王族と話す
「大変だな、人語が話せる精霊を持つのも」
どうやら部屋の外までユユリのぐずりが聞こえていたらしい。気恥ずかしいものを感じたが何とは無しに今更だなと思い、気にしない事にした。
「体は動くようになったみたいだな」
「迷惑かけたな。おそらくもう起き上がれると思う」
そう言って俺はベッドから起き上がった。少しフラついたが、二本の足で立てた。
「結構な事だが、着替えを済ませてくれないか」
リュウシュウハは明後日の方に顔を向けて言った。
そう言えば、下着一枚で寝ていたのだった。
「ああ、すまん」俺はサイドテーブルに畳んであった俺の服を着てから再びリュウシュウハに向き直る。「頼みごとがある」
「いいぞ。引き受けた」リュウシュウハは内容も聞かずに快諾した。「何でも言ってくれ」
彼女の気風の良さに感動を覚えつつ俺は言った。
「一緒に旅をさせてくれ。正直な所、義勇心に駆られたわけではなく、個人的な事情からではあるが、何が起きているのか知りたくなった」
もちろんシンアル政府の行なっている事に義憤に駆られないわけではない。だが、俺にはユユリという守るべき存在がいる。ハルナギの事も頭には常にある。だからこそもう誰も目の前で失いたくない、という思いが強くある。
だが、ここに来て不可避の事態として俺は拡張薬を使ってしまった。そして、俺の中にいるもう一人の俺、そしてシンアルの探し求めているのがもしかしたらユユリの事かもしれない、それらの事実を全て考えた結果、村に隠れ住むのは現実的ではない、という結論に達した。リュウシュウハ達と共に真実に辿り着き、問題の解決に至らなければならない。
「歓迎するよ」
そう言ってリュウシュウハは手を差し出した。俺はその手を握り、言った。
「だが、差し当たっての行動の指標が知りたい。目標のすり合わせも一緒に出来たら嬉しい」
彼女は手を放し、人差し指を彼方へと向けた。
「まずは神聖アガルタ帝国を目指す。そして私達ーー、つまりジジと私ともう一人の目標は現行のシンアル政府の瓦解だ」
清々しい顔つきでリュウシュウハはとんでもない事を言い出した。政府転覆をはかる正しく反政府組織の目標である。他の国の事情とはいえ、スケールの大きい話を聞かされて俺は圧倒された。てっきり無差別大量虐殺をやめさせる事が目標であると思っていた。
「虐殺を阻止する為には今のシンアル政府そのものを一度壊さないといけない。ゆえに最終目的地はシンアル政府、その中枢が巣食っているバベルの塔下層だ。だがその為には色々と準備が必要だ」
「その為に神聖アガルタ帝国へと行かないといけない、という事か」
「あそこには友人がいる。きっと助けになってくれる」
俺の目標はユユリの身の安全とハルナギの復活、そして長閑な生活の再興である。それを告げるとリュウシュウハは然りとばかりに頷いて言った。
「その為には追手であるシンアル政府暗部を叩かねばならない」
画して我々の利害は一致した。彼女は旅の途中、経済的支援を行なってくれると確約した。
「だが、そのアレだ。その辺りはジジに一任しているので、もしかしたら旅の途中で資金調達の為に何かしらの活動をしなければならないかもしれない」
珍しく歯切れが悪い。そう言えばステッラも旅費を出してくれるという話だったと思い出した。双方とも願っても無い提案ではあるが、金銭が絡むとそれなりに成果を上げなければいけない。ステッラのそれは謝礼の意味があるのでまだ良いが、リュウシュウハ達の期待に果たして答えられるのだろうか。不安に思いつつも受け入れるしかないと腹を決めた。
丁度そこへジジが訪れた。
「リュウシュウハ様は少々浪費家な傾向がございまして」とジジははっきりと言った。
「それは、すまないと思っている」リュウシュウハは顔を赤くして言った。「感覚がまだ分からないのだ」
「というわけでカムイ殿には一度、リュウシュウハ様の経済感覚に市井の価値観を教えて差し上げていただきたい」とジジは言った。
俺は一連の会話の流れ、そしてこれまでのジジとのやり取りから確信したことを述べた。
「もしかして、リュウシュウハは王族なのか?」
「シンアル国王の第二王女、リュウシュウハ=パウエル・シンアル皇太子であらせられます」
「わっ! びっくりした」そう言ってユユリは俺の胸から転がり落ちるように出てきた。「何があったの?」
どうやら拡張薬を用いたせいで俺の感情もダイレクトにユユリに伝わったらしい。
何となく気恥ずかくなり俺はユユリの質問には答えず、ジジに問いかけた。
「シンアルの第二王女は暗殺されたと聞いたことがある」
「ええ、表向きは。歯に絹着せぬ発言は身内ですら煙たがられるものです。紆余曲折を経て、王位継承権の剥奪と、ある種の自由を奪うという意味で軍属へと追いやられました」
「まさか暗殺された事にされるとは思わなかった。権力を持つと人は変わるものだな」リュウシュウハは自嘲気味に呟いた。
その辺りの噂は聞いたことがある。シンアル国王は前国王が子を成さなかった為に親族の中から選ばれた。王位に就くまでは温厚で物静かな性格だったと聞く。それが王位に就いてから人が変わったように国政を牛耳りはじめた。
「パパ‥‥、王は優しく子供好きな良き父親だった。私が思春期の頃に王位継承したのだが、一年と経たずに国を改革する動きを見せ始めた。それは王なりに国を慮った結果なのだと最初は思うようにした。だが、」そこで彼女はジジの方を見た。
「第三王女の事故死から常軌を逸してきました。あらゆる国政に口を出し、完全に独裁政権と化しました。手段を問わずに何かを探し求めていたようにも見受けられます。ですが、その理由はおそらく王位継承と同時に行われるバベル下層に秘匿された文書ーー、『代行の書』その拝見によるものだと言われています」
「代行の書」俺はついおうむ返しに呟いてしまった。
「無論、王位継承権の無い私には読む権利が無い。だが想像はつく」リュウシュウハは思い出すように諳んじた。「“解体された星が復活せし時、全てのつがいはその言葉を思い出す。彼らもまた次の大地にて契約を果たす”だったか」
ジジが頷いたのを見て彼女は満足したように続きを話す。
「子供の頃に聴いた王族しか知り得ない伝承だ。おそらく『代行の書』の一節を諳んじたものだ」
「つがい」というのはおそらく精霊と人に関することであろう。だがーー。
「聞いての通り、精霊を指しているであろう『つがい』以外はさっぱり分からない。だが言葉通りならば、いずれ君たちのように精霊使いと精霊が談笑できる日が来るのかもしれないな」
そう言ってリュウシュウハは優しい目をしてユユリを見た。ユユリは恥ずかしくなったのか、俺の後ろに隠れた。だが。蚊の嘶くような声で「言ってくれれば仲介するよ」と言った。
「遠慮しておこう」とリュウシュウハは言った。「だが、ありがとう。君のその言葉は数多の精霊使いに救いを与える」
俺は、俺の背中に隠れているユユリの額を軽く小突いた。
「いたっ。何で叩くの」ユユリは不満げに呟いた。
「条件が出るのを忘れたのか」
「あ、そうだった」ユユリは落ち込んだ様子で言った。「ごめんなさい。精霊の言葉を精霊使いに届ける時には、それに見合った条件が精鋭使いに強制されるの。それは大体その後の人生を大きく変えるような条件になるから、あまりしない方がいい‥‥、かも」
ユユリの言葉に目を丸くしつつリュウシュウハは訊いた。「それは既に誰かで試したのかい?」
どうやら彼女はユユリの言葉をはじめはリップサービスか何かだと思っていたらしい。
ああ、それは、と俺が言いかけたところでドアが開き当人が登場した。