その5
廊下のほうから軽快な足音が響いてきたかと思うと、荷物を抱えたエイシャが大広間に飛びこんできた。
「たっだいま~」
「コラッ、静かにしなさい。また変なのが出てくるかも知れないでしょ」
「ごめんごめん。おみやげあるから許して」
「おかえりなさい、エイシャさん」
頭を掻きながら歩み寄るエイシャを、呆れ顔のサリスと笑顔のカテリヤが出迎える。
「で? 解析のほうはどう? なにか進展はあった?」
「順調よ。ついでに大発見もあったわ。ちょうど今、カテリヤさんに説明したところ」
「え? なになに?」
「落ち着いて聞いてね、さっき倒した巨人像、燎玉製だったのよ」
平静を装っていながらも、微かに震える声がサリスの心情を現している。
「え? 燎玉? なにが?」
「だからアレよ、さっき私達が倒して、そこに倒れているヤツ」
サリスが指差した巨人像を見て、エイシャは目をしばたたかせる。
「はぁ!? あんなデカイのが!? 燎玉でできてるの!? 全部?」
「そうっ、大発見でしょ?」
燎玉とは錬素具に用いられる天然鉱物の一種である。光沢のある外観は玉石のように美しく、鋼鉄をもしのぐ硬度と靭性は武器や防具に最適、そしてなにより特筆すべきは真素の伝導率90%超という特性である。
真素の伝導率が高いほど錬素具の性能は向上する。石や鉄など一般的な素材の伝導率が平均3割、真素伝導率の高さで知られる銀ですら5割程度であることをふまえれば、燎玉の数値がいかに驚異的なものであるかがわかる。
だが一方で、燎玉は特殊な地形でしか採取できない希少な鉱物としても知られ、先史時代においてさえ、その価値は同重量の金と同じかそれ以上と言われていた。
巨人像1体を燎玉で作りあげたのであれば、素材の費用だけでも莫大なものになる。
「ぜんぶ燎玉でできてるの? あの巨人像が?」
豪胆なエイシャでさえ驚きを隠せず、あっけにとられたようすで同じ言葉を繰り返す。
「でもさ、燎玉って、もっとピカピカしてるんじゃなかった? アレ、ただの石みたいに見えるけど?」
エイシャの疑問にサリスが興奮した様子で飛びつく。
「そう! そこがスゴイところなの。あの巨人像は、石と燎玉、2つの身体があるの!」
「2つ? 身体が?」
意味がわからず唖然とするエイシャをよそに、サリスの口調が熱を帯び始める。
「正確には、燎玉で出来た身体が本体で、その万頁宝珠のなかに、石の巨人像が取りこまれているの。つまり、双児状の巨人像が万頁宝珠によって空間を超えてつながっているわけ。そのために積層型魔法円が導入されているんだけど、これは異なる基点に見られる事象を径庭なく同期させる魔法で、似定振幅性を有する重位相変調を用いて錯填撞着率を縮減、可素境界上に并列具象させているの。形而上的同一性を確保するために……」
「待って待って!」
サリスの説明が専門的な領域に入りだしたところで、エイシャがたまらず制止する。
サリスの熱の入れようからして、よほどの重大事であろうことは分かるが、専門知識のないエイシャやカテリヤにはとても理解できない。
「ああ、ごめんなさい」
サリスは照れ隠しに咳払いをしてから、エイシャとカテリヤに向き直る。
「要するに、この巨人像の身体はニ重構造になっていて、1枚目の装甲が破損しても、その下にある2枚目の装甲は無傷のままってわけ。この巨人像が姿を見せたときのこと覚えてる? かなり破損してたけど、それでも全体的にキラキラしてたでしょ。つまりあの時点では燎玉製の装甲がかなり残っていたの。私たちと戦っているうちに破損がひどくなって、どんどん石の装甲に変わっていって、最後にそれも壊れて動かなくなったの」
「え? でもそれっておかしくない? 燎玉でできた身体が本体なんでしょ? だったら最初に傷を受けるのは石の身体のほうじゃないの?」
「二重構造というのは例えだから、どっちが先ってことはないの。最初から全力を出さないとマズいときだってあるでしょ? たぶんこの場合がそうだったんじゃないかな。城の惨状からみてかなり激しい戦いがあったみたいだし」
城内に遺体こそ見られないが、室内のいたるとろこに家具や調度品の破片が散乱し、壁や床には戦いの爪あとが生々しく残っている。
最終的に城そのものが土砂に埋められたわけだが、そこに至るまでに城の内外で激戦が繰り広げられたであろうことは想像に難くない。
「そっか、そうだね。城が落ちるかどうかってときに様子見なんてしてられないか」
鮮やかな光彩を放つはずの身体は傷つき、歪み、焼かれ、まともに歩くことすらかなわない。これほどの状態でもなければ、たとえエイシャといえども勝ち目はなかったはずだ。
「燎玉製かぁ……。フィアゾエルとかフラカンみたいな伝説級の武具なら知ってたけど、巨人像もあるんだねぇ」
「めったにあるものじゃないわ。少なくとも私は聞いたことがない」
「そんなに珍しいの?」
「技術以前の問題よ。普通はこれだけの量の燎玉をそろえられないもの」
その意味では、浪費家の貴族にふさわしい巨人像といえるかも知れない。そう言ってサリスが肩をすくめると、エイシャが目を輝かせて身を乗り出す。
「じゃさ、コレ、かなり高く売れるんじゃない? リアの借金の返済の足しになるよね?」
「何言ってるの、借金なんて帳消しよ! このまま街に持って帰っても100万はかたいんだから!」
「……ひゃ、100万!? こんなボロボロで!?」
高値を期待していたエイシャだが、サリスの告げた金額はケタが違っていた。
「ええ、そう。完全に修復したら、そうね、400万でも買い手がつくと思う」
「はぁ~っ!? なんでそんなにするの!? 普通は5万くらいでしょ?」
「それでも安いくらいよ。燎玉の塊ってだけでそのくらいするんだから。こんなモノ、ほかに2つと無いんだし、値段なんてあってないようなものよ」
「すごいじゃん! ホントにお宝見つけちゃったんじゃん! やったね、リヤ!」
「は、はい、ありがとうございます。……すみません、私、驚きすぎて頭が混乱していて。こんなことが、こんな夢みたいなことが本当に起きるなんて……」
「もう! 考えるのはあとでいいんだってば! 今は喜ぶのが先!」
「そうね、エイシャの言うとおり! あなたはお父さんの夢を叶えた。それが分かっていれば十分!」
「お2人のおかげです。私ひとりでは、ここまで来ることはできませんでした。本当に、ありがとうございますっ」
「違うよ、リアがお父さんを信じたからだよ。アタシたちは仕事をしただけ!」
たがいに抱き合い、はしゃぐ3人の笑い声が、薄闇の大広間にこだまする。
まだすべての問題が解決したわけではない。サリスもエイシャも、そのことを自覚しているが、なにはともあれ、幼い依頼人を悩ませていた最大の厄介事が片付いたのだ。
ほんのしばらくの間、無邪気な幸福感に浸るくらいは許されるはずだ。




