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銃砲と戦像の女傭兵  作者: 参河居士
第4話 追跡者と罠
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その4

 早々と朝食を済ませた3人は、疲れを感じさせぬ足取りで宿を発つ。この日も、サリスたちが村を出てしばらくすると、背後にフードを目深にかぶった2人組の姿があった。

 どことなく昨日の2人とは体つきが違うように見えたので、あるいはフードの下は別人かもしれない。だが、一定の距離を保ってついて来るところは変わらず、仲間であることは確かなようだ。

(これで4人。いいわね、資金も人手も豊富で)

 内心で毒づいたものの相手の手勢がこちらを上回るのであれば、ますます油断はできない。1日目以上に警戒を強めたが、それは手練の傭兵セルヴィであるサリスやエイシャにとっても楽なことではなかった。

 不審な背後の2人組と、どこから来るとも知れぬ敵の双方に気を配りながらの旅は、肉体よりも精神的な疲労が大きい。

 朝から歩きづめの一行は、陽射しが強くなるのを感じ始めた頃、数本の灌木が並んでいる場所を見つけ、そこで休息を取ることにした。さりげなく背後を見やれば、追跡者たちも道端に座りこんでいる。

 ふてぶてしいほどの律儀さが小憎らしいが、照りつける太陽の下では休憩の効果も半減であろう。そう考えると、わずかながら胸のすく思いであった。

 陰気な追跡者への溜飲を下げたところで、サリスの隣で風に揺れる枝を見上げていたカテリヤが声をかけてきた。

「そういえば、サリスさんは、ハデルの学院で源理魔法を学ばれたそうですが、精霊魔法はご両親から手ほどきを受けられたのですか?」

 それは、サリスの経歴を聞いてから、ずっとたずねたいと思っていたことだった。

 古い伝承によれば、妖精と精霊はもともと同じ種族であるとされ、現在でも密接なつながりをもっている。その関係は日常生活にまで及び、幼い頃から精霊と慣れ親しんでいる妖精族は、生まれながらにして優秀な精霊魔法の使い手といえた。

 エルフについて詳しくないカテリヤでも、そのくらいのことは知っている。話でしか聞いたことのない精霊がどういうものなのか、エルフであるサリスに聞いてみたかったのだ。

「ん? 私、精霊魔法は使えないけど?」

「え!?」

「あら、言ってなかった? 私ね、生まれつき精霊となじまない体質なの。気配くらいは、なんとなく感じるんだけど、姿は見えないし、声も聞こえないのよね」

「あ、その、申し訳ありませんっ」

 お手上げといった様子でサリスが両手開いて見せると、カテリヤは慌てて謝罪した。興味本位の言葉がサリスを傷つけてしまったと思ったのだ。

「ああ、気にしないで。そんなに深刻な話じゃないから。エルフが千人いれば、私みたいなのはひとり2人いるものなの。べつにそれで爪弾きにされるわけでもないし」

「……」

「まぁでも、森を出るきっかけにはなったけど」

「きっかけ、ですか?」

「……外の世界を知りたかったのよ。どうせ周りと違うのなら、とことん違う道を進むのもいいかなって」

 そう口にしたときのサリスは、どこか遠くを見ているようであった。

「実際に人間族の街に来てみたら想像してたのと全然違うし、苦労することも多かったけど。でも、やっぱり来て良かったと思うわ」

「おかげでアタシにも会えたし。でしょ?」

 カテリヤを挟んで反対側にいたエイシャが満面の笑みを浮かべる。

「そうね。そういうことにしておきましょ」

 サリスたちの他愛のない会話を耳にしながら、カテリヤは自分自身について考えていた。

 父の訃報を聞いてハデルを訪れるまで、カテリヤの生きる世界は修道院モナステリオの敷地内に限られていた。

 カテリヤにはそれが当たり前のことであり、エフェナ信者としての修練に疑問を抱いたこともなければ、自給自足の質素な生活に不自由を感じたこともない。修道院モナステリオの外へ出たいと考えたこともなかった。

(けれど、それは、私が恵まれていただけなのかも……)

 カテリヤが幼くして神官の資格を得たのは、むろん彼女自身の努力によるところだが、信仰に目覚めたのはエフェナの教義が彼女の気性に合っていたからである。

 もし育った修道院モナステリオが別の宗派であったらどうなっていたであろうか。それどころか、修道院モナステリオ以外の場所で育ったとしたら……。

(私も、どこか別の場所へ行きたいと願ったのだろうか……?)

 考えてみても答えは出ない。未知の人生を想像するに必要なだけの知識や経験が無いのだから当然だ。

 そんな未熟なカテリヤが、自分よりはるかに長い時間を生きているサリスの心境を推し量ることなどできようはずもなかった。


 はるか行く手に柱廊荒野が見えてきたときには、頭上に輝いていた太陽が西に傾き始めていた。

 柱廊荒野とは、細長く隆起した奇岩が、まるで森の木々のように立ち並ぶ一帯のことである。

 柱の高さは、子供の腰までの小さな物から、競技場の天井に届くほど巨大な物まであり、それほどの大きさともなると根元の太さは数件の家がすっぽり収まるほどの厚みがある。

 なぜこのような地形が生まれたかは謎であり、古代に使用された魔法兵器の痕跡とも、大災厄の余波で大地の魔力が暴走した跡とも言われている。

 同じような風景は南部半島全域に散見され、場所によって柱状壁群や石塔林などとも呼ばれる。

 サリスたちが目指す遺跡は、柱廊荒野を通り抜けた先にある。

 その日は荒野の手前にある村に宿泊し、遺跡へ向かうのは翌日のこととした。宿屋の主人が言うには、遺跡まではそれほど離れておらず、朝に村を出発すれば昼頃には到着するようだ。

「遺跡たって、あそこは崩れかけの壁があるくらいだぞ? 何しに行くか知らんがご苦労なことだね」

 カウンター越しに応対した主人は、森の妖精族のエルフに、長い鉄棍を担いだ長身の美女、そして若すぎる神官の組み合わせにわずかながら興味を抱いたが、とくに怪しむところもないため深く追求はしなかった。

 主人にとって大事なことは、彼女たちが部屋の作りや夕食の献立に文句をつけないことだ。その点、この3人はこれ以上ない優良な宿泊客で、おかげで翌朝は、出発する彼女たちを気持ちよく送り出すことができた。

 宿を出たサリスたちは、宿屋の主人に教えられた通りに脇道へ入った。村の周囲に植樹された林を進み、やがて日差しを強く感じた瞬間、目の前に柱廊荒野が広がっていた。

 白雲の泳ぐ青空を背景に、天に向かってそそり立つ岩の尖塔が、視界の端から端まで無限のように連なる光景は、なかなかに壮観であった。

「カテリヤさん、行きましょ」

「あ、はいっ」

 巨大な岩の柱を見上げていたカテリヤは、サリスに声をかけられるまで奇景に見入っていた。

 視線を地上へ戻すと、垂直の岩壁に囲まれた大地にかろうじて一本の道ができていた。道といっても舗装されたものではなく、人の往来によって踏み固められているに過ぎない。

 不規則に並ぶ柱の間を這うようにつけられた通路は、複雑な地形を上下左右に曲がりくねり、一歩進むごとにいちじるしく体力を消耗させる。

 サリスやエイシャはともかく、幼いカテリヤにとっては、これまでで一番の難所となった。

 カテリヤが肩で息をし始めているのに気づいたサリスは、風当たりのよさそうな日陰を見つけ、その日、最初の休憩をとることにした。

「ねぇ、アイツらどうしたのかな?」

 カテリヤから離れた位置でエイシャがサリスに耳打ちする。アイツらとは、もちろんローブ姿の追跡者のことだ。

「今朝は見かけないわね。村を出てからずっと。気配すらない」

「諦めた、ってことはないよね?」

「ないでしょ。ついて来ないってことは、先回りしてるのかもね」

 もし追跡者たちがカテリヤの事情や目的まで把握しているのだとすれば、遺跡に先行し隠れ潜んでいてもおかしくない。

「このへんも身を隠すには困らないしね」

 サリスは、無秩序に林立し視界を遮る岩の柱を眺め回す。

「う~、ヤラしい連中だなぁっ! さっさと襲ってくれば、すぐに蹴散らしてやるのにっ」

「ちゃんと先手は譲ってあげるのよ?」

 休憩を終えて移動を再開すると、やがてサリスたちの前方に目的の岩山が見え始めた。

 距離のあるうちは、柱と柱の隙間からときおり山の一部が垣間見られる程度であったが、近づくにつれその全体像が確認できるようになった。

 岩山は、高さおよそ7デンテイほどで、頂上から3分の2あたりはかすかに緑がかっている。

 岩山の西側の一角、高さでいえば、ちょうど土の色が目立ち始めるあたりで、テラス状に突き出た箇所があり、その小さな台地にサリスたちの目指す遺跡はあった。

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