その2
サリスとフィロスタスの間で交わされた約束とは、次の4点である。
ひとつ、フィロスタスはこの場でカテリヤに求愛し、その後のことは、すべてを彼女の意思に委ねること。不本意な結果になったとしても遺恨を残してはならない。
2つ、フィロスタスが求愛するにあたり、サリスは最大限の支援を行う。
3つ、今回の件に関しては他言無用。
4つ、以上の取り決めに関して、ハデルの街に帰還後、傭兵ギルドを証人として誓約書を交わす。
無言で耳を傾けていたロビーナは、最後の条件が告げられた途端、異を唱えた。
「待てっ、なぜ傭兵ギルドを介入させるのだ。それでは今回の話が明るみに出てしまうではないか。それは困る! 3つ目の条件にも反するだろう!」
「私たちは傭兵よ。口約束を信じるほど甘くない。それに……!」
再び開きかけたロビーナの口元にサリスの指が触れる。
「安心して。契約に関わるのはギルドのなかでも数人だけ。これは貴方たちにとっても有益なはずよ。私たちの口をふさぐことができるんだから」
ハデルの傭兵ギルドは、ハデルにおける構成員の生命と権利を保護する組織だが、同時に構成員を管理監督する義務も負っている。
ギルド内部には構成員の不正摘発を行う専門部署があり、ひとたび嫌疑がかけられたら追求の手は街の外にまで及ぶ。一般に誤解されているように、構成員に寛容なだけの組織ではないのだ。
サリスたちとパブセンス家、どちらに対しても中立で、かつハデルの街においてパブセンス家に比肩しうる存在という点で、傭兵ギルドは今回の仲裁役に最適であった。
「とはいえ、これだけじゃ貴方たちも不満でしょ? だから書類作成に同意してもらうのと引き換えに、私たちが発見した新しい遺跡の管理にパブセンス家も一枚噛ませてあげる。出資額や調査期間なんかの条件については、ギルドと直接話し合ってもらうけど」
「遺跡の管理? そんなことをしてフィロスタス様になんの得がある?」
「貴方たちが戦った巨人像、あれもその遺跡から見つけたものよ。どれほどの値打ち物か、貴方ならわかるわよね? でもね、遺跡のなかは土砂でいっぱいで、ほとんど探索できなかったの。わかる? 同じようなお宝が、まだまだ眠っているかもしれないってこと」
「それはそうかもしれんが……」
「私たちがギルドに報告すれば、遺跡はギルドの管理下に置かれる。だけど、もともとあの遺跡に目をつけたのはケドラスさんで、その費用を工面したのはフィロスタス様なわけだから、それを理由にパブセンス家を遺跡の共同管理者にすることもできるってわけ」
「だから、それがフィロスタス様にとってなんの……!」
「フィロスタス様って、お家での立場があまり良ろしくないって聞いたけど?」
「っ!」
「出資の件だって、いつまでもごまかせないでしょ。もしかしたら薄々感づかれているかも」
「……」
「お家の方々に納得していただくには、このくらいのみやげ話があったほうがいいんじゃないかなって思うんだけど?」
サリスの指摘に一理あることはロビーナも認めざるを得ず、それ以上の反論はなかった。
サリスとロビーナが話をしている間、エイシャは会話に加わることなく、カテリアのほうばかり気にしていた。フィロスタスがカテリヤになにかしようものなら、すぐにも飛び出さんばかりである。
後ろから歩み寄ったサリスが笑いかける。
「そんなに心配しなくても大丈夫。お供がいなければ無茶もできないでしょ」
「それはそれで情けない気がするなぁ。でもさ、だったらなんでリヤに本当のこと教えてあげないの? そんな奴に騙されて結婚しちゃうかもしれないじゃん?」
「私も悩んだんだけどね。まぁ、それならそれでいいかなって。誰も損はしないし。結婚したあとのことなんて本人の問題だからね。逆に、もしカテリヤさんにすべてを話したとして、それで面子を潰されたお坊ちゃんが妙な気を起こしたら困るでしょ? ずっと付きっきりってわけにもいかないんだから」
「ん~……、それはそうだけど……、でもなぁ……」
理屈で考えたらサリスが正しいのであろう。それはエイシャにも分かる。だが、カテリヤを騙すようなやり方は、彼女に対してあまりに冷淡に感じられ、納得しがたいものがあった。
それでも抗議の言葉を飲みこんだのは、ほかに妙案が浮かばないからで、あとはサリスの判断を信じてカテリヤとフィロスタスのようすを見守るしかなかった。
不安そうに2人を見つめるエイシャに、サリスは別の話題を投げかけた。
「カテリヤさんがどうするにせよ、私たちの仕事は彼女を街まで連れ帰ったらおしまい。まぁ、<紅衣の傭兵>の売却先を探すくらいはしてあけるけどね」
「! ……あ、そうか。うん、そうだよね」
「どうかした?」
「え? う、うん……、あ、終わったのかな?」
「? ああ、そうみたいね」
エイシャが口にしたのは、カテリヤとフィロスタスの話し合いのことであった。釣られるようにサリスもそちらへ目を向ける。
2人の視線の先では、深々と頭を下げているカテリヤの前で、フィロスタスががっくりと肩を落としていた。青年の恋がはかなく散ったことは明白であった。
望ましい結末を迎えて安堵したエイシャは、あることに気づきサリスを振り返った。
「……もしかして、こうなるって分かってた?」
「期待していたのは確かね。あなただってそうでしょ?」
いつもの快活さを取り戻したエイシャに、サリスはいたずらっぽく笑った。
「もっちろん!」
言うやいなやエイシャが走り出す。岩場から向かってくるカテリヤを出迎えるため、サリスは若い友人の後をゆっくりと追っていった。




