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銃砲と戦像の女傭兵  作者: 参河居士
第4話 追跡者と罠
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その2

 荒野を歩き続けるうち西からの日差しを強く感じ始めたあたりで、3人は小高い丘の頂上にたどり着き、そこでその日4度目の休憩をとることにした。

 昼を過ぎたあたりで街道からそれたこともあり、人影もだいぶまばらになった。丘の上から見回しても、サリスたち3人をのぞけば、1デンテイほど離れた場所で、地面に腰を下ろしている2人組の旅人が見えるくらいである。

 エイシャとカテリヤを岩陰で休ませ、ひとり道の脇に立ったサリスは、なだらかな斜面の上から四方の光景を眺め回した。

 晴れ渡った青空とは対照的に、色彩と潤いに欠けた土色の世界。そんな殺風景な大地に慎ましやかに点在する緑地帯は、そこに人の集落があることを示しており、1デントほど先の山間に見える緑色の一帯が宿泊予定の村であった。

「まだついて来てるよね」

 疲労のたまってきたカテリヤを岩陰に残し、エイシャがサリスのそばに歩み寄って来る。

「そうね。どうやら決まりかな」

 2人が話題にしているのは、後方にいる2人組のことであった。フードを目深にかぶっているため人相は分からないが、ずっと一定の距離をあけてサリスたちの後をつけて来ていた。

「素人っぽいところもミアルの言ってた通りだし、間違いないよ」

 サリスもエイシャも、相手に悟られぬよう正面を向いたまま会話を続けている。

 サリスが最初に2人組に気づいたのは、人工林で休憩をしていたときだ。サリスが周囲を見回した際、露骨に視線を避けるような素振りを見せたため気になったのだ。

 そして、いったんその存在に気づいてしまえば、2人組の正体を察知するまでに時間はかからなかった。

「ただ後ろについて歩くことが尾行だと思ってるみたいね」

 普通は対象に気付かれないよう工夫をするものだが、そうした努力は一切見られず、几帳面なほど一定の距離を保ってついてくる2人組に、サリスもエイシャも呆れるしかない。

「もう捕まえちゃおうよ」

「ダメよ。白を切られたらそれまでだし、こちらから手を出したら余計な口実を与えるだけだもの。それに」

 岩陰で休んでいるカテリヤの様子を確認しつつ、サリスは言葉を続ける。

「まだカテリヤさんに知られたくないしね」

「ん~、そっかぁ」

 積極的な気質のエイシャとしては、間近にいる不審人物を放置しておくことには抵抗があるようだ。しかし、カテリヤにも害が及ぶとなれば、強硬な手段に出るのはためらわれた。

「向こうの出方を待つしかないってこと?」

「ええ。ただし、注意するのはあの2人だけじゃないわ。彼らがオトリの可能性もあるし」

 後方にいる2人組がわざと目立つような行動を取って注意をひきつけ、その隙に別の方向から襲いかかる。よく使われる手だ。

「挟み撃ちは面倒だなぁ。でもそこまでするかな?」

「相手の目的が分からないから、なんとも言えないわね。でも、私たちの行き先については知られていると考えていいと思う」

「そりゃそうだよね」

「襲って来るとしたら日暮れ頃だと思うから、ここからは、とくに用心していきましょ」

 敵の襲撃を警戒していたサリスだが、その後も2人組に不審な動きは見られず、日が沈み始めた頃、予定していた村にたどり着いた。

 2つの山に挟まれた村には、500人程の住民が暮らしており、そのほとんどが周辺で採れる作物や木材などをハデルに出荷することで生計を立てていた。

 村を訪れる遺跡探索人テサル・ウェーナートや旅商人のために宿屋を兼ねた酒場が数軒あり、サリスは村の出口付近にある一軒を選んだ。

 村の中を歩くことで背後にいる2人組の様子をうかがうつもりでいたが、彼らは村に入ってしばらくすると姿を消していた。宿の入口まで来たところでエイシャがサリスに耳打ちする。

「ねえ、アタシたちも宿に泊まるの? べつに野宿でもいいよ?」

「そのつもりだったんだけどね。カテリヤさんをひとりにはできないわ」

 赤字覚悟の依頼とはいえ余計な出費は極力抑えたいところである。当初は、道中の村ではカテリヤだけを宿に泊まらせて、サリスとエイシャは野営し路銀を節約するつもりでいたのだ。

 不審な2人組のせいで予定外の出費を強いられるのは痛いが、危険が予想されるからには依頼人のそばを離れるわけにはいかない。

 3人が泊まる旅宿は、木造2階建で、1階が酒場を兼ねた食堂という、ごくありふれた作りをしていた。

 2階の客室は大部屋と小部屋の2種類があり、大部屋のほうが宿賃を安くあげられるが、安全性を考えてサリスは小部屋を選んだ。

 小部屋には寝台が2つしかないそうだが、もともとサリスとエイシャは交代で休むつもりでいたので問題はない。今日の夕食と明日の朝食の分もふくめ前金で支払い、3人はあてがわれた部屋へ向かった。

 部屋の扉を開けて最初に目に入ったのは、正面の壁際に置かれた小さな書き物机であり、その机を挟むようにしてベッドが2つ並んでいた。

 家具だけで部屋の7割方が占められているため、やや手狭な印象を受けるが、ベッドに用意された寝具はどれも綺麗に洗濯されていて、一夜の宿としては申し分なかった。

「私達はこっちのベッドを使うから、カテリヤさんはそっちね」

 反対側のベッドを指し示しながら、さっさと荷物を床に下ろすと、サリスは勢いよくベッドに腰を下ろした。

 カテリヤに合わせて歩いたため体力的にはまだまだ余裕があるが、ずっと尾行者を警戒していたおかげで、いつも以上に心理的な疲労を感じていた。エイシャのほうは、しきりに背筋や手足を伸ばしている。

 疲れをとるためというより、いかにも怪しい2人を目にしながら、手出しできなかったことへの鬱憤を発散しているようであった。

「あの、サリスさん」

 そうやって2人が一息ついていると、カテリヤが小さな革袋を差し出しながら、遠慮がちに声をかけてきた。

「これを路銀の足しにしてください」

 サリスが中身を改めると、銀貨と銅貨が数枚ずつ入っていた。

「えっと、これは?」

「修道院長様からお預かりしたものです。街で過ごすのであれば、急に入り用になることもあるだろうからと」

「え、じゃあ、大切なお金じゃん。残しておいたほうがよくない? まだどれだけ街にいるか分からないし、帰るときの分だって必要だよ?」

 心配そうなエイシャの言葉に、カテリヤは微笑みながら首を横に振る。

「もともと、父の遺品を整理したあとは、街の神殿テムプルムのお世話になるつもりでいましたので。お2人に使っていただくのであれば、修道院長様もお許しくださると思います」

 カテリヤの差し出す小袋を見つめながらサリスは内心で冷や汗をかいていた。

(もしかしてさっきの聞かれちゃったかな……)

 わずかな金銭を惜しんで少女に気を使わせてしまったのだとしたら、なんともバツの悪い話である。だが、そうではなかった。

「申し訳ありません。昨夜のうちにお渡ししておけばよかったのですが、その、ついさきほど思い出したので……」

「お金のこと、忘れちゃってたの?」

 エイシャの驚いた声にカテリヤが顔を真赤にしながら語るところによれば、旅費を預かる際、修道院長から強く言い含められていたそうだ。

「まだ幼いあなたが金銭を持ち歩いていると知られれば、よからぬことを考える者もいるでしょう。扱いにはくれぐれも注意するように」

 ハデルは比較的治安のいい街とはいえ、それでも盗難や傷害などの犯罪は後を絶たない。修道院モナステリオからハデルまではわずか1日足らずの距離だが、一人旅には危険がつきもので、修道院長の心配はもっともなことであった。

 カテリヤは手渡された小袋を荷物の一番奥にしまいこんだ。もともと物欲に乏しく、清貧を旨とする修道院モナステリオで自給自足の暮らしに慣れているため節約は苦にならない。

 より正確に言うならば、必要な物を購入するという行為になじみがなかったわけだが、修道院モナステリオを出てから今日までの間、それでなにも支障がなかった。

 修道院モナステリオからハデルまでは徒歩で移動し、ハデルでの食事は下宿先の老夫婦の世話になっていた。

 父親の遺体の埋葬やそれに伴ういくつかの手続きには多少の現金を必要としたが、それも父が残した探索用の資金から支払い、残った分はウィストンに預けているという。

 そのような事情から、修道院長から預かった小袋はずっと荷物の奥にしまいこまれたままで、いつしかカテリヤもその存在を忘れてしまった。 

「そういうことなら、ありがたく使わせていただくわ」

 カテリヤの純朴な人柄を微笑ましく感じながら、サリスは彼女の好意を素直に受け取ることにした。

 臨時収入が嬉しいのは事実だし、エイシャの話を思い出したからでもある。路銀を受け取ることでカテリヤの心理的な負担が軽くなるのなら、それに越したことはない。

「さて、夕食の前に汗を流しちゃいましょうか。いちおう荷物の番をしておくから、先に2人で行ってきて。浴室は1階に下りて突き当りだそうよ」

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