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銃砲と戦像の女傭兵  作者: 参河居士
第4話 追跡者と罠
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その3

 夕食を終え部屋に戻ったところで、サリスはエイシャとカテリヤに明日の予定を伝えた。といっても道なりに次の村まで進むだけなので、出発の時間や途中の休憩場所について確認する程度である。

 必要な事柄を伝え終えると、続いて荷物の中からケドラスの遺品である、遺跡に関する書物を取り出し机の上に並べた。

「おおまかに目を通して分かったことがあるの。今のうちに説明しておくわね」

 机に置かれた3冊のうち、サリスが最初に手にしたのは、表紙に『アドゥラ公遊覧記』と記された書物であった。

「これは、今から500年以上前に実在した、とある公爵様の日記をまとめたものよ。もちろん写本だけどね」

 ページをパラパラとめくりながら、サリスは書物の内容について2人に説明する。原書は公爵本人が編纂したもので、旅好きで知られた彼が旅行の合間に綴った日記をまとめたものである。

 公爵の経歴は定かではないが、文体は冗長で稚拙、記述されている月日や季節も曖昧で、人名や地名ですら不正確なところが散見される。写本の作成にあたり注釈が入れられているが、それでも拾いきれないほどだ。

 当時の記録としては信ぴょう性に欠けるため、もっぱら先史文明時代の貴族の生活や習慣を知るための史料として用いられている。

 前置きを終えると、サリスは栞の挟まれたページを開き読み上げていく。日記の筆者である公爵が、知人の招待で訪れた辺境の城でのできごとについて書かれている。

 だが、エイシャもカテリヤも、いまいちその内容が把握できない。それは2人の理解力に問題があるのではなく本のほうに問題があった。文脈に一貫性がなく、話題が唐突に変わるため読み進めるほどに混乱するのだ。

 例えば、公爵が城に到着した直後のくだりでも、公爵以外の招待客の名前が長々と羅列されていたかと思うと、急に場面が飛んで夕食に提供された料理の名前が順不同に並び、かと思えば食事の合間に催された出し物の感想が記されたりといった調子で、まるで脈絡がない。

 一度目を通しているサリスでさえ、時系列の前後する文章に何度も首をひねるほどなので、初めて聞くエイシャとカテリヤには半分も理解できなかった。

「……『こうして夕食が終わると、そこから先は男の時間である。ストロニア夫人が語るところでは、夫人たちは奥方の部屋に場所を移したというが、話題は他愛もないもののようであった。やがて夜が白み始め、この日の宴は幕を下ろし、みなは与えられた部屋に移り一眠りしたのであった。我々は、新たに用意された夜食と酒を楽しみながら一晩中語り明かしたわけだが、このときもっとも興味深い話題を提供してくれたのが、かのジエゴ卿であったことは言うまでもない。卿の話題は尽きることがなく、類まれな話術はみなの心をつかんで離さない。以前、王の御前にて、あの小賢しい似非学者どもの舌を封じた弁論はまことに見事であり、痛快であった。客間を出る前にバンバス卿のもてなしに礼を述べたのだが、窓から差し込む朝日がまぶしかった。たいそう酒好きで知られたモウス卿は寝室に行く途中で道に迷い、朝方、中庭で寝ているところを庭師に発見されたそうだ。中庭の壮麗さはといえば、まさしく白鹿城の異名にふさわしく』……って感じなんだけど、わかった?」

「え~っと……、ゴメン、よくわかんない」

 エイシャが両手を挙げて答えると、カテリヤも遠慮がちにうなづく。

「いいの、私もわからないから。重要なのは、この公爵が宿泊した城の主の名前が『バンバス・イーデス』だってこと。エイシャ、イーデスって名前に聞き覚えがない?」

「え? うーん……、あ、そういえば『宝石の宮殿』の主人公が同じ名前じゃなかった?」

 『宝石の宮殿』とは、ハデルで知られた説話のひとつで、イーデスという名の若い遺跡探索人テサル・ウェーナートが、とある谷間の奥深くで巨大な宮殿を発見し、いくつもの危険を乗り越え金銀財宝を手に入れて大金持ちになる、という筋書きだ。

 ありふれた冒険譚だが、遺跡探索人テサル・ウェーナートの多いハデルでは幅広い層に人気があり、幼児向けのお伽話から大劇場の演目にいたるまで、イーデスを題材にした創作物が数多く作られている。

 幼いうちにイーデスに憧れを抱き、長じて遺跡探索人テサル・ウェーナートを目指す者は後を絶たず、そうした者は彼の成功を事実と信じて疑わない。

「正解。あの話は、このバンバス・イーデスを題材にしたと言われているの」

「じゃあ、アレってやっぱりホントの話だったの!?」

 ハデルで育ったエイシャも例外ではなく、やや興奮したようすで身を乗り出すが、サリスは笑って片手を振る。

「そういう説があるってだけ。根拠はないの。ただ、実在した公爵サマは、ずいぶん金遣いが派手だったみたいで、そのへんが同一人物説の根拠みたいね」

「な~んだ。……ん、リヤ、どしたの?」

 拍子抜けしベッドに座り直したエイシャは、目の前に座っているカテリヤが物といたげな表情を浮かべていることに気づいた。

「あの、『宝石の宮殿』というのは、どういうお話なのですか?」

「えー、知らないの!? あんな有名なのに!?」

 厳格な修道院モナステリオで育ったのだから当然といえば当然の話である。

 とはいえ、宝探しという言葉には童心を刺激するものがあるようで、エイシャが『宝石の宮殿』のあらすじを語り始めると、カテリヤもすっかり夢中になり目を輝かせて聞き入っていた。

 エイシャによる短い講談が終わったところで、サリスは2冊目の書物をとりあげた。真っ黒な表紙には、重々しい書体で『南岳巡礼行記』と記されている。

「先史文明時代に大陸南部、つまりこのあたり一帯を巡礼した司祭の手記をまとめたものよ。書かれたのは、さっきの日記からだいたい150年ほどあとね」

 著者は巡礼者の鑑ともいうべき謹厳な人物だったようで、手記に記された内容も信仰や巡礼に関することばかりで、先の公爵の日記に比べると無味乾燥な印象を受ける。

 しかし、文章は理路整然としていて、その日に訪れた場所や出会った人々、歩いた距離などが正確に記されている。一次史料としては一級品といえるだろう。

「こっちは、内容そのものより、当時の地理を知ることが目的だったみたい。その証拠に、ケドラスさんは、この本の記述をもとに当時の地図を書き起こしているの」

 サリスは、机の上から3冊目となるケドラスの手帳を手に取り、ページの間に挟まれていた羊皮紙を広げて2人に見せた。

 そこにはハデルの北東部一帯、ちょうどサリスたちのいるあたりの地形が描かれ、現在では使われていない山や川の名前、存在しない街や村、荘園などがびっしりと書きこまれていた。

「どこまで正確なのかは分からないけど、こんなに詳しい地図は見たことないわ。たぶんほかにもいろいろな記録を参考にしたと思う。これだけでも大変な作業だったはずよ」

 サリスの説明を耳にしながら、カテリヤは地図の隅から隅まで視線を走らせる。紙に描かれた線の一本一本を愛おしそうになぞる瞳には、亡き父への尊敬の想いがこもっていた。

「私たちが目指す遺跡はここよ」

 サリスの指先が地図の一点を指し示す。 

「レン……サイド城? それが遺跡の名前?」

「少なくともケドラスさんはそう確信していたみたい。巡礼記が書かれた時代にはすでに廃墟になっていて、現地の老人から聞いた話として、最後の城主の名前と、その廃墟が地元の住民の間で『白い城』と呼ばれていることが載っているくらいだけど。で、ケドラスさんの調べによると、その城主はイーデス家の娘を妻にしていたそうよ」

 そこでいったんサリスは言葉を切る。エイシャとカテリヤが、彼女の言わんとしていることに気づくまでにさほど時間はかからなかった。

「……ってことは、もしかして……?」

「そ。この地図に記されたレンサイド城こそ、浪費家の大貴族、バンバス・イーデスの城にほかならない。そう、ケドラスさんは結論づけているわ」

サリスは手帳の一番新しいページを開き、エイシャとカテリヤに示した。そこにはレンサイド城と目されている遺跡の見取り図が記されていた。

「手帳の記述によると、ケドラスさんは、数年前にもこの遺跡を訪れたことがあるみたいね。この見取り図はそのときの記憶をもとに書き起こしたものらしいわ」

 ケドラスの描いた見取り図によれば、遺跡は、東西に長い長方形の城壁に囲まれ、城内の西側に、倉庫か厩舎らしき建物があり、中庭を挟んで東側に本館があったようだ。

 ただ、本館の大部分は崩れ去っているようで、「土砂」と記された斜線で塗りつぶされている。損壊を免れているのは、建物南端部のごく一部だけで、そこには「礼拝堂?」という注釈が記されている。

 その礼拝堂らしき部分に念入りに印がつけられていることから察するに、ケドラスはその建物を重点的に調査するつもりだったのだろう。

「わざわざ一度調査したところに行くってことは、それだけ自信があったんでしょうね」

 サリスが言葉を切ると誰も何も言わない。沈黙が部屋を支配したが、さほど長い時間ではなかった。

「すごい! 大発見じゃん!」

 勢い良く立ち上がったエイシャが目を輝かせながらカテリヤに抱きつく。

「リヤのお父さん、ホントにお宝を見つけていたんだよ! それも、今まで誰も見つけられなかったイーデスのお城だよ! 宝石の宮殿っていうくらいだから、きっとスッゴイお宝があるはずだよ! 借金なんてすぐ返せるよ!!」

「は、はい、ありがとうございます! そうですね、うれしいです。本当に、父が……」

 エイシャに比べてカテリヤの反応が薄いのは、まだ事情をよく飲みこめていないからだ。

 ただ、不安の種であった借金返済のめどが立ったことは嬉しいし、なにより父親が偉大な発見をしたというのであれば、娘としてこれほど喜ばしいことはない。

「そうだよ、こんだけしっかり調べてるんだもの、間違いないよ! だよね? 姉さん!」

「可能性はあるわね」

 サリスは慎重に断定を避けた。彼女なりに思うところはあったが、今回の依頼は、ただでさえ気の重くなることばかりなのだ。せっかくの盛り上りに水を差す気にはなれない。

 必要な事柄をすべて伝えると、サリスは先に休むよう2人に伝え、自らは部屋の片隅に椅子を移動させそこに陣取った。その位置からだと扉と窓が同時に見渡せる。

 村の宿屋で襲われるなど考えたくないが、カテリヤもいることだし用心は欠かせない。とくにすることも無いためケドラスの残した資料を読み返して時間を潰し、夜半にエイシャと交代したが、結局、朝になっても予定外の訪問者は無かった。

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