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銃砲と戦像の女傭兵  作者: 参河居士
第7話 貴公子はかく語る
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その2

(外の世界を知りたいというのは口実で、私は、ただ華やかな生活に憧れているだけのかも知れない……)

 他者に献身的であろうとするあまり、ときに自己犠牲もいとわない。それはカテリヤという少女が持つ神官としての純真さであり、危うさでもあった。

「……なんて言われてガマンできる?」

「え?」

「私は無理だった。森を出たいといったとき、親には反対されたし、長老にも止められたわ。『人間族の街で暮らすには早すぎる』って。でもガマンできなかった。だから森を出たの。みんなが言ったように街の暮らしは大変で、人間の習慣になじむまで時間がかかった。森での暮らしを懐かしく思ったことは何度もある。でも後悔は一度もしなかった。私が求めていたモノは、確かにそこにあったから」

「……」

「ギルドで働きたいなら従業員メルケナスのほうが向いてるんじゃない?」

「それは傭兵セルヴィになるのとは違うのですか?」

「ギルドには現場に出る傭兵セルヴィ以外にも仕事があるの。任務内容を整理する事務官クラールとか、お金を管理する会計官トレジャラーとか、傭兵セルヴィの仕事ぶりをチェックする監査官オーディターなんてのもいるのよ」

 最後のひとつを苦笑交じりに挙げたサリスは「そこだけは行かないでほしいけど」とつけ足した。

「医療部署あたりがカテリヤさんにはぴったりじゃないかな。ウィストンもきっと歓迎してくれるでしょうね。ああ、その前に修道院長さんに頭を下げにいかないとかな。『そちらの優秀な人材を引き抜いてしまってすいません』って」

 現実は、サリスが茶化すほど簡単にはいかないだろう。修道院がカテリヤを手放すとは思えないし、ギルドとしても修道院と対立するような真似は避けたいはずだ。

 カテリヤとしても修道院を出ようと本気で考えているわけではない。何もしらない自分が街で暮らしていけるとは思えない。ただ、そんな未来を想像すると胸がわくわくすることも事実だった。

「医療でしたら修道院モナステリオでの経験が活かせるかもしれません」

「そうよね。あ、でもそれならやっぱり神殿テムプルムもいいんじゃない? 毎日街の人とふれあえるし、いきなり傭兵セルヴィギルドみたいな騒々しい場所で働くよりいいかも」

「! ……あ、そうですね……」

「あら、もしかして頭に無かった?」

「……はい。少し浮ついていたかもしれません」

「ふふ、今日はいろいろなことがあったからね、当然よ。むしろ普段落ち着きすぎてるくらいよ?」

「そ、そうでしょうか?」

「友達から言われたこと無い?」

「周りは大人の方ばかりなので……」

「ああ、そうか。それはそうよね」

 つい忘れがちだがカテリヤは神官位を授かっている。一般的にはまだ修道士モナクスですらない年齢だ。同世代の少女たちと親しく交流する機会は少ないだろう。

「そういうことなら街の学院に通うのもいいかも。同じ年頃の子たちがいるから。私も学院では、同級生から勉強以外のこともいろいろ教わって、それがすごく役に立った。今でもつき合いのある人もいるしね」

 サリスと言葉を交わすうちカテリヤの心はどんどん軽くなっていく。不思議な感覚だった。カテリヤが悩みを口にするつど、サリスは新たな道を示してくれる。

 修道院モナステリオでも多くの人から知識や技術を学んだが、それらは修道院モナステリオの中で暮らすために必要なものに限られていた。

 サリスとエイシャから教わることは違う。2人と出会って以来、カテリヤの知る世界は広がる一方だ。

(私がこれまで見てきたものは、この世界のほんのわずかな欠片に過ぎなかった。街に出て、いえ、お2人に出会えたことで私は世界の広さを知ることができた。この素晴らしい出会いは、きっとエフェナ様のお導きに違いない)

 思えば母親が亡くなってから、これほど素直に悩みを打ち明けられる相手はいなかったような気がする。

「あの……、もし、私が街で暮らすようになったら、その、相談に乗っていただけますか……?」

「もちろんよ。いつでも店に来て。もし私がいなくてもミアルがいるからね。なんだったらウチに下宿してくれてもいいのよ? エイシャも喜ぶだろうし」

「ありがとうございます! そのときはぜひ!」

 いつかそんな日が本当に来るかもしれない。そう思うだけで心が満たされていく。胸のつかえがとれた途端、思い出したように少女の口元から眠気混じりの吐息がもれた。

「もう休んだほうがいいわね。カップはそのままでいいわよ」

「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」

 サリスの前を辞去し寝床に戻ったカテリヤは、女神に感謝の祈りを捧げたあと再び眠りについた。


 休憩を終えたサリスは作業を再開した。

 解査布ガルデンの上の万頁宝珠オーウムが明滅し、サリスの腕が羊皮紙上で目まぐるしく動き回る。暗闇の中の解析作業は数時間途切れることなく続けられた。

 せわしなく回転し続けていた腕が止まったのは、夜が明ける少し前のことであった。たまった疲労を吐き出すように大きく伸びをしたサリスは、カンテラの日時計が日の出の時間を示しているのに気づく。

「今晩はここまでかな……」

 解査布ガルデンの機能を停止したあと、エイシャを揺り起こし交代を告げる。

「え? もう朝? ごめん、寝過ぎたっ」

「ううん、作業をしたかったから起こさなかっただけ」

 慌てて身体を起こしたエイシャに笑いかけながら、サリスは渡された毛布にくるまる。毛布に残されたエイシャの温もりが、冷えきった身体を包みこみ、意識の外に追いやっていた疲労と眠気を呼び戻す。

「思ったんだけど、アイツら、遺跡のなかに入ってこないかな?」

 エイシャのつぶやきが眠りに落ちかけていたサリスを現世に引きあげた。

「そしたら手っ取り早いんだけどなぁ」

「まぁ、ね……。でも、さすがに懲りたでしょ……」

「ってことは、また待ちぶせしてくるのかぁ。ちょっと厄介だね」

 乗り手の消耗が激しい巨人像ガレムは長距離の移動には不向きだが、機動させない限り魔力を必要としないため、襲撃する側にとっては都合がいい。ハデルの街までの道中で人目につかない場所を選び、サリスたちを待ち受けていればよいのだ。

 二度目の襲撃で<旋舞姑娘エトワール>に手こずらされたからには、次に襲ってくるときはこちらが亜巨人像ラ・ガレムを召喚する前にけりをつけるつもりだろう。

「用心しながら行くしかないかなぁ……」

 街道を使わなければ待ち伏せの危険は減るが、エイシャとしてはカテリヤに無理はさせたくない。

「そっちも……、いちお、考えてる……」

 瞳を閉じたまま、サリスは顔だけエイシャのほうに向けている。

「そうなんだ、さっすがぁ!」

「起きたら……話す、わ……」

「わかった、おやすみぃ」

 エイシャの陽気な声に送り出され、サリスは今度こそ眠りの世界に落ちていった。

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