(1)
入学式の日に満開の桜が見られるなんて風流だなぁ、とか、一句よめるんじゃないか、とか、神様ありがたや、とか考えているうちに、生田舞子は学校に到着した。舞子が本日入学するこの東京都立一宮高等学校は、偏差値が六十程度の、進学校になり損ねた、いわゆるそこそこの学校である。
靴を履き替えて教室に入り、黒板に書かれた自分の席を確認する。窓側の席の前から三番目が舞子の席である。
「みさきちゃん、おっはよーう。」
と、自分の席の一つ前に座っている有馬みさきに元気よく挨拶をする。
「朝から舞子は元気だねぇ。でも五分遅刻だよー。」
と、入学式早々遅刻する幼馴染に、みさきは言葉のボディーブローを入れる。
「あ、遅刻かー。どおりで同じ制服の人、来る途中に見かけなかったわけだ。」
「いまさら気付いても遅いよー。」
そんなどうでもいい話をしているうちに、ガラガラッと先生が教室に入ってきた。ちなみに、「ガラガラッ」とは、扉を開閉する擬音語ではなく、先生が実際に発した言葉である。すなわち、ガラガラガラッと言いながら先生は教室に入ってきた。
「みんな席に着いたか。先生は風邪気味で、いま声がガラガラです。みんなも体調管理はしっかりしようね。しないとこうなるよ。はっはっは。」
先生の笑い声と同時に、教室に凍てついた空気が流れ込んだ。初対面の人の自虐ネタは、まったく面白くないし、なにより笑いづらい。
「じ、じゃあ、えっと、まずは先生の自己紹介から、先生はこの一年一組を担任する、かみかわわたる、といいます。」
と言って、黒板に「神河渡」と書いた。このとき、舞子は思った。「いや見た目とのギャップよ。名前はカッコいいんだけど、見た目が名前に追い付いていないというか。見た目が完全に置いてけぼりにされているというか。とにかく、似合わない。」
講堂に集まった入学生らを、厳粛な空気が包み込んでいる。
「いやー、こういう空気ほんと苦手なんだよねー。あ、どうでもいいんだけどさ、おもしろいダジャレ考えたんだけど。」
と、舞子が隣のみさきに話しかける。
「どうでもいいなら黙りなよー。もう始まっちゃうよ。」
と、まったく笑えない親父ギャグを言い出しそうな舞子を、みさきが制止する。
「えー、ただいまより、一宮高等学校、第三五回入学式を行います。みなさまご起立ください。」
と、司会が発したところで、生徒らが立ち上がる、と同時に教職員がざわついた。
ほんの十数秒間、沈黙の時間が流れた。その間、舞子は、進行ミスっちゃったりして、とか、結局このまま立ち続けちゃったりして、とか、いや、何もせずに座っちゃったりして、という雑念が、ブレインストーミングしていた。眠気が生徒らを襲い始めるころ、
「えー、大変失礼を致しました。みなさま、ご着席ください。」
その瞬間に舞子は、
「座んのかい!」
と、勢いよくツッコんでしまった。
「いやー、ツッコんでしまいましたよ。わたくし生田舞子。両親譲りの関西の血が騒いだというかー、本当の自分が覚醒したというか。」
講堂から教室に向かう廊下で、みさきが舞子に向かってどこか棘のある言い方で言う。
「もう、舞子。あんな真似やめてよねー。みんな引いてたよ。クスリでもやってるんじゃないの。神河先生も、俺くらいおもしれー奴がいるなんて、みたいな顔してたよー。」
「さすがにたきのちゃんも引いたよね?」
と、みさきが加東たきのに唐突に声をかける。たきのは、小さな声で答えた。
「引いた。コンビニのお弁当がちょっとベタベタしてるくらい。」
「いや、わかりにくいよ!」
舞子は脊髄反射でもしているかのように素早くツッコんだ。
中学時代、舞子、みさき、たきのの三人はクラスメイトであり、仲が良く家も近いことから、一緒に帰ることが多かった。そのせいか、自然と舞子はみさきとたきのを誘って帰宅した。舞子は、家に着いて、ローファーを脱いでいる途中にふと思った。
たきのちゃんって、ポーカーフェイス崩さないよなぁ。笑うときってあったっけ?
舞子は眠っている記憶を呼び起こす。
「・・・あ、ないわ。」
実際、たきのが口を開けて笑っているところは見たことがなかった。だが、わずかに口角が上がる瞬間は見たことがある。それは、面白いボケを思いついた時と、そのボケに対してツッコミを入れてもらった時である。あれは、中学三年の夏休みである。
教室で舞子が苦手な古文の勉強をしている中、左隣のみさきが話しかけてきた。
「今、すごく話題になっている映画みた?」
舞子が聞く。
「話題の映画って?」
すると、みさきの横で英語を勉強していたたきのがボソッと言った。
「能天気の子。」
「天気の子だよ!」
みさきの声が教室に響き渡る。間髪を入れず、たきのは本を机に置き、両手を組んで祈るように言った。かすかに笑みをこぼしながら。
「今からハゲるよ。」
「『晴れるよ』だよ!」
間髪を入れず、舞子とみさきは二人揃ってツッコんでいた。
「竹野くんカッコよくない?」
「超イケメンなんだけどー。」
「彼女いるのかなぁ。」
わざと聞こえるように話しているのか、それとも単に彼女たちがバカなのか、と、昼休みに一人で弁当を食べながら、竹野はあきれかえっていた。
確かに、ぼくは世間的に見れば超が付くほどのイケメンだし、控えめに言ってめっちゃモテるし、女子にはすこぶる人気である。しかし、残念ながら、ぼくは君たちに興味はない。なぜなら、ぼくは・・・ゲイだからだ!
一般男子が好むような豊潤な胸の脂肪よりも、隆起した腕の筋肉の方がぼくは断然好きだし、肉食系女子なんかよりは、草食系男子の方が、ドストライクなのだ。だが、ぼくの性癖をクラスメイトに打ち明けることはできない。だから、ぼくは、ゲイを隠し通すんだ!
舞子たちの入学から、はや一週間が経過した。今日は初めての全校集会だ。
春の温かさを感じるものの、やはりほんの少し肌寒い。
「えー、皆さん、おはようございます。」
穏やかな口調で、バーコード頭の校長が話し始める。
「一年生は、もう学校に慣れましたか。中学校と違い、授業のレベルも格段に上がって・・・。」
「相変わらず校長の話はつまんないなー。」
舞子がみさきに話しかける。続けて舞子が言う。
「校長が好調になる頃には、あの頭もハゲているのかな。」
「もう、朝から寒くなること言わないでよ。ていうか、もうハゲてるよ。」
みさきが振り返って舞子に注意する。舞子は、返す言葉が見つからなかった。
みさきは、明るめ茶髪のおさげとは裏腹に、かなり毒舌なのである。旧友である舞子自身も、みさきが冗談混じりに言っているのか本気で言っているのか、時々分からなくなる。
廊下には、部活動の募集、イベントの通知やその他の業務連絡の張り紙が掲示してある。しかしその中に、作者の意図が全く理解できない標語が紛れている。
<廊下は走らない。走るのは青春だけにしておけ。>
<遅刻厳禁。サボり厳禁。私が使うのは現金。>
たきのがトイレを済ませ、ハンカチで手を拭きながら教室に戻ろうとすると、標語をじっと見つめる舞子を見つけた。そして、そっと近づき、呟くような声で言った。
「舞子、何してるの?」
舞子が答える。
「この標語にどうツッコもうかと思って。一つ目は、『やかましいわ』の一言で片づけられるんだけど、二つ目はどうしようか。」
たきのは、標語を一瞥した後、冷静に分析する。
「上手くツッコむには、まずボケ手のボケを完全に理解する必要があるわ。この場合は、おそらく、表向きはダジャレだけれど、本来は、政府のキャッシュレス政策に反逆する非国民であることをカミングアウトしているんじゃないかしら。」
「あーなるほど、ってことは、『あんた非国民かい』っていうツッコミが妥当かな。っていうか、本来は、遅刻厳禁&サボり厳禁を言いたいんじゃないの?」
「・・・。」
天気は、昨日の大雨を忘れさせるほどの雲一つない晴れ。穏やかな風が吹いている中、舞子はうきうきした気分で学校に向かっている。なぜなら、今日の弁当のふりかけは、舞子の大好きな「のりたま」だからである。
「いやー、のりたまとか最高じゃん。あのほんのりした甘さがたまんないというかー。」
道中でみさきに会う。
「ねー、みさきちゃん。聞いて聞いてー。今日のふりかけはなんと、のりたまです!」
「へー。やったじゃん。」
「見せてあげようかー。」
「別にいいよー。昼休みに見るよ。」
「ババン!ここで問題です。ふりかけは、なぜふりかけというのでしょうか?」
「そんなの、ご飯にふりかけるからに決まってんじゃん」
「ふぁいなるあんさー?」
「ファイナルアンサーだよ。」
あきれたようにみさきは答える。
すると、舞子は眉間にしわを寄せ、どこか真剣な表情でみさきを見つめ、沈黙する。そして、
「せいかいー。」
と言って、笑顔になり、みさきの左肩を執拗に叩いた。このとき、みさきは、絡みが究極にうざいと思った。しかし、この瞬間、思わぬ出来事が起こった。
ぺちゃ。
二人の間から異様な気配を感じた。
二人は恐る恐る舞子の右肩を見る。
舞子の肩に、鳥の糞が直撃していた。
二人同時に発する。
「最悪じゃん・・・。」
みさきがポケットティッシュを差し出し、慰めるように言う。
「いやー、ある意味ツいている日だね。」
「そ、そうだね!」
パシャン。
マンホールほどの水たまりの上を軽自動車が通り、水しぶきが舞子にかかった。
「・・・。」
バシャン。
さらに畳みかけるように、ワゴン車が通った。
「・・・。ツいてねえ・・・。」
昼休みに入り、一部の生徒らがぞろぞろと食堂に向かう頃、
「元気出しなよ、舞子。一緒にご飯食べよ」
と、みさきが振り向き舞子に言う。隣の席のたきのも、うんと頷く。
「そうだね。とりあえず、お弁当食べて、切り換えよう!」
と、舞子がバッグから弁当を取り出そうとするが、舞子の顔は焦った表情に一変する。
「・・・。ない・・・。」
「・・・。」
「うちののりたま弁当が・・・ない。」
「・・・。ちゃ、ちゃんと探した?」
「探したよ。探して探して探しまくったよ!でも、ウインナーの一つすら見つからないんだよ!」
「・・・。」
「しょ、しょ、食堂でパン買ってくるぅ。」
半泣きで舞子は教室を飛び出した。
「舞子、財布わすれてるよー。」
教室でぐったりとした舞子からため息がこぼれる。
「はあ、今日はツいてないな。いろいろと。お弁当忘れるし、食堂のパン売り切れだし。」
「とまーとマートでお弁当買ってきなよ。ついて行ってあげるからさ。」
「いや、いいよ。一人で行ってくる・・・。」
しばらくして、
「おかえり。何買ったの?」
「ニラ餃子。」
「だけ?」
「だけ。」
「ずいぶん凝ったもの買ったんだね・・・。」
放課後、相変わらずテンションの低い舞子は、帰宅の用意をしていた。
「はあ、みさきちゃんはピアノのレッスンで先帰っちゃうし、たきのちゃんは書道部の見学行っちゃうし、仕方ない、一人で帰るか・・・。」
舞子は校門を出て、一人トボトボと家路についた。途中、「今日のツキだと、天変地異が起こってもおかしくないな・・・」と思っていた矢先。
ピカン。ゴロゴロゴロ。ザー。
突然のどしゃぶりの雨。びしょ濡れ。栗色のショートヘアは、色がくすんだように見える。
この無情な雨は、舞子のメンタルにとどめを刺した。
「アカン・・・。帰ったら寝よ・・・。」
二宮通りに、たこ焼き屋さんが新規オープンしたことを父親から聞き、城崎香住は休日を利用して行ってみることにした。二宮通りは、一宮地区と二宮地区を南北に結ぶ重要な通りで、長い歴史を持つのだが、今となっては、一宮地区、二宮地区、三宮地区を結ぶ大通り、通称お宮ロードが開通し、二宮通りはそこまで目立たなくなっている。そんな中、二宮通りに新規店舗をオープンするなんて、きっとこだわりある店主に違いない。城崎香住はそう睨んだわけだ。
城崎香住は、目当てのたこ焼き屋さんを見つけた。看板には、「たこ焼き岸田」と書かれており、店の前には、古びた木の机と椅子が無造作に置かれている。店員は一人。この無精ひげのおじさんが一人で切り盛りしているに違いない。
「あ、あのー、八個入りを一つ。」
おじさんは、素っ気ない態度で返答する。
「お嬢ちゃん。今日は材料がないねん。」
ぎょえー⁈
売り切れとは驚きだ。このお店はきっと、県外からひっきりなしに客が訪れる人気店に違いない。
「ま、また来ます。」
翌日。城崎香住はたこ焼き岸田に向かった。
しかし、シャッターが閉まっていた。
ぎょえー⁈
どうやら、今日はお休みらしい。
「明日、少し回り道にはなるけど、寄って帰ろう。」
学校の帰りに、城崎香住は古い町並みを歩き、たこ焼き岸田に向かった。
「あ、あのー、八個入りを一つ。」
おじさんは不愛想に、メニューを指差し、
「トッピングは?」
と、尋ねる。
ぎょえー⁈
城崎香住は思った。トッピングの種類が多すぎる。百種類は優に超えている。コーンや紅ショウガ、チーズ、お餅とかはまだ許容範囲内だし、たこの追加もまだあり得る。しかし、何だ、カニカマって。
「じ、じゃあ、コーントッピングで。」
店主の機嫌を損ねそうだったので、渋々コーンを注文した。
少しして、「お嬢ちゃん、できたで。」と、声が聞こえた。その声は、どこか懐かしい感じがした。
「あ、はい。いくらですか?」
「百八十円。」
ぎょえー⁈
や、安い。八個入り、コーントッピングで百八十円とは。
城崎香住は代金を渡し、たこ焼きを受け取った。
「ま、また来ます。」
家に帰る途中、百八十円のたこ焼きが気になって気になって、仕方がなかった。おそらく、これはたこ焼きと呼べる存在ではないのだろうと、内心思っていた。
家に着き、ダイニングテーブルに腰を掛けた。そして、宿敵と対峙するような形相で、たこ焼きのふたを開ける。いざ参るぞ。
パカッ。
城崎香住はびっくり仰天した。
ぎょえー⁈
「ちゃんとたこ焼きの形してるじゃん!」
ぎょえー⁈
「けど、コーンのトッピングって、これ、トウモロコシ丸々一個じゃん!」
ぎょえー⁈
「それにそれに、たこ焼き八つ入りじゃないじゃん。一個足りないじゃん!」
ぎょえー⁈
「ふたにくっついてたじゃん!」
ぎょえー⁈
「なんでか、味めっちゃ美味しいじゃん!たこもちゃんと入ってるじゃん!」
城崎香住は、今世紀最大といっても過言ではない驚きを見せた。
「パパに半分置いとこー。」
本日は五月一日。入学試験の各科目の点数と入学順位が発表される日だ。細川は自分の番が来るのを、いまかいまかと待っていた。
神河先生が細川の名を呼ぶ。
「細川、これが君の結果だ。」
神河先生は、薄っぺらい紙きれ一枚を、細川に渡した。どうやら、この質素な紙に点数と順位が書かれているらしい。
細川は成績表を受け取る。
なぜか、受け取る手の震えが止まらない。
紙きれなのに、少し重い。
握る手が汗ばんでいる。
そして、恐る恐る結果を見る。
<理科百点・英語百点・国語百点・理科百点・社会百点>
<総合順位 一位(二百人中)>
と、当然だ。と言いたいところだったが、安堵という気持ちが勝った。
よい知らせであっても、手の震えは収まらない。それほど、細川はプレッシャーを感じていたのだ。プライドが高く、焦りや嫉妬を表に出さない性格ではあるが、今回に関しては、体が正直に感情を表していた。両親の反対を押し切り、この学校に入学したのだから。
細川は、中学時代の全国模試で、百位以内に入る頭脳明晰な男だ。良ければ十本の指に入るほど聡明。
正直に言えば、彼の頭ならば、偏差値七十以上の超有名進学校に合格することすら容易い。しかしながら、その進学校は受験せず、わざわざ一宮高校を選択したのだ。
なぜなら、家が学校の隣だからである。
通学時間は徒歩三十秒。距離にして約四十メートル。ハイハイができたばかりの乳児でも通える距離だ。学校の予鈴が鳴ってから支度しても、確実に間に合う。
この近さこそ、高校を選ぶ決め手となった。
細川は、一時間半かけて都内の私立中学校に通学していたわけだが、成長期ということもあり、体調を崩すことが多かった。一度、電車で気分が悪くなり、降りようにも降りられず、大変苦しい思いをしたのだった。そのせいか、電車に乗ることに恐怖心を覚え、通学時間の短さこそが正義という彼らしい考えに至ったのである。
舞子、みさき、たきのの三人は、いつものように教室で戯れている。
「舞子ちゃんは総合順位、何位だった?」
みさきが今日配られた入学試験の結果を尋ねる。
「なんとなんと、十五位だったよ!」
「えー、うそだよ。舞子がそんなに高いわけないよ。」
「あは、バレた?実はちょうど百位だったよ。」
「なんでワンクッション挟んだんだよ」
「だって、今日はエイプリルフールじゃん!」
「もう、バカだなー、舞子は。エイプリルフールは四月一日だよ。今日は五月一日じゃん。」
「あ、そっか。じゃあ今日は何の日?」
たきのが答える。
「今日は写真の日。」
「へー、そうなんだ。」
「うそ。今日は扇の日。」
「いや、うそが分かりにくいよ!」
「ちなみに私は四十四位だった。」
「やっぱりたきのは賢いね。」
「うそ。四十六位。」
「いや、どっちでもいいわ!」
し、しまった・・・。つい、うっかりしていた。
みさきは自室で今日の自分の行動を猛省していた。
今日の夕方、ピアノのレッスン帰りに、バスを待つ間、みさきは本屋に寄った。
そこで、明らかに異彩を放つタイトルだったせいか、それとも、なんとも魅力的な表紙だったせいか、ついうっかり、その本を手に取ってしまった。
「『ゴリマッチョの秘訣』。な、何だこれ」
表紙には、十数人のゴリマッチョが組体操をしているようすが描かれている。サボテン。扇。ピラミッド。しかも、全員カメラ目線で、全員満面の笑みだ。その上、目がギンギンにキマっちゃっている。これはもう、脱法ハーブをやっていると言わざるを得ない。
手に取っただけならまだマシである。みさきはついうっかり、「ゴリマッチョの秘訣」を持ってレジに並び、ついうっかり買ってしまった。
「か、買ってしまった・・・。手に取るまでは購買意欲なんて微塵もなかったのに。何なんだ。この魅力。出版社は・・・『ゴリマ出版』。どこだよ、ゴリマ出版て。てか、ゴリマッチョをゴリマと略すな。」
はあ・・・。
「まあ、せっかく買ったんだし、読んでみるか・・・。」
みさきは、半ば好奇心半ば恐怖心といった面持ちで読み始めた。
みさきはしっくりとしていなかった。
「え?えっと、これ、自伝小説じゃん。筋トレのやり方とかが書かれてるんじゃないの?なんか武勇伝として書かれてるけど、筋トレしてプロテイン飲んでの繰り返しじゃん。しかも、ところどころゴリマッチョの挿絵やめて!」
はあ・・・。
「でもまあ、なかなか面白かったな。」
お昼休み。
城崎香住は今朝買ったたこ焼きを食べていた。するとそこに、
「へ~、おいしそうなたこ焼きだね。」
と、有馬みさきが話しかけてきた。
「二宮通りの新しくオープンしたたこ焼き屋さんのだよ。」
「へ~、カニカマと一緒に食べるなんて、珍しいたこ焼きだね。」
「これはトッピングだよ。」
「どうみてもトッピングの大きさじゃないじゃん。」
神河渡は、一宮高校にはもう今年で十年目、教師歴二十五年目のベテラン先生である。それゆえ、悩みがありそうな生徒には、優しく声をかけ、面談をするよう心掛けている。今日の相手は、竹野だ。竹野は、何か人には言えないような悩みを抱えているような気がする。
二階、生徒指導室。
安っぽいパイプ椅子に、神河と竹野は向かい合って座っている。
「竹野。そんなに緊張しなくていいから。何か、悩んでいることがあるんじゃないか?」
神河には、おおよその見当がついていた。おそらく人には言えない恥ずかしいことだろう。
「先生、お言葉はありがたいのですが、悩んでいることはありません・・・。」
「ほんの些細なことでもいいんだぞ。」
「・・・。ありません。」
竹野は自然と目をそらす。
「そうか、ならば当ててやろうか。竹野が悩んでいること。」
「え・・・。」
「竹野・・・。お前本当は・・・」
ごくり・・・。
竹野は思わず息をのむ。
「本当は、ピーマン嫌いだろ?」
「ピ、ピーマン?」
竹野は激しく動揺した。そして、頭が真っ白になった。いや、真緑になった。
「だって、先生、この前、弁当のピーマン残しているの見たぞ。」
「は、はあ・・・。」
「確かに、高校生にもなってピーマンが食べられないのは恥ずかしいことかもしれない。でもな、好き嫌いは誰にでもある。人間関係と一緒だ。だから安心しなさい。」
「・・・。」
「先生・・・。クラスのみんなには内緒で・・・。」
「ああ、分かった」
竹野は進路指導室を出て思った。
見当違いにも程がある。が、とにかく、ゲイであることはバレずに済んだ。
とりあえず、先生の前ではピーマンが嫌いなやつとしてふるまおう・・・。
お宮ロードにある人気のハンバーグ店にて。
店内は、家族連れの客でいっぱいである。
みさきが言う。
「なんとか席座れたね。みんな何にするか決まった?」
舞子が答える。
「うーん。じゃあ、スティーブン・スピルバーグで。なんつって。」
「しょうもねー!たきのちゃんは決まった?」
「決まった。」
たきのはメニューを指さして答える。
「特製デミグラスソースハンバーグ。ソース抜きで。」
「それただのハンバーグじゃん!」
みさきは、あきれ顔で舞子に問う。
「舞子は結局何にするの?」
「肉は国産。焼いてるのはコックさん。なんつって。」
「早く決めろー!」
「ごめんって。真面目に決めるよー。えっと、じゃあ、ドリンクバーで。」
「ハンバーグはどこ行ったんだよ!」
みさきは、確信した。
来るぞ・・・。まだ、ボケが、来る・・・。
来た・・・。
たきのが口を開く。
「じゃあ、私は、ハンバーグ・アンダー・チーズで。」
「チーズ・オン・ハンバーグを言い換えるな!」
今度は舞子が口を開く。
「じゃあ、和風ハンバーグで。」
「お前はボケろ!」
「え・・・、ボケなんだけど・・・。」
「どこがだよ!」
「だって和風ハンバーグなんてメニューないし。」
「分かりにくい!」
はあ・・・。
「あたしは、国産四元豚のハンバーグにするけど、二人は何にするの・・・?」
「じゃあ、うちも。」
「私も」
「決め方がテキトー・・・。」
「お待たせしました。四元豚ハンバーグです。」
店員が料理を運んできた。終始忙しそうである。
「いただきます!」
はじめに舞子がハンバーグを一口。
「おいしー!」
たきのも感想を言う。
「やっぱりおいしいね。白飯。」
「ハンバーグ食べろよ!」
「豚は国産。お米は米国産。お米だけに、なんつって。」
「どうしようもねー!」
「そういや、たきのちゃん、書道部入ったの?」
唐突に、舞子がたきのに尋ねる。
「いや、入ったけど、すぐ辞めた。」
「どうして?」
「今の渾身のボケなんだけど。」
「金輪際分かりにくいボケするな!」
本作品を読んで下さり、ありがとうございます。いかがでしたでしょうか。舞子の鋭いツッコミと不意に発動するボケ、みさきの毒舌ツッコミ、たきののどうしようもないボケ、少しでも印象に残ったのならば幸いです。
現在、(2)を構想中です。(2)では、夏休みや二学期の文化祭なども取り入れていこうかなと思っています。いつ投稿できるかは分かりませんが、気長に待っていただけるとありがたいです。