その3
大広間に戻った3人は比較的損害の少ない一画で遺物を調べることにした。
といっても専門の知識を持つのはサリスだけなので、エイシャとカテリヤにできることといえば、せいぜい床に散らばっている家具や調度品の中から傷みの少ない物を探すくらいであった。
サリスがそれらをひとつひとつ丹念に調べるかたわら、2人は、散乱する瓦礫を部屋の隅に集めたり、土の中から泥まみれの壺を掘り出したりと、忙しそうに動きまわった。
最初に異変に気づいたのは、3人の中でもっとも耳聡いサリスだった。銀食器についた泥を除く手を止め、そばにいるエイシャにたずねた。
「ねぇ、今、なにか音がしなかった?」
「そう? べつになにも」
「私もとくには……」
エイシャは調度品の残骸を無造作に放りながら答え、カテリヤも首を横にふる。
それでも気になったサリスは、目をつぶり耳をそばだててみる。すると研ぎ澄まされた聴覚を刺激するものがあった。微かにだが、重い物を打ちつけるような音が部屋の外から聞こえてくる。
「! もしかして……。2人ともその場でじっとして、声も出さないで!」
ある危険に思い至ったサリスは足音を忍ばせて大広間の入口へ急いだ。そして、壁にはりつくようにして少しずつ顔を出しながら廊下をのぞきこむ。
(やっぱり!)
足早にエイシャたちのもとへ戻ったサリスは、2人が何かいうより先に人差し指を口の前に立て、無言のまま少女たちの手を引いて部屋の奥へ急いだ。
2人を部屋の隅の物陰に連れこむと、少女たちの顔を抱えこむようにして耳打ちする。
「部屋の外に巨人像がいた。たぶんこの城の警備用で、土砂に埋もれていたのが、私たちの声に反応して出てきたんだと思う」
カテリヤは、サリスの声がわずかに震えていることに気づいた。
「音を立てると気づかれるから静かにしていてね。うまくやり過ごせればいいんだけど……」
サリスが言葉を濁したのは、逆の結果を予想しているからだ。
巨人像は疲れを知らない自動人形である。いったん動き始めたら、目的を達成するまで歩みを止めない。侵入者の存在を感知したからには、完全に排除するまで探し続けるだろう。
こんな物陰ではすぐに見つかってしまう。そうなれば、サリスやエイシャはまだしも、カテリヤが無事では済まない。
「その巨人像どのくらいの大きさなの? <旋舞姑娘>より大きかったら広間に入って来られないんじゃない? 入り口通れないでしょ」
「ここが先史文明の城でなければね」
自動人形が普及していた先史文明時代では、屋敷や城塞内に巨人像や巨獣像を置くことはさして珍しいことではなく、そのような建物では、大型の自動人形が自由に動き回れるよう、建物の壁や廊下などに魔法的な仕掛けを施すのが常であった。
(ま、でも、さすがに地下までは無理よね? っていうか、そうじゃなきゃ困るっ)
これは推測というより願望だ。遺跡から出るには地下室へ戻らねばならず、そのためには通路にいる巨人像をどうにかしなければならない。
すでに巨人像が通路にいる以上、脱出の機会は一度きりである。巨人像が地下室まで降りられるかどうかを試している余裕はない。
(せめてカテリヤさんだけでも地下へ連れていかないと……。別の場所に巨人像の注意を引きつけて、その間に移動するしかないか?)
もっとも確実な方法は、サリスかエイシャのどちらかが囮になり、巨人像を誘導することだ。
しかし、その場合、囮役が巨人像から逃げ伸びることは不可能だ。サリスが悲壮な決断を下そうとした寸前、あっけらかんとした声が耳を打った。
「ねぇ、姉さん。そいつ、倒せないかな?」
驚いて顔をあげたサリスは、苦渋に満ちた二者択一をいったん頭の脇に追いやり、大胆すぎる発言をしたエイシャをまじまじと見返す。
「巨人像と戦うには、それなりの準備が必要よ。人手も装備も足りないわ」
遺跡内で巨人像と遭遇する可能性は十分予測できた。にも関わらず、その費用と手間を惜しみ、準備を怠ったのは言うまでもなくサリスの責任である。
「巨人像って高く売れるんでしょ? 人を雇うのなら元手が必要だし、もし余ったらリヤの借金返済の足しにもなるじゃん」
巨人像や巨獣像は、数ある錬素具のなかでも最も高価な部類に入る。
国王や大貴族など買い手は大勢いるのに、市場に出回る数が少ないため、完全な売り手市場になっているからだ。捕獲すれば大金を得られるのは間違いない。
しかし、たいていの遺跡探索人は、巨人像や巨獣像を発見しても手を出さない。
大型の自動人形の捕獲には大変な危険が伴う上に、捕獲したあとの処置にも手間がかかり、行き掛けの駄賃で狙う獲物としては割にあわないのだ。
巨人像や巨獣像の捕獲を専門にする遺跡探索人もいるが、あくまで少数派である。
巨人像を売り払いカテリヤの借金返済にあてたい。そう語るエイシャの言葉に嘘はないだろう。しかし理由はそれだけではない。単純に、エイシャ自身が巨人像と戦ってみたいのだ。
エイシャには、戦いのなかで充足感を得るという特殊な一面があった。勝ち負けは関係ない。強い相手と戦い、生死の緊張感のなかに身を置くことが重要なのだ。
極端な話、充実した相手と戦えるのなら、そこで命が尽きても構わないと思っている。
そのようなエイシャの性質を知っているがゆえに、「巨人像と戦う」という提案にサリスはためらいを感じた。だが、それも長い時間のことではなかった。
「いいわ、やってみましょう。やり過ごすのも無理そうだし、あの巨人像もだいぶガタがきてるみたいだから、そこに賭けてみる」
サリスとエイシャは、さらに2、3言葉を交わすと、カテリヤを物陰に残し行動を開始した。
音を立てず広間の入口付近まで戻ったサリスは、巨人像の動きを確認すると、すぐに広間の奥へ下がり土砂の山を登り始めた。
およそ建物3階分ほどの高さまで登ると、そこで銃を構え入口に狙いをつけた。巨人像が姿を見せたら、即座に狙撃する構えだ。
やがて壁越しに重々しい音が聞こえて来た。足音が大広間の前まで来たかと思うと、入り口が来訪者を迎え入れるように巨大化した。建物を傷つけないための魔法的な仕掛けである。
数倍に広がったアーチの下をくぐり、巨人像が悠然と大広間に入ってくる。
その大きさは<旋舞姑娘>の2倍はあろうか。体表になんらかのメッキ加工が施されているとみえ、外装の一部に天井や壁の灯りが反射し赤い光を放っている。
大広間に足を踏み入れた巨人像が、ゆっくりと頭をめぐらし室内を眺め回そうとしたその時、軽い破裂音が鳴り、巨人像の頭部で魔法の銃弾が弾けた。
「こっちよ!」
銃を構えたまま、サリスが巨人像に呼びかける。サリスを視界にとらえた巨人像は、続けて発射された銃弾にひるむことなく、まっすぐにサリスを目指し突進する。
普通なら生身で巨人像に挑むなど正気の沙汰ではない。
大木のような巨腕は石造りの城壁すら容易に砕き、魔力で強化された体は剣や矢を跳ね返す。鈍重そうな巨体ながら馬よりも速く走り、疲れ知らずな巨人像から逃げきれる者はいない。
サリスと巨人像の戦いを物陰から見守っているカテリヤは、今にも巨人像がサリスを捕まえて、その巨大な手で握りつぶしてしまうのではないかと生きた心地がしない。
サリス自身、本音を言えばすぐにも逃げ出したいところだが、まだわずかに余裕があった。
「どうやら最初の賭けには勝ったみたいね」
サリスの見立て通り巨人像の損傷は大きかった。歩行する姿はどこか歪で、とくに左脚はまともに動いていない。
サリスをとらえようと土砂に足をかけるが、不安定な足場に態勢を崩し、上手く登ることができないでいた。
眼下でもがく巨人像めがけて3発目の銃弾を放ちながら、サリスは安堵の息を漏らす。巨人像の脚部に異常があることまでは見抜いていたが、歩行機能への影響は不明だった。
もし、サリスの予想が外れ、巨人像が簡単に土砂を登ってくれば、カテリヤが恐れたように、その巨大な手で握りつぶされていたかもしれない。
しかし、巨人像の注意を引くためには、これ以外の方法が思いつかなかった。危険な賭けだったが、それだけの成果はあった。
「姉さん、お待たせ!」
<旋舞姑娘>の生成を終えたエイシャが横合いから巨人像に挑みかかった。




