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銃砲と戦像の女傭兵  作者: 参河居士
第5話 廃墟の守護者
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その5

 サリスが危惧した通り、エイシャの体力は尽きかけていた。

 声の調子はふだんと変わらないが、もはや気力で持ちこたえている状態で、わずかでも気を緩めれば即座に<旋舞姑娘エトワール>の維持が切れてしまうだろう。

「今からコイツを抑えこむから、その間に……!」

「待って!」

 最後の攻撃をしかけようとした<旋舞姑娘エトワール>をサリスが制止する。

「カテリヤさんが魔法を使う! 後ろにつくから距離を覚えて!」

「わかった!」

 急を要するため、サリスは要点だけを告げ、エイシャも即答で応じた。

「こっちへ!」

 サリスはカテリヤの手を引いて<旋舞姑娘エトワール>の背後へ回る。これは恐ろしく危険な行為であった。人間にとって10歩の距離も、巨人像ガレムにとってはわずか数歩にすぎない。

 今、<旋舞姑娘エトワール>は巨人像ガレムの猛攻にさらされている。もし攻撃をかわすため大きく後退すれば、サリスたちは避ける間もなく踏み潰されてしまうだろう。

 戦っている巨人像ガレムに近づくなど自殺行為に等しい。しかし、サリスはエイシャの腕を信じ、カテリヤはサリスの判断を信じた。そして、エイシャはサリスの期待に応え、最小限の動きで敵の攻撃をいなし続ける。

「このあたりでいい?」

「はい、大丈夫です」

 カテリヤはその場に膝をつくと、両手を胸の前で組み、静かに祈り始めた。


「肥沃と豊穣を司る女神エフェナよ

 すべての若芽の母にして

 空と地と水の恵みをもたらす慈愛の女神よ」


 カテリヤの捧げる祈りの言葉が、かすかな旋律を伴って室内に響き渡る。

 と同時に、少女の全身がほのかに輝き始め、あたりが厳かな気配に包まれる。カテリヤの声が神へと届き、祈りを通じてつながった証である。

(……すごい! 神の存在をこんな身近に感じられるなんて! これほど強い信仰心を持つ神官は、侍祭、いえ司祭位にだってめったにいないはず!)

 修道院モナステリオの院長がカテリヤを特別扱いしていた理由がよくわかった。サリスがカテリヤの優れた資質に目を瞠る間にも、少女の祈りが続けられる。


「今まさに渇き果てんとする我が朋に

 御手に湧き満ちる命の潤いを分け与え給え」


 最後の言葉を言い終えるやいなや、<旋舞姑娘エトワール>がまばゆい光に包まれる。

「うわっ、なにこれ!? スゴイ、疲れが吹き飛んだよ!」

 <旋舞姑娘エトワール>から発せられたエイシャの声の張りが、先ほどまでとまるで違う。

 元気を取り戻したエイシャは、すぐさま防御一辺倒の戦いから攻撃に転じた。両手に持った鉄棍を縦横に振るい巨人像ガレムを猛然と打ちのめす。

「体が軽いよ、リヤ、ありがと!!」

 無邪気に喜ぶエイシャをよそに、サリスはカテリヤに驚嘆の眼差しを向けていた。

(これは<体力分与リューフェ>じゃない? まさか<疲労解消エルハルング>!? 司祭級の魔法じゃない! ほんと、なんて子なの……!)

 神官たちが使う祈祷魔法は、ただ神に祈ればよいというものではない。世界そのものを創造したとされる神々にとって、人の存在などあまりに小さい。

 神々に声を届けるために必要なのが信仰心であり、信仰心の大きい者ほど神とより深く結びつくことができる。だからこそ、神官や修道士たちは、日々修行を重ね、信仰心を磨き上げるのだ。

 今、カテリヤが使った<疲労解消エルハルング>は、本来、神官として認められた者が、さらに数年の修行を経て習得する魔法である。

「カテリヤさん、今の魔法、あと何回くらい使えそう?」

 再び弾丸の融合作業を行いながらサリスがたずねる。人の身で神に届くほどの声を放つには大きな疲労を伴うのである。

「5回、いえ、7回は!」

「わかった、無理しないでね」

 少女の健気さに緩みかけた口元を引きしめ、サリスはエイシャに呼びかける。

「エイシャ! 左脚に狙いを絞って!」

「分かった!」

 脚を破壊しておけば逃走が容易になる。ましてこの巨人像ガレムは元から破損しているのだから狙わない手はない。

(最初からこうすべきだった。まったく慣れないことするとコレだから!)

 銃の狙いをつけながら、サリスは失態続きの自分に毒づく。

「エイシャ、離れて!」

 <旋舞姑娘エトワール>が巨人像ガレムの前から飛び退いた直後、前よりも大きな轟音を立てて弾丸が撃ちだされる。発射の反動で大きくのけぞったサリスは、転倒寸前の姿勢で踏みとどまり、その目で着弾を見届けた。

 <陸鳳バリザーム>から放たれた弾丸は巨人像ガレムの左太ももあたりに命中した。巨人像ガレムがサリスに対して左側面をさらしていたため狙うのはたやすかった。

 もちろんこれは偶然ではなく、そうなるようにエイシャが立ち回ったおかげだ。

 投石機にも匹敵する一撃を受け、巨人像ガレムは姿勢を崩した。着弾の衝撃でわずかに浮き上がった左脚は、数瞬の間空中をさまよったあと、再び床を踏みしめる。

 その寸前、<旋舞姑娘エトワール>の振るった鉄棍が床の上を水平に駆け抜け、接地しかけていた左脚を払いのけた。

「うまい!」

 これ以上ないほど絶妙の一撃にサリスが歓声をあげる。すでに態勢を崩していた巨人像ガレムは、そのまま全体重を左脚に預ける形で床に倒れた。

 小山のような巨体が奏でる重々しい地響きとは別に、どこかで硬いものが折り砕ける音がした。

「さすが、エイシャ! よし、今度は左肩あたりを狙って!」

「はいはい、任せて!」

「カテリヤさん、ちょっと危険だけど、できるだけその場から動かないでもらえる!? エイシャが戻ってくるたびに、さっきの魔法をかけて欲しいの!」

「はい! 大丈夫です! 任せてください!」

 サリスがカテリヤとエイシャに指示を出し、2人がそれを忠実に実行する。

 サリス自身も、エイシャたちのようすを確認しながら、巨人像ガレムめがけて6発分の融合弾を撃ち続けた。これほど<陸鳳バリザーム>を酷使したのは初めてであった。

 巨人像ガレムのほうはというと、転倒後すぐに立ち上がったものの、その動きは目に見えて鈍くなった。左脚が完全に機能を停止したものと思われる。

 足の踏ん張りが効かないため両手を振り回すことしかできず、それはもはやエイシャにとってわずかな脅威にもならない。エイシャは、ゆるゆると繰り出される巨腕を無視し、ただひたすら巨人像ガレムに鉄棍を叩きつけ続けた。

 いつの間にか鉄棍の先端部分が球状に膨らみ、打撃力を増している。防御を捨て全体重を乗せた攻撃は、一打するたびに衝撃で広間の空気が震えるようであった。

 鉄棍と砲撃の猛攻は間断なく続いた。途中、危険な場面は何度もあった。

 <旋舞姑娘エトワール>が巨人像ガレムの攻撃をかわし損ね左肩を砕かれたとき、すかさずサリスが巨人像ガレムの注意を引きつけなければ、そのまま頭を潰されていたかもしれない。

 巨人像ガレムの跳ね飛ばした砕片が、サリスの右耳をかすめて通り過ぎたときには、全員が肝を冷やした。

 体力の尽きかけたエイシャが、巨人像ガレムの前から下がりカテリヤに魔法をかけてもらう瞬間は、3人の息を合わせる必要があった。わずかな意思の乱れが戦線を崩壊させるだけに、極度の緊張が伴う。

 それが6回目を超えた頃、ついに巨人像ガレムは完全に動かなくなった。

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