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銃砲と戦像の女傭兵  作者: 参河居士
第4話 追跡者と罠
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その1

 店を出発した3人が職人街を抜けて大街道へ出た頃には、ハデルの街は完全に目覚めていた。

 道路は人や物で溢れかえり、街角の広場には住民や旅人向けの様々な露店が立ち並ぶ。焼きたてのパイや新鮮な果物、取り立てのミルクなどの匂いが充満するなか、店主たちが威勢のいい声があげている。

 行き交う人の波をすり抜けながら3人は北側の街壁を目指した。

 ハデルの街を囲む街壁には、東西南北それぞれに4つの街門とひとつの大街門があり、3人が向かっているのは北壁東端の門である。

 日中のハデルでは流通の要路である大街道の周辺がもっとも混雑する。車道も歩道も人だかりができていて、足の踏場もないほどだ。

 激しい往来に苦労しながらエイシャの横に並んだサリスは、カテリヤに聞こえぬよう雑踏の騒音に紛れて早朝のできごとを話した。

「そういうわけだから、例の件はまだ伏せておいて」

「なんで話さなかったの? ちょうどよかったじゃん」

「まだ確証が無いでしょ? 万が一間違っていたら面倒だもの」

 普段と変わらない口調だが、どちらも相手と視線を合わせようとしない。周りの人混みに目を走らせ、怪しい人物がいないか探しているのだ。監視されていると分かった以上、街中であろうと油断はできない。

 家を出てからここまで、とくに怪しい気配は感じられなかったが、住居を知られている以上、今も見張られていると思っていい。

「余計なことを伝えて、カテリヤさんとパブセンス家との間に変なわだかまりができたらかわいそうでしょ?」

「あ~、うん、それはまぁ」

 親しい人の不評を聞かされるのは気持ちのいいことではないし、ましてそれが濡れ衣であった場合、カテリヤの信用を失うことにもなりかねない。

「それにね、彼女はなにも知らない、ってことにしておいたほうが都合がいいと思うの。……いろいろとね」

 サリスの口ぶりからすると、ほかにも理由があるようだが、エイシャは重ねて問いかけようとはしなかった。どんな理由にせよ、カテリヤのことを思ってのことだろうし、エイシャにとってはそれで十分だ。

「この依頼ってさ、報酬の条件がかなり無茶だけど、リヤはそのこと知ってるのかな?」

「たぶんね。街へ来る前ならともかく、ギルドに話を通した時点で、傭兵セルヴィのしきたりとか相場については説明されていると思う。それがどうかしたの?」

「なんかさ、そのことを気にしてるみたいなんだよね」

「? なにか言ってた?」

「ううん、そんな感じがしただけ。やけに気を使っているっていうかさ」

 エイシャに言われ、改めてカテリヤの様子を思い返してみると、確かに思い当たる節がある。

 サリスの前で緊張し通しだったのも、まめまめしく家事の手伝いをしてくれたのも、単に彼女の性分というだけではないのかもしれない。

 ある種の後ろめたさが加わっていたとすれば、朝方の落ちこんだ様子にも納得がいく。

「じゃあ、昨日、ウチに泊めたのは失敗だったかな」

 街を出る前に少しでも打ち解けてもらうつもりだったのだが、かえって気を使わせたのだとしたら逆効果ということになる。

「それは無いと思うよ。たださ、本人の気が済むなら家事くらいはやってもらってもいいんじゃないかな」

「わかった、考えとく」

 短い打ち合わせを終えた2人は、往来の流れに合わせながらさりげなく距離を開け、前後でカテリヤを挟むような位置をとった。

 護衛対象であるカテリヤの前にエイシャが立ち、カテリヤの背後をサリスが守る。これは、彼女たちが護衛を行う際の慣例であった。

 街道沿いの渋滞を抜けると、次に控えているのは街門前の待機列である。

 ハデルの街では、街壁の内と外に門番が立っていて、旅人から税を徴収したり、身元の確認や持ち物の検査をしている。街の安全を保つために欠かせない手続きだが、列に並んで待たされる立場になると、ついわずらわしさを感じてしまう。

 幸いなことに、その日の門番は手際のよい人物で、あまり待たされることはなかった。

 門番の男はサリスやエイシャとも顔なじみで、最初にカテリヤの差し出した傭兵セルヴィギルド発行の書類を確認すると、サリスたちの通行証はさらっと目を通しただけで送り出してくれた。

「気をつけてな。帰ったら久しぶりに飲もうや。みんなにも声をかけておくからさ」

「いいわね、楽しみだわ」

「じゃあね、行ってきま~す」

 門番に別れを告げると、3人は石を積み上げたアーチ状の通路をくぐり街の外へ出た。

 街門を一歩出ると、目の前には丘陵地に拓かれた段状の畑が広がり、その先には整然と木々の立ち並ぶ林が目に入る。この緑豊かな光景は自然にできたものではない。

 先史文明崩壊後、本来の岩と砂だらけの荒野に戻ったこの地にこれほどの緑を甦えらせたのはハデルの住民たちだ。

 廃墟と化した街の再建と合わせて、乾いた地面に水を引き、痩せた土に手を加えていった。やがて住民たちの努力を認めた妖精族たちも協力し、長い年月をかけてここまで回復させたのだ。

 いわば人間族と妖精族の同盟の象徴でもあり、環境保全のために設けられた水路やため池、植林地などは、すべて行政の管理下にあり、使用規約に違反した者には厳しい罰がくだされる。

 街を囲む人工林には、おもにオークやトネリコ、ブナなどが植えられていて、街で使われる資材や薪として切り出されるほか、豚の放牧地としても利用されている。

 人の手で管理されているという安心感もあって、旅慣れた者には、このあたりはまだ「街の中」という印象が強い。

 空に向かって大きく広げられた枝が真昼の太陽の光を和らげ、草花の匂いを乗せて吹き抜ける風が、朝から歩き通しで汗ばんだ肌に心地よい。

 サリスの生まれ育った自然の森と比べれば箱庭のようなものだが、それでも建物に囲まれた街中にいるよりは気持ちが安らぐ。都市での生活に息苦しさを感じると、こうした場所を訪れ息抜きするのがサリスの習慣になっていた。

 林の出口付近まで来たところで、3人は一度休息をとった。

 往来の邪魔にならぬよう道をそれたところで荷物を下ろし、手近な木に背を預けて座りこむ。少し離れた場所では、同じように体を休ませている者が何人もいた。

 ここから先は草木の数も減り、照りつける陽を遮るものが無くなる。乾いた荒れ地を行く前に、少しでも体力を回復させておきたいと思うのは、みな同じであった。

 サリスは水袋の水を口に含みながら、エイシャとカテリヤの様子を確認してみたが、2人ともとくに問題は無さそうであった。

 競技場で鍛えあげられたエイシャは当然として、カテリヤのほうも疲労は見られるが、顔色は正常で足取りもしっかりしたものだ。幼い頃から水汲みや洗濯などをしているだけあって足腰は丈夫なのであろう。

 視線を林の出口に向けると、前方に門のように立つ2本の木が見える。涼し気な木陰の道がそこで途切れ、その先にはまばゆい光に照らされた地面が続く。

 木立の間を続いてきた道は雑草が点在する荒れ地へ飛び出し、緩やかな起伏を描きながら岩だらけの丘の隙間に消えていく。

 視線を街の方へ転じれば、何十何百という樹木が整然と並び、その隙間に作られた道を多くの旅人が行き交っている。荷物を抱えてハデルへ急ぐ者もいれば、足早に街から離れていく者、サリスたちと同じように木に持たれて休む者もいる。

 数組の旅人たちが自分たちの前を行き過ぎていくのを見届けてから、おもむろにサリスも立ち上がり、年少の同行者たちに呼びかけた。

「さて、そろそろ行きましょうか。できれば夕暮れまでに今日の目的地につきたいしね」

 大陸を横断する巨大山脈によって分断されたシラツア大陸の南半島は、肥沃な平野部に恵まれた北部地域とは反対に、地表の大半が痩せた土壌と山岳地帯で占められている。

 そのような場所だからこそ、高度な魔法技術を有した先史文明時代においてさえ辺境扱いされていたわけで、移住から200年余りすぎても、人々の生活圏から離れた地域は不毛一歩手前の状態であった。

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