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銃砲と戦像の女傭兵  作者: 参河居士
第1話 幼い依頼人
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その5

 「眠らない街」と呼ばれるハデルだが、日が沈む頃になると、街を囲む街壁や水路の門は閉じられる。

 それに伴い、役場や商店の多くは通常の営業をやめ、昼間は役人や商人でごった返していた街の中心区画も人通りがまばらになる。代わって活気を見せ始めるのが食堂や酒場が集まった繁華街である。

 ハデルには地区ごとにいくつかの繁華街があるが、そのうちのひとつ「酔だおれ通り」は、地元の職人や商人たちがなじみにしている店や屋台が多く軒を連ね、街に不慣れな者でも安心して足を踏み入れられる場所として知られている。

 酔客相手にあこぎな商売をする者もいなくはないが、たいていの店では、ほどほどに上手い食事と酒がそれなりの値段で楽しめる。一夜の遊び相手を探すにも事欠かず、昼間の疲れを癒すにはもってこいの場所といえた。

 夕闇が街を覆い、そろそろ繁華街が本格的に賑わい始めるという頃、とある娼館の裏戸が開き、中からサリスが出てきた。

「忙しいときにゴメンね、ビレッサ。聞いてもらえて助かったわ」

 路地に出たサリスが声をかけた相手は、20代半ばと思われる人間の女性であった。

 長く波打つ金髪を頭の後ろで結い上げ、切れ長で曇りの無い瞳は青く輝いている。わずかな薄布だけを身にまとった美女――ビレッサは、この娼館の古株で一番の人気者であった。

「いやいや。カワイイ新人はいつでも大歓迎だよ。ウチなら病気と怪我の心配だけはしなくていいからって伝えておいて」

「本当にありがとう。女将さんにもお礼を言っておいてね」

 扉まで送ってくれたビレッサに手を振りながらサリスは店を後にする。彼女がこの店を訪れたのは、カテリヤが借金を返済できず身売りすることになった際、その引受人になってもらえないか頼むためであった。

 わずか10歳そこそこの少女がお金のために身体を売ることは悲劇だが、それで人生が終わるわけではない。たとえ身売りするにしても、売られた先の環境次第で、その後の生活は天と地ほどの差がある。

 不衛生な売春宿に売られた末、店で虐待を受けたり、客に病気を移され、身も心もボロボロになって死んだ娼婦の話は後を絶たない。それこそが「最悪」の結果だ。

(死んだ方がマシなこともあるけど、生きていればいいことあるかも知れないじゃない)

 サリスはそう思う。いずれにせよ、サリスにできるのは未来の選択肢を増やしてあげることだけで、最終的な決断をするのはカテリヤ自身だ。

 ビレッサと別れたサリスは、マントのフードをすっぽりとかぶり暗い路地裏を急ぐ。治安のいい通りと言っても、スリや置き引きによる被害は日常茶飯事で、一歩裏通りに入れば街灯の差さない暗がりも多い。

 妖精族であるサリスは人間に比べて夜目が効くが、無警戒で歩くわけにはいかない。マントの下では小剣の柄に手をかけ、周りに気を配りつつ細く暗い道を早足で移動する。

 やがて一軒の酒場にたどり着いた。狭い袋小路の突き当りに入り口があるため、外側からは店内の様子どころか、店の全体像すらつかめない。

 泥と苔で汚れた壁には酒場であることを示す看板が掛かっているのみで、道を照らす外灯ひとつ無い。見るからに怪しげな雰囲気だが、サリスは臆することなく扉を押し開き、中へ入っていった。

 店内は、2人がけの丸テーブルが6卓ほど置かれ、奥にカウンターがあった。照明は薄暗く、店の外とほとんど変わらない暗がりの中で、客同士がひそひそと会話をしている。

 先客たちを避けながら店の奥へ進んだサリスは、カウンター越しに店員に声をかける。

「いつものやつ、頂戴。それと黒鳩は? もう来てる?」

 彼女が親しくしている情報屋の名前を告げると、店員は、蜂蜜割りワインが入ったコップをカウンターに置き、無言で店の片隅を指さす。そちらに視線をやると、壁際のテーブルに黒いマントの人物が座っていた。

 サリスがコップを片手にテーブルに近づくと、相手も気づいた素振りを示す。だが、あいかわらずフードで隠れた顔は見えない。

「早かったわね。それでどう? 何か分かった?」

 テーブルに着いたサリスは顔を突き出すようにして囁きかける。

「……周りの証言を集めたところ、2人が出会ったのは3年ほど前らしい」

 フードの奥からくぐもった声が聞こえた。他人の情報を商う者として自分の正体を悟られぬよう声音を作っているようだが、まだどこかぎこちない。

「カテリヤの父・ケドラスは、妻と娘が家を出てからしばらくの間、かなり荒れていたようだ。寂しさを紛らわすために酒に溺れたのだろう、という証言がほとんどだ。そんな生活がおよそ1年ほど続いた頃、修道院モナステリオで暮らす妻から近況を伝える手紙が届き、その日以来、ケドラスは、それまで以上に遺跡探索に固執するようになったらしい。『宝を見つけたら妻と娘を迎えに行く』と周囲に語っていたそうだ」

 一言で遺跡探索人テサル・ウェーナートといっても様々で、未知の遺跡を探し出すところから始める者もいれば、すでに所在の明らかな遺跡に挑戦する者もいる。

 当然、前者のほうがお宝を発見する確率が高まるが、それだけ時間と費用がかかる。後者は実入りは少ないが、遺跡を1から探すより手っ取り早い。

 ハデルの周りにも未踏破の遺跡はいくつもあり、街を訪れる遺跡探索人テサル・ウェーナートのほとんどは、そうした既知の遺跡に向かう。

 ケドラスも昔は大多数派に属していたが、妻子を迎えに行くと決めてからは、少数派に転向したようだ。だが専門知識のない彼には、独力で情報を集めることもままならず、結局、怪しげな地図や噂を買い入れては、手当たり次第に当たって回ることしかできない。

「呆れた、ぜんぜん変わってないじゃない」

 ため息混じりにサリスがつぶやく。日雇いの仕事で金を稼ぎ、旅の資金が貯まれば街を出る。金が尽きれば、また街に戻って仕事を探す。

 夫の更生を願っていたカテリヤの母が聞けば、依然とまるで変わらぬ様子に呆れ果てたことだろう。ケドラスがディグエットと出会ったのは、そんな生活が数年続いたある日のことであったという。

「今からおよそ3年前だから、カテリヤの母親はまだ生きていた頃の話だ。酒場でケドラスが仲間と酒を飲んでいたところ、店に居合わせたディグエットのほうから話しかけてきたらしい」

 ディグエットはケドラスたちの語る遺跡の罠や魔物の話に関心を示したそうだ。

「自分も、幼い頃は冒険生活に憧れていた。しかし結局、この年になるまで旅らしい旅すらしたことがない。今さら冒険に出るわけにもいかないが、あなた方の話を聞いていると昔の情熱が甦ってくる。どうだろう、今日ここで出会ったのもなにかの縁だ。あなた方の調査に協力させてもらえないか?」

 そう言って、ディグリッドは無利子無担保の出資を約束したという。返済期限だけは決められていたが、追加の出資を行うたびに延長していたため、実質的には無期限といっていい。

「それが積もり積もって22万ユアンってこと? お金に困っているケドラスにとっては渡りに船な話でしょうけど、ずいぶんと話がうま過ぎない?」

 怪しげな話にサリスは眉をひそませる。先史文明を研究している学院や個人が、遺跡調査の出資者を募るのとはわけが違う。

「ディグエットって人、よほど酔狂な性格なの? お屋敷に勤めていたという話だけど、働きぶりはどうだったのかな? あ、そもそもどこで働いていたのか分かる?」

「彼が仕えていたのはパブセンス家だ」

「えっ!? あのパブセンス家? 元老院の長老格の!?」

 予想外の大物の名が出て、サリスは思わず腰を浮かせかけた。

 元老院とは、ハデルの行政を司る最高決定機関である。名目上、元老院の上に元首が存在するが、これは元老院議員のひとりが兼務する名誉職のようなもので、会議の司会を担う程度の権限しかない。

 人口7万を数えるハデルの管理運営は、元老院に名を連ねる議員たちの総意に基づいて執り行われるのである。

 元老院の設立は街の誕生時期とほぼ同時期で、議員の名簿はこれまでに何度となく書き変えられてきたが、創設時から変わらずその地位にあり続ける名家も存在する。

 パブセンス家はそうした最古参家のひとつで、街の外に広大な牧場と農園を所有し、牛や豚、鳥などの肉や乳製品、果物、ワイン、羊毛、獣皮、獣脂などを取り扱う大商人である。

 現当主のマウセスは今年で52歳。厳格公正な人となりで知られ、代々受け継いできた稼業は順調、その暮らしぶりは他国の貴族にも引けをとらない。

 同じ商人といっても、小さな店で商いをしているサリスとは格が違うのだ。

 サリスが軽い動揺から立ち直る間にも黒鳩の説明は続く。

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