その5
「どうやら終わったみたいね」
エイシャの姿が消えてから間もなく、岩柱の陰からサリスとカテリヤが現れた。
サリスは地面に倒れているロビーナたちがまだ動けずにいることを確認すると、懐から取り出した麻ひもで彼女たちを縛り上げていった。
「悪いわね。ちょっとの辛抱だからガマンしててね」
サリスの作業を離れた位置から見守るカテリヤは、苦痛にうめくロビーナたちを心配そうに見つめているが、安全が確認できるまでは近寄らないよう言い含められているため、その場から動くことはなかった。
「巨人像が見当たらないわね。まぁ、パブセンス家の機体なら自動還送くらい当然か」
サリスがロビーナたちの拘束を終えたところで、エイシャが戻ってきた。
「あ、姉さん、リヤ、もう来てたんだ」
岩場の一角から顔を出したエイシャは、段差を飛び跳ねながらサリスのもとに駆け寄る。
「お帰りなさい、そっちはどうだった?」
「問題な~し! 姉さんとこの子のおかげだね」
エイシャは頼もしげに<紅衣の傭兵>を振り仰いだあと、こっそりとサリスに耳打ちする。
「姉さんの言ったとおりだった。ひとりしかいなかったけどね。そこに待たせてる」
「じゃあ、本当に少人数だったのね。もう一組くらい引き連れていると思ったんだけど。それなら<紅衣の傭兵>を使うまでもなかったかな」
「まぁね。でも、おかげで楽しかったよ。こんなスゴイ機体に乗る機会なんて、もう二度とないだろうし」
「そういうことにしときましょうか。じゃ、話をつけてくるから、こっちはよろしくね」
ロビーナたちから取り上げた剣をエイシャに渡すと、サリスはエイシャが指し示した岩場のあたりへ向かう。
足音を立てないエルフ特有の歩き方で近づいたせいか、サリスが岩柱の裏に回ると、そこにいた人物が小さな悲鳴をあげた。
「あら失礼、驚かせてしまいましたか?」
岩の裏手でサリスと鉢合わせしたのはフィロスタスであった。彼は、ロビーナたちが戦っている間、ずっと最初の場所から動かなかったのだ。
部下の勝利を信じていたし、下手に近づいて戦闘に巻きこまれてはたまらない。その場にとどまり誰か報告に戻ってくるのを待っていたのだ。
ところが、騒音が収まっても誰も戻って来ない。どうしたらよいか悩んでいるうちに、サリスの指示で周囲を警戒していたエイシャに発見されたのだ。
襲撃犯の中にフィロスタスがいる。その可能性にサリスが最初に思い至ったのは、エイシャから襲撃の報告を受けたときだ。
もちろんそのときはまだ、サリスが下宿先で目撃した人物と、エイシャが刃を交えた人物が同一人物であるという確証はなかった。だが、仮に同じ人物であるとすれば、どんな理由が考えられるだろうか。
信頼の置ける護衛官を派遣しなければならないほど重大な案件か? 単純に人手が足りないのか? あるいは、護衛対象のフィロスタスも同行しているからか?
追跡の際の不手際や襲撃の状況、さらに下宿先で見せたフィロスタスの態度から考えて、2番目と3番目の理由が濃厚に思われた。
そして、二度の襲撃に失敗した敵が次の襲撃に全戦力を投入してくることは確実で、もしフィロスタスが同道しているのであれば襲撃地点のそばに待機している確率は高まる。
たとえ推測が外れても後続部隊や伏兵への用心になる、くらいに考えていたが、ズバリ的中したようだ。
「フィロスタス・パブセンス様ですね。私は、ハデルの傭兵ギルドに所属するサリスと申します。このような場所で申し訳ありませんが、いろいろとお話をうかがわせていただきたいのですが、よろしいですか?」
フィロスタスから数歩の距離まで近づきながら、サリスが微笑みかける。フィロスタスの緊張をほぐすためで、マントの下では小剣の柄に右手をふれさせている。
「な、なんのことだ? 私はなにも知らない!」
フィロスタスが分かりやすいほど動揺し顔を背けると、サリスは大げさに肩をすくめる。
「弱りましたね。素直にお話いただけないようなら、お供の方々を役人に引き渡すしかありません。そうなれば、ご親族の方々やカテリヤさんにもご迷惑がかかるのではありませんか?」
「な、なに!? カテリヤ殿にも!?」
「当然です。騒動の原因が明らかになれば、パブセンス家と修道院の関係は悪化するでしょうし、それと知れば、心優しいカテリヤさんのことですから、責任を感じて胸を痛めるに違いありません」
個人の醜聞がそこまで影響を及ぼすとは思わないが、世情に疎いフィロスタスには効果的であった。カテリヤの名に強く反応したこともサリスは見逃さない。
「修道院での立場も悪くなることでしょう。最悪の場合、神官位の剥奪もありえますし、そうなれば修道院からの追放ということも……」
「そ、そんな……! まさか! 私はそんなつもりは……」
サリスの言葉を鵜呑みにしたフィロスタスは、青ざめた顔を両手で覆い地面にへたりこむ。
「ですが、事情を打ち明けていただけるなら、あるいは穏便に納められるかもしれません」
「ほ、本当か!?」
「もちろんです。傭兵ギルドとしましても、ご当家とは良好な関係を続けていきたいと考えております。万が一、元老院とギルドが不和であるなどという噂が立てば、街の治安や行政にも影響しますからね。できれば内々に処理したいのです」
このあたりの説明は嘘ではない。行政機関の一部である傭兵ギルドが、表立ってパブセンス家と対立するような真似はできないし、サリス個人としてもそのようなことは望んでいない。
ハデルで仕事を続けていく以上、街の名士に睨まれるような事態は避けたい。だが、もっとも重要なのはカテリヤの身の安全の保証だ。
今は護衛という名目でカテリヤのそばについていられるが、これから先もずっとそうしていられるわけではない。
将来はどうあれ、今のカテリヤの家は修道院だ。パブセンス家縁のある場所へ戻るからには、フィロスタスが納得のいく形でことを収めねばならない。
そのフィロスタスはといえば、サリスの思惑など知る由もなく、かすかに差しこんできた救いの光に目を輝かせている。そこでサリスは最後のひと押しを放った。
「お話の内容次第では、ご当家の方々にもお知らせせずに済ませられるかもしれません。もちろんカテリヤさんにも。ですが、そのためには詳しい事情をお話いただけませんと……」
「わ、わかった! 話す! 話すから聞いてくれ!」
あっさり陥落したフィロスタスは、すがりつくような勢いでこれまでの経緯を語りだした。




