつもの精霊を合わせて一つの強力な精霊にするという技術だ」
「それって」俺は思わず呟いた。
「そう」ステッラは益々伏し目がちになりながら言った。「反人道的行いだ。我ながら酷い行いに手を貸していたものだ」
「誤解のないように付け加えておくとステッラは人質を取られて無理矢理研究させられていた。ゲヘナの政府も対シンアルに躍起になっていたからな」リュウシュウハは即座に反応して言った。「我々はその計画の頭脳足るステッラは誘拐して水み国まで連れてきた、という訳さ」
「シンアルに連れて帰るように言われていたのですが、リュウシュウハ様の一存で」ジジの言葉には少しの誇らしさがあった。「おかげで大目玉をいただきました」
「あの時は助かった。だが、旅費を全部私に押し付けて帰国したのは未だに許していないからな!」
「それは、あれだ。慈善事業でするには危険が大きかったからな」リュウシュウハは目を逸らしつつ言った。
「人質を奪還してからはほとんど力技だったじゃないか。確かに危険はあったかもしれないが、旅費のほとんどは食費だったし」ステッラの言葉の後半はほとんど涙声になっていた。「あの借金を返すのに何年掛かったと思っているんだ」
そう言いつつもステッラが借金の返済を要求しないのはやはり感謝の表れなのだろうか。
「いや、そもそもこいつらと会うのはゲヘナからの逃亡以来だ。勿論、当時の請求書は保存してある。せめて折半といこうじゃないか!」涙を乱暴に拭いてから強い意志を込めてステッラは言った。
「時効じゃないのか」リュウシュウハは事も無げに呟いた。
ステッラの顔が紅潮した。
ここはやはり俺が仲裁すべきなのだろうと思い、両名ともこれから旅の連れになると告げた。
「断固拒否する!」とステッラは言った。
「それは困るな」とリュウシュウハは言ったがステッラの同行を忌避しての言葉か、ステッラが同行しない事を嘆く言葉かは分からなかった。
仲裁した手前、俺はここで一肌脱ぐべきであると感じ、一計を案じる。
「折半したとしてどれほどの額になるんだ?」
俺はステッラに訊いた。確かに怒って良い額だった。
「どうするの?」ユユリが俺の耳元で囁やく。
「まあ、何とかするさ」
俺はステッラにチャラにしてもらったユユリの衣装代を払うと提案する。勿論、彼女は拒否する。なのでその金をリュウシュウハの借金に当てるという提案をする。
「焼け石に水なのは知っている。だからこれは手付金だ。村に帰れば何とか折半した借金を返せるくらいの蓄えはある」
「家に帰る事に決めたのか?」ステッラはキョトンとした顔付きで言った。
「しまった、帰れない!」俺は間の抜けた提案に我が身を呪った。折角ファンタジアを出たとシンアルの連中に錯覚させたのだ。帰るとしても今では無い。
ステッラはため息をつき、手近にあった椅子に座って言った。「お前はお前でそこの二人に恩義を感じている、という訳だな」
「命の恩人だからな」
再び彼女は長いため息を漏らしてから肘掛に保たれつつ明後日の方を向いて気怠げに言った。
「分かったよ。分かりましたよ。このままではまるで私が守銭奴みたいじゃないか。でも別に借金をチャラにしようって事ではない。おい王族」
「その呼び方は止めてくれないか。さすがに傷つく」リュウシュウハは無理に微笑みながら言った。
「いや、決めた。お前にはシンアルの王様になってもらう。そして私の借金を十倍にして返せ。さらに私とフィーリアが一生何不自由無く暮らせる環境を整えるんだ」
「さすがに吹っ掛け過ぎじゃない?」ユユリが珍しく指摘した。
「いや、いいだろう。どうせ現シンアル政府は倒す気でいた。その後のことは考えていなかったが、考えてみればそれも無責任な話だ。だが、そこまでの条件ならこちらからも提案がある」
リュウシュウハは真摯な態度でステッラのハッタリに向き合った。止めるべきか迷ったがどんな展開になるのか俺自身も興味が湧いたので成り行きを見守る事にした。
「どんと来い」ステッラは若干怖気付いた表情を浮かべた。
「まずカムイと共に私たちと旅をしてもらう。そして君の持つ精霊の知識を道中活用してもらう。言わば参謀だな。私もジジも戦闘は得意だが、精霊そのものの知識はそこらの精霊使いと変わらない」
「私からもお願いします」ジジは頭を下げた。
ここで困るのはステッラである。半分くらいはハッタリで言い出した事なのに相手は本気になった。今更引くに引けない状況になった。
「んん、そうか。まあ、そうだな。カムイ、お前はどうなんだ。村でのんびり暮らす方が良くはないか?」
「なんかステッラが狡い顔をしている」ユユリは再び的確な事を言った。
「俺はもう腹を括った。旅をして目的を果たす」
「あれあれ~。何故か私が悪者になっているぞ~」ステッラは椅子から立ち上がり、ドアに向かって踊りながら向かっていく。
「ジャンヌ」とリュウシュウハが一声掛けるとステッラの前にジャンヌが立ちはだかる。
八方塞がりになったステッラは視線を周囲に巡らせ、逃げ道を探しているように見えた。
流石に強制はまずい。言質をとる形ではあるが、危険を伴う旅の道連れなので自由意志に任せたい。
「無理に付き合う必要はない。ここまで付き合ってくれただけで満足だ。借金はいずれ俺が払う。少し時間は掛かるが必ず返すから」
それを聞いたステッラは観念したように肩を落とし、再び椅子に座って言った。
「正直、借金云々はいずれ返してくれれば問題ない。何というかな、苦労したんだよ、本当に。だが、あの状況から救い出してくれたのも忘れた事はない」
リュウシュウハはステッラに近づき、跪いてその手を取って言った。「その節は苦労をかけてしまったな。先程の申し出に全力で応える所存だ。私からの提案は、気が向いたらでいい」そして頭を下げて付け加えた。「本当に申し訳ない」
「な、何をしておる。継承権を失ったとはいえお前は王族なんだぞ!」ステッラは慌てふためいて言った。
「王族ではない」そう言ってリュウシュウハは顔を上げた。「友人だ」
ステッラは顔を伏せ、リュウシュウハに握られた手にもう一方の手を重ねて言った。「本当はあの逃避行は楽しかった。ずっと幽閉されていたから、外の世界も新鮮だった。でも請求書を残してお前たちが消えたから捨てられたように感じたんだ」
顔を上げたステッラは晴れやかな笑みを浮かべた。それを見たリュウシュウハも笑った。
「あの時は国から緊急招集がかかっておりました。手持ちの不足は誠にお恥ずかしい限りです。今回ここに立ち寄ったのも返済の意思がある事を伝えようとした結果です。先程はリュウシュウハ様も売り言葉に買い言葉でつい心にもない事を」ようやくジジも口を開いた。