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第3話 初めての名前



「アリアだったか?」


 肩先まである黒髪に菫色の瞳をした端正な顔立ちのテオドール・ピストリークス伯爵は、わたしに向かってそう話してきた。


(やっぱり、この伯爵様は、わたしの名前をアリアだと勘違いしているみたい……)


「わたしは、アリアじゃなくてマリアです。マリア・ヒュドールと言います」


 わたしの方をちらりと見た後、伯爵様は整った相貌を少しだけ歪めながら、ぶつぶつとわたしの名前を繰り返し唱え始めた。

 ちょっと不気味で、呪われたりしてるのではないかと、怖くなってぶるりと震えた。


「マリア? アリア? マリア?……」


 彼は頬に指を当てて、しばらくの間考え込んだ。

 そうして私の方を向き直った。


「お前は双子か何かなのか……?」


 わたしはぶんぶんと首を横に振る。

 どうして双子という発想になったのかが、さっぱりよく分からない。


「違います、ピストリークス伯爵様。わたしには兄しかおりません」


 伯爵様は、頬から指を離すと、その菫色の瞳で、わたしの方をじっと見つめてきた。

 顔が綺麗だから、どうしてもドキドキしてしまう。あ、いや、好みでは(以下略)。


「……ピストリークス伯爵様と呼ばれては、恋人だと周囲が思わない。だからテオドールで良い。遠慮は無用だ」


「ふえぇっ!?」


 また年頃の女性らしからぬ、すっとんきょうな声が出てしまった。いけない、いけない。


「……とは言っても、あまり会う人間もいないがな……」


 彼は少しだけ寂しそうにそう言った。


(あれ……? 想像より優しい気が……)


 テオドール・ピストリークス様と言えば、街でも悪い評判の魔術師兼伯爵様だ。

 あまり彼と積極的に会いたい人もいないのかもしれない。

 そう考えると、なんだか可哀想だなとも思う。


 名前の話に戻れば、たまたま誰かに会った時に、わたしが彼を名字に様づけで呼んでいたら、恋人だとは思われないかもしれない。

 わりかしぼんやりして、ありふれた容貌にしか恵まれなかったわたしでは、良くて彼の使用人にしか思われないだろう。


 彼の話に納得したわたしは、思いきって彼の名前を呼んでみることにした。


「じゃ、じゃあ、遠慮なく……テオドール様!」


「様はつけるな」


 低音の命令口調に思わず背筋が伸びる。


(やっぱり怖い人かも……。それに、初対面の男性の名前を呼び捨てだなんて……?!)


 そういえば、わたしはもうすぐ成人の十七歳。

 だと言うのに、男性を、いわゆる下の名前で呼んだことがないことを思い出した。


 子どもの時のことだ。

 くすんだ金色に、すぐもつれるこの髪を、近所の男子達からよくからかわれていた。


(それが、今でもちょっとだけ心の傷だったりする)


 そんなこともあって、お兄ちゃんと、お兄ちゃんのお友達以外の男性と接するのは、初めてに近い。

 しかも相手は貴族。平民が、気軽に名前を呼ぶなんて滅相もない。


「ほら早くしろ」


 促されたので、慌てて口を開いた。


「て、て、て、テオドール……」


 顔が火照ってくるのが自分でも分かる。

 そこまで言ったけど、やっぱり恐れ多くて……。


「……様……」


 結局、様はつけてしまいました。

 テオドール様からは、呆れたような視線を向けて来られる。


「まあ、今は様づけでも良い。早く慣れろ」


「は、はい!」


 びくびくしながらわたしが答えると、またテオドール様が眉をひそめた。彼の切れ長の瞳に鋭さが増していて、ますますわたしは怯えてしまう。

 そんなわたしに対して彼が何か言いかけた時――。


 突然、ものすごい勢いで部屋の扉が開かれて、わたしは思わずそちらを振り向いた。

 

「坊っちゃん、数少ない家宝の壺が~~~~!!!」


 突然、部屋に甲高い男性の声が響き渡って、耳がきんきんしたのでした。




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― 新着の感想 ―
[一言] 数少ない家宝がある部屋に、屋敷の関係者以外つれていかないであげてよってつい思いました。 まあ、伯爵はあまり気にされていない様子ですけど。
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