表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃砲と戦像の女傭兵  作者: 参河居士
第4話 追跡者と罠
23/48

その5

 想像以上の悪路に苦労させられたが、ほぼ予定通りの時刻に岩山へたどりついた。丘のふもとまで来ると、石で舗装された山道が頂上の遺跡まで続いていることがわかった。

 敷き詰められた石の形や風化の具合からして、この舗道も遺跡と同じ先史文明時代のものであろう。エイシャと位置を入れ替え一行の先頭に立ったサリスは、周囲を警戒しながら山道を登り始めた。

「ちょっとここで待ってて」

 頂上まであと少しというところで、サリスは、後ろの2人をその場に残しひとり先行した。

 慎重に辺りをうかがうが、丘の上に来ても人の気配はない。目に映るのは、サリスの身長の5倍はある城壁と、その中央にぽっかりと開いた城門だけだ。

 吹きつける風の音以外には何も聞こえず、地面に目を凝らしても人がいた痕跡はない。謎の追跡者たちは、遺跡に先回りしたわけではないようだ。

「……ま、いいか。邪魔する気がないなら好きにさせてもらうだけ」

 正体不明の相手の行動など考えたところで分かるわけがない。サリスはエイシャとカテリヤに手招きすると、さっさと遺跡の探索を始めることにした。 

 手始めにサリスは城壁に目を向けた。一般的な石造りの壁で、使用されている石の切り出し方や積み方から、先史文明でもかなり旧い時代のものだとわかる。

 長い間、風雨にさらされたせいで、壁のあちこちが崩れており、石の隙間からも雑草が伸び放題である。断定は難しいが、500年以上前に建てられたとするケドラスの推測は的外れとはいえない。

 次いで、サリスは手のひらを壁に押し当てると、両目を閉ざし意識を集中する。

 エイシャとカテリヤが見つめるなか、しばらく同じ姿勢を保ち続けていたサリスは、諦めたような口調で手を離した。

「う~ん……、ダメね。やっぱりこの遺跡は枯れてる」

「そっかぁ。まぁ、この傷み具合だしね」

 通常、この手の城塞には、防備を固めるための魔法がかけられている。

 城壁や城門を頑丈にする魔法、不審人物の接近を探知する魔法、敵がかけた魔法を妨害あるいは反射する魔法、風雨による劣化から保護する魔法など、さまざまだ。

 サリスの調べでは、魔法的な処理の形跡は残っていたものの、肝心の魔力がまったく感じられない。エイシャが言うように、魔法が有効に機能していれば、ここまで破損しているはずがないのだ。

(この有りさまだと、ますます望み薄って感じね)

 魔力の切れた先史文明の遺跡は、遺跡探索人テサル・ウェーナートたちにとって格好の獲物である。すでに調べつくされていると考えていい。

 もとより財宝など期待してはいなかったが、現実の厳しさを突きつけられれば気が滅入りもする。

 扉の無い城門をくぐり抜けると開けた場所に出た。広場の広さは縦横15ニモほどで、城や宮殿の庭園としてはさほど広いとはいえない。

 まばらに生えた灌木や草のほかにはなにもなく、城壁と同様に自然の浸食によって荒廃しきっていた。ケドラスが遺した見取り図には「中庭」と記されているが、とてもそうは見えない。

「……な~んか、思ってたのと違う」

「そうね。お城の中庭なら花壇や噴水の名残くらいあるものだけど。見当たらないわね」

 ケドラスの予想では、この遺跡は大貴族の持ち城であったはずだ。だが、資料から受ける印象と、実際の風景には大きな差があった。

 違和感を抱いたサリスは、ケドラスが注目していた礼拝堂を調べる前に、周辺の安全確認の意味も兼ねて他の場所を見て回ることにした。

 ケドラスの見取り図では、遺跡の西側についてはほとんど触れられていない。

 それもそのはずで、まばらに残った石壁の一部や柱の跡が、かつてそこに存在した建築物の名残を示すのみで、めぼしいものは何も残っていなかった。

「……?」

 地面に屈みこんで辺りを調べていたサリスは、微かに心に引っかかるものを感じた。とくに具体的な理由があるわけではない。

 目につくものといえば細く伸びた雑木があるくらいで、風が枝を揺らすたび地上に描かれた影も踊っている。

「姉さん、どうかした?」

「え? ああ、うん、なんでもない。今度はあっちを調べてみましょ」

 続いて一行は、中庭を挟んで真向かいにある「本館」跡へ向かった。

 見取り図に記されている通り、その大部分は背後の山から崩れた土砂で埋まっている。だが、土に覆われていたおかげで建物の壁や梁、窓枠などの多くが風化を免れていた。

 エイシャとカテリヤが先史文明時代の建物を珍しげに眺めている横で、サリスは本館跡地を調べて周り、簡単な測量を行った。

 その結果、建物の大きさは、およそ幅15ニモ、奥行き5ニモであり、使用された資材や技法、壁面の意匠などから考えて、建築時期は城壁と同じだとわかった。

 そして、そのことがサリスの疑念をますます深めることとなった。

「……小さすぎる。これじゃせいぜい地方領主の館がいいトコ。お城や宮殿と呼べるようなモノじゃない」

 ケドラスがこの城の持ち主として挙げたバンバスなる人物は、貴族のなかでも金満家として知られていた。この遺跡は、そのような人物の暮らす場所として似つかわしくない。

 建物の規模や作りは簡素だし、庭園の広さもこの2倍はないとおかしい。

 史料の内容を検証すればするほど、サリスたちのいる遺跡との相違点が浮き彫りになっていく。そうなると自ずと別の真実が見えてくる。

(ハズレかな、これは)

 お宝の情報をつかみ勇んで遺跡に乗りこんだが、なにも発見できずに終わる。そんなことは遺跡探索では珍しい話ではない。

 どれほど入念に下調べしたつもりでも、欲に目がくらめば史料を読み違えたり、楽観的な仮説を鵜呑みにしたりするものだ。

 まして、先史文明時代の史料の解読は専門家の間でさえしばしば意見が食い違うほどだ。ほとんど素人のケドラスが、どれだけ正確に史料を読み解けたのか、サリスは最初から疑問視していた。

(予定通りさっさと終わらせるか。時間をかけてもしょうがないし)

 サリスの視線が、ケドラスの見取り図にある「礼拝堂」の文字に注がれる。

 礼拝堂と目されている一画も、ほかの場所と変わらぬくらいに傷みが激しく、ところどころで風化が進行していた。天井は半ば以上が崩れ落ち、大きく開いた穴から、透き通るような青空が顔をのぞかせている。

 床に敷き詰められていたはずの石板もほとんどが割れ砕け、降り注ぐ太陽の光を浴びて育った雑草がそこかしこに生い茂っている。

 建物に入ってまず目にするのは、入り口の真正面に置かれた空の台座である。

 形状は横長の直方体で、高さはエイシャの背丈ほどもあり、四方の面には格子状の彫刻が施されている。当時はその上に何らかの神像が安置されていたのであろう。

「あ、サリスさん、こちらにいらしたんですね」

「ココが礼拝堂? うわぁ~、こっちもボロボロだね」

 サリスが床に残った石板を調べていると、背後でサリスとエイシャの声がした。

「姉さん、なんか見つかった?」

「ご覧のとおりよ」

「そっか……、うーん、どこに隠してるんだろうなぁ」

 遺跡に到着したとき、エイシャとカテリヤの顔には無邪気なまでの期待と希望が浮かんでいたが、2人ともそろそろ雲行きが怪しいことに気づき始めていた。

 サリスもそれを察しているのだが、少女たちの落胆する様を思い浮かべるとなかなか事実を切り出せない。

(だからって、いつまでも隠してられないし。……よし、あそこを調べ終わったらってことで)

 無理やり自分を納得させると、サリスは空の台座に目を向けた。さきほど堂内を軽く見て回った際、台座の周りに比較的新しい足跡が残っていることに気づいたのだ。

 台座の周囲をぐるりと一周してみたが、とくに変わったところはない。

 とりあえず、もっとも足あとが集中している台座の正面から手をつけることにし、妙な仕掛けがないか注意しながら、飾りの継ぎ目や文様の刻み目などを調べ始めた。

(あら、これは……)

 台座の側面には格子状の模様が刻まれていたが、サリスは、そのうちの一本の横線に注目した。彫刻に紛れて分かりにくいが、その横線だけはやけに深く彫りこまれていて、溝の底が見えない。

 横溝に沿って左へ視線を移動させると、途中で直角に角度を変え、縦方向に走る溝はそのまま床の位置まで続いていた。反対側の右端も同様である。

(もしかして、当たり?)

 台座の表面に耳を当て片手で軽く叩いてみると、溝の外側と内側で明らかに音に違いがある。

 台座から顔を離したサリスは、続いて左右の縦溝の周辺を調べ、何かがこすれたような痕跡を見つけた。指先で触れると、その部分だけ押戸のように内側へ引っこむ。

(コレが……なるほどね)

 確信を得たサリスは、振り向いてエイシャとカテリヤに声をかける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ