彼
血が苦手な方は、ご注意ください。
正面玄関から、彼が入ってくる。
予定の時間を30分過ぎているから?
遠目で見てもわかるくらいに焦りの色が浮かんでいた。
走ってきたのか息が上がっている。
彼とともに、入ってきた秋の風。
今日は朝から冷え込んでいる。
大陸からの寒気が流れ込んでいるのだとか。
室内とは言え、私もそろそろ半袖はやめておこうか。
乱れる呼吸のまま、彼は鞄を弄る。
―――そんなに慌てなくても待ってあげるのに。
ううん、やっぱり早く来て。
彼と初めて会ったのは、1週間前。
初めて来た場所に緊張していた彼は、その一歩を踏み出せなかった。
でも、今日の彼は違う。
一歩一歩確かな足取りで私の前まで来ると、頬を上気させ手を差し出した。
私はその腕を引き、瞬時に縛り、針を立てた。
彼の顔が歪む。
この時を待っていた。やっと叶う。
彼の腕から赤い血が流れ出る。
―――温かい。
嗚呼、その血が私の指先に温もりをくれる。
上手くいったわ。
思わず笑みが零れる。
「あの…」
針を勢いよく引き抜き圧迫すると、彼が息を飲んだ。
「終わりましたよ。検査結果が出ましたら2番の診察室から先生が呼んでくれますので、それまで待合で掛けてお待ちくださいね」
私は急いで採血スピッツを検査室に運んだ。