精霊の言葉を伝える代償
「すまない。取り乱してしまった」
ステッラは泣きはらした顔というよりはむしろサッパリとした表情で言った。
小部屋の椅子に対面で座る俺とステッラをそれぞれの精霊が背後から見守る形になった。
「説明すべきなのだろうが、それも出来ない。申し訳ない」ステッラは頭を下げた。「精霊には秘密がある。だが私もその秘密を知っているわけではない。ただ、おぼろげにその答えに近いものを個人的に感じているという程度だ。だから確証は無いし、それを伝えて混乱させたくもない」
確かに何の説明にもなっていない。
「ただ、精霊の声をユユリによって代弁してもらうには条件がある。それだけは分かる」
「そうなのか?」俺は背後にいるユユリに半身を向けて問う。
「あー、うん。実はある‥‥、あります。はい」
ユユリの歯切れの悪い答えは初めてだ。このままユユリに訊いても困らせるだけのような気がしたのでステッラの話に再び耳を傾けた。
「これも想像になるが、まあ、こちらは話しても問題ないと思う。その条件は個々によって違う。私の場合は『今後精霊の服を作る事は出来ない』というものだった」
「廃業じゃないか」
「そうだな。まあ顧客も限られていたことだし、そろそろ店を畳んでも良い頃合いだった」
「どうやってその条件を知ったんだ?」
これが一番の疑問である。俺以外の全員がまるで共通認識のように話しているように見える。
「カムイ以外には全員にその表示が見えたんだ」とユユリは唐突に言った。「この場合、カムイがどうという話ではなくて、ステッラとフィーリアは当事者で僕はその仲介者であるから見えたという話なんだ」
そう言えばユユリの言葉の後に全員が宙の一点を見つめる一瞬があった。
「僕も初めての経験で戸惑っている。おそらく僕の技能の一つなのかな」ユユリは照れ臭そうに言った。「ちなみに表示された条件は僕が決めたものではないよ。たぶん、僕が知るステッラの情報を精査した結果から導き出された代償なのだと思う」
「代償か。済まない。事前告知もなく酷な目に合わせてしまった」俺はステッラに向けて頭を下げた。「出来る限りの償いはする」
「いやいやいや、これは私が望んだ事だ。それにユユリはちゃんと承諾を求めた。そしてその結果に私は満足している」
晴れやかな笑顔でステッラは言った。
「であるから、当初の決め事通り、報酬を払おう」
それから俺たちは遠慮合戦のような形で互いの利益について話し合った。何をどう間違ったのか、ステッラは俺たちと一緒に行動するという流れになった。
「どうしてこうなった」俺は心底不思議に思って呟いた。
「店の花は酒場に寄付しよう。持ち家だからしばらく留守にしても問題ない」
ステッラは旅支度をしつつ嬉しげに語る。
「精霊の服はもう出来ないが戦闘ならお手の物だ」
「このまま旅に出るかどうかまだ決めていないというのにな。このまま家に帰る事もあり得る」俺は一応釘を刺しておいた。
「家に帰るならそれはそれで問題ない。最近この町から出ていない。出る時間が限られると出るのが億劫になるものだ」
柳に風という塩梅でステッラは鼻歌まで歌いだす。
「勘違いするなよ。カムイの判断は尊重する。ただ、こちらとしても廃業した手前、何か目標が欲しい。それまで同行させてくれ。何なら旅費も出そう」
ユユリが俺の脇を肘で突く。分かっている。金が無いのは事実だから、家に帰るまででも同行するなら渡りに船である。
「町から出るにしても世話になった人には挨拶しておかないとな」俺は何の気なしに言った。実際、リュウシュウハの協力なくして現状はありえない。未だ未来は不確定ではあるが、それにしても一応家に帰ると言葉にするとそうするのが当然のような気がしてきた。「町から出られるのは何時だったかな」
軽いピクニック気分でいた俺たちの耳に突如轟音が響いた。
それは目抜き通りでよくある小競り合いとは比べものにならないほどの耳目を集めた。酒場の連中は皆、表に出た。俺たちも酒場を通り抜け、通りに出た。
トリアルには二つの門がある。東側と南西部に位置する門である。俺たちは東門から町に入った。その東門の方で黒煙が上がる。
「おい、この町に宣戦布告する馬鹿がいるみたいだ」と野次馬の誰かが言った。