ユユリの特殊技能
俺の言葉にステッラははにかんで目を逸らしつつフィーリアを見た。それからまた俺の方へと視線を戻して言った。
「フィーリアに私の言葉は届く。そうでないと精霊の衣服は作れないからな。だが」そこで彼女は言い澱む。
そこまで聞けば分かる。ステッラはフィーリアの言葉を聞きたいのだ。ハイタッチしたり頷いたりと、およそ意思のこもった身振りはある。だがもっと詳細な意思ーー、あるいは声そのものを聞きたいのだろう。
「ユユリ、精霊同士で言葉を分かち合うことは出来るのか?」
それまで上機嫌だったユユリは不意に黙り込んで真剣な眼差しになった。それから俯き、やがてフィーリアの元へと近づいた。
フィーリアの背丈は俺より高い。ユユリはフィーリアを見上げ、声にならない声を発した。それは鳥の声とも獣の咆哮とも違う、例えるならある種の周波数に音程を付けたような音だった。フィーリアの口元が開いた。その瞬間、俺の隣でステッラが息を飲んだのが分かった。
だが、フィーリアの口からは何も聞こえてこなかった。口を開けて閉じて、時折身振りも交えるも俺には何の音も聞こえなかった。
だが、隣にいたステッラは「ああ」と一息発して顔を手で覆う。それから嗚咽が聞こえた。
何かを話し終えたユユリは俺の方へと向き直り、言った。
「普通の精霊は人と話す事が出来ない。人の話している内容は分かる。けど、精霊の意思を言語によって明確に人に伝える事は禁じられ、そして物理的に阻害されている。だから文字を書く事も出来ない。それは精霊として生じた瞬間に全精霊が最初に知らされる事なの」
知らされる? いったい誰に?
「だから、僕がーー、例えばフィーリアから聞いた言葉を伝える事は一種の裏技になる。出来るか出来ないかで言ったら出来る。でも」
「頼む、それを、フィーリアの言葉を私に教えてくれないか」唐突にステッラはユユリの元に身を投げ出し、懇願した。「お願いだ」
ユユリはわずかに視線を俺の方へと向ける。話の展開上、ここで頷くのは無責任になるので俺は不動の姿勢でそれをいなした。
「フィーリアは言った」
そうユユリが言い放った瞬間に俺以外の全員が宙の一点を凝視した。それからユユリがステッラに顔を向けると彼女は頷き「大丈夫」と言った。
「私は幸せだ、気にするな、と」ユユリは静かに告げた。
次の瞬間、ステッラは床に伏して号泣した。
俺とユユリはただその様を眺め、フィーリアはステッラの背後から覆いかぶさるようにして彼女を抱きしめた。