序章
わたしはマリア・ヒュドール。平民街で慎ましく暮らしている十六歳の女の子。ややくすんだ金色の髪に、垂れ気味の榛色の瞳をしている。
（全体的に統一感はあるんだけれど、目だった特徴がないのが悩みかな――）
特に背中まである髪に関しては、さらさらとは程遠く、もつれるとほどくのがすごく大変。
わたしの住んでいる国には、貧民街・平民街・貴族街がある。貴族街には、今は女王様が住んでいるお城も存在している。
普段は平民街の一角で、お母さんとお兄ちゃんの三人で暮らしている。お父さんは、わたしが小さい頃に亡くなってしまった。
（その代わりに、お兄ちゃんがわたしの事をすごく可愛がってくれたっけ）
お兄様は、平民出身だけどすごく腕っぷしが強くって、お城で騎士を勤めているの。とっても優しくて明るくって、わたしの自慢のお兄ちゃん。お兄ちゃんは、お母さまに似て青銅色の髪をしている。
（せっかくだから、わたしもお兄ちゃんに似た色の髪に生まれたかったな、そしたらもう少し自分に自信が持てたかもしれないな）
どんなに傷んだ髪だとしても、お兄ちゃんだけは「マリアは可愛いよ」って言って褒めてくれるんだけどね。
だけど最近、たった一人のお兄様に恋人が出来ちゃった。
しかもお相手は、侯爵家の娘さんだと言う。どんなにお高く留まったお姉さんが、お兄ちゃんの恋人の座を射止めたの？ と思っていたら、平民とか貴族とか関係なしに接してくれる、すごく気さくで美人な女性だった。
（しかしショックだったのは――）
わたしはくすんだ金色の髪だけど、お兄ちゃんの恋人さんはすごく綺麗で艶やかな金色の髪をしていたこと。お兄ちゃんもやっぱり、ああいう綺麗な女の人の方がやっぱり良いのかななんて、ちょっと落ち込んでしまった。
（まあ、でもそもそも平民のお兄ちゃんと貴族の女の人だから、結婚できるのかどうかが分からないけれど……お兄ちゃんは強い騎士様だから、身分の差は関係ないのかな？）
さてさて、わたしは、今は平民街の街並みを歩いている。
一体何をしているのかというと、新しいお仕事を探している最中。
類いまれなる不運の星の元に生まれたわたしは、この前も勤めていた食堂のお皿を割りすぎて、ついにクビになってしまいました。
ドジすぎることが街では有名になってしまって、なかなか雇ってくれる場所がない。
今日も仕事の紹介所に行ったけど、受付のお姉さんが、わたしに曖昧に笑ってくれただけだった。
「本当にどうしよう……。お仕事ないよ……」
お兄ちゃんは、「俺の給金でどうにかなるから、気にするなぁ」なんて軽い調子で言ってくれたけれど、あまりお兄ちゃんに頼ってばかりはいられない。
新しい洋服も買っていいよと言ってくれるけど、節約は大事だよねと思って、昨日も繕い物を夜遅くまでやっていた。今着ている服も、昨日手直ししたものの一つだ。
白いシュミーズの上に、藍色のワンピースに近いチュニック、それにこれまた白いエプロン。全て自分で裁縫をした。直す途中、何度も針で指を刺して、手が傷だらけなのは、自分でもちょっと情けない。
「気を取り直して頑張るぞ！」
ちょうど人ごみを通り抜け、大通りに出たわたしは、気合を入れて拳を高く天に突き出した。
「危ない！」
突然、耳元に大きな声が聴こえる。
周囲からも、どよどよとしたざわめきが……。
最初に声がした方を見ると、眼前に黒い色の馬が脚を高く上げている。そのひづめが、わたしを目がけて降りて来た。
(あ、死んだ――)
そう思って、わたしはそのまま意識を失った。
※※※
実はこの時、馬に乗っていた男性が、魔法でわたしを助けてくれたらしい。
そしてこの男性、実は街でも噂の、顔立ちはめちゃくちゃ良いけど性格ものすごく怖い(悪い？)と評判の伯爵様だったのでした。
意識を失ったわたしは、彼の城になぜか運ばれまして、お仕事までもらうことになります。
「アリアとかいう女。ちょうど私に変な女からの見合い話が来ていて、それを断りたい。たまたま拾ったから、ぜひ恋人役をやってほしい。払える金は少ないが、それなりにはずむから」
アリアじゃなくて、マリアですけど。
※※※
これは、わたしことマリア・ヒュドールと伯爵テオドール・ピストリークス様が結婚するまでのお話――。
