その3
サリスは、テーブルの上で顔を突き合わせているエイシャとミアルの間に割って入ると、今日までに知り得たことを伝える。昨晩、黒鳩から伝え聞いた情報のほかに、昼間、カテリヤの下宿先で遭遇したできごとについても語った。
「そのフィロスタスって人、メチャクチャ怪しいじゃん」
サリスの話を聞いている間、ずっと不審そうに首を傾げていたエイシャは、説明を聞き終えると、待ってましたとばかりに口を開いた。
「ディグエットって人もそうだけどさ、まともに話したこともない相手に大金を貸すなんておかしいよ。商人なんて、いっちばんお金にうるさい連中じゃん。ぜ~ったい怪しい!」
鷹揚なエイシャにしては、珍しく言うことが手厳しい。どうやらカテリヤに情がわいているぶん、彼女を悩ましている借金の貸主たちに対して評価が辛くなっているようだ。
「ひょっとして、リヤのお父さんが亡くなったのも、この人のせいなんじゃない?」
「えぇっ!?」
ディグエットやフィロスタスが怪しいという点にはサリスも同意見だが、だからといって人を手に掛けるような人物には思えない。
少なくともこれまで調べた限りそのような根拠はなく、これは完全な言いがかりである。ミアルが呆れた様子で反論する。
「あのさぁ、街の名士の息子が、どんな理由で、場末の遺跡探索人を殺すっていうのさ?」
「たとえば、リヤのお父さんがどこかの遺跡でスゴイお宝を見つけて、それを独り占めするため、とか?」
「バカだねぇ。ケドラスって人は探索に行く前に死んでるんだろ? 順番が逆じゃないか。だいたい、それならどうして娘を狙う必要があるのさ」
「う~ん……、お宝は秘密の場所に隠されていて、その場所のヒントをリアに手紙で知らせていたとか?」
「秘密の場所へ行くのにわざわざ他人を雇うのかい? そもそも、ディグエットとフィロスタスがつながっているなら、信頼できる人間をケドラスに同行させればいいじゃん。そのほうが確実にお宝を手に入れられるだろ。もう少し頭を使いなよ」
「あ、そっか。それもそうだね」
さきほどの口論の続きとばかりにミアルは皮肉を浴びせたが、エイシャが素直に発言を撤回してしまったため、せっかくの毒舌も空振りに終わった。
「あなたはどう思う?」
「さぁね。今の話だけでわかるわけないだろ」
エイシャにいなされた形のミアルは、サリスの問いかけに憮然とした様子で応じる。
「でもフィロスタスが怪しいのは確かだね」
「えっ? じゃあ、アタシと同じじゃん!」
「キミのはただの当てずっぽうだろ!? いっしょにしないでよ!」
「なにか根拠があるの?」
エイシャと同列にみなされることが、よほど我慢ならないのか、ミアルはサリスに向き直ると、真面目な口調で語り出した。
「根拠ってほどのものじゃないけど、今日、サリスが本人と遭遇したこと自体、疑う理由になると思うよ。だって彼は、普段、街を離れているんだろ? たまたまカテリヤと同じ時期に街を訪れているなんてできすぎだよ。偶然日程が重なったとしても、彼女が街にいることや、その下宿先のことまで知らないはずだろ。ハデルに来てから知ったと考えるより、最初から誰かに彼女を見張らせていたと考えるほうが自然じゃない?」
「彼女が修道院にいたときから、ずっと監視されていたっていうの? それってエイシャの話とあまり変わらない気がするんだけど……。カテリヤさんは、お父さんの遺体を埋葬するために、2週間くらい前からハデルに滞在しているのよ。フィロスタスさんがいつ街に来たかはわからないけど、その間に彼女のことを聞いたのかも知れないじゃない」
怪訝そうに問い返すサリスに合わせて、エイシャもいきおいよく何度もうなづく。
「最初に言ったじゃん、根拠はないって」
不機嫌そうにエイシャをひと睨みしてから、再びミアルが説明を始める。
「でもさ、フィロスタスがカテリヤの事情を知ったのはハデルに来てからだとしても、彼にそれを伝えたのは誰か、っていう疑問は残るでしょ? 修道院の人間がペラペラ話すとは思えないし、街に知り合いはいないんだろ? あと怪しいのは傭兵ギルドくらいじゃない?」
「……確かにね」
カテリヤの依頼は内密なものではない。サリスよりも前にギルドから打診された者がいて、その者が周りに吹聴した可能性はある。
傭兵ギルドでは、任務中に得た情報の口外を禁じているが、仲間内ではつい口が軽くなってしまう。そうやって口伝てに広まった噂話が、やがてギルドの外へもれ出たとしても不思議はない。
「でもさ、その噂話がフィロスタスの耳に入る可能性ってどれくらいあると思う? ふだんから傭兵と親しくしてるってわけでもないんでしょ?」
「……」
「気になるのは、さっき外に妙な奴らがいたんだよね」
「妙なやつ? それ、いつの話?」
「キミらが食事をしていたときだよ。見慣れない奴らが2、3人、この家の周りをフラフラ歩いていたんだ。最初は道に迷ってるのかと思ったんだけど、すっごいわざとらしく扉や窓の近くを通り過ぎていたから、中の様子をうかがっていたんじゃないかな。そいつらの格好が、さっき話していたお坊ちゃんの従者に似ていた気がするんだよね」
「!?」
サリスが驚いてエイシャに顔を向けると、エイシャも同じ表情で首を横に振った。2人ともミアルに言われるまで、監視されていたことにまるで気づかなかった。
「……まいったわね。思ったよりも裏があるのかしら?」
いったい、いつからだろうか。単純に考えれば、カテリヤと最初に出会ったときからだろうが、それから今に至るまで、不穏な気配は一切感じなかった。
エイシャも同様らしく、「そんなヤツら、いたかなぁ」と首をかしげている。
昨晩、サリスは黒鳩と会っていたが、報告を受けた酒場や、その行き帰りにも不審な視線を感じた覚えはない。
人通りの多い昼間ならばまだしも、真夜中の裏通りを歩いていて周りを警戒しないはずがない。近くに怪しい人物がいれば、たとえ隠れていたとしても気配を察するだけの自信はあった。
「相手はかなりの腕利きってこと? だとすると……」
正体不明の監視者の存在に、サリスは背筋が冷たくなるのを感じた。ところが――。
「それはないんじゃない? 密偵にしては手際が悪すぎだよ」
「え? そうなの?」
「だって、見ててハッキリわかるくらい不自然だったもん。家に近寄るときも恐る恐るって感じだし、近づいたと思ったらすぐに離れたから、よっぽど気づかれたくなかったんじゃない? あれじゃ中の様子なんてほとんど分からなかったと思うよ」
「それは、たしかに妙な連中ね」
いくら油断していたとはいえ、そこまで不慣れな相手にずっと監視されていれば、絶対に気付いたはずだ。ならば少なくとも、彼らがサリスの家まで来たのは、今晩だけと考えてよさそうだ。
「ってことは、やっぱり、リヤが狙われてるんじゃない?」
「どうかなぁ。ただの物乞いや空き巣狙いかもよ?」
混ぜ返すようなことを言っているが、ミアルもエイシャと同じことを考えているのだろう。そうでなければ、わざわざパブセンス家との関係性をほのめかすはずがない。
「カテリヤさんが狙われているとして、理由はなに? 彼女は、そんな話はしていなかったんだけど……」
「まだキミらのこと信用できないから、黙ってるだけなんじゃない?」
「リヤはそういう子じゃないと思うなぁ。きっとあの子も知らない理由なんだよ。じつはお父さんが死ぬ前にお宝を発見していて、それを記した地図がどこかにあるとか」
「遺跡に同行してた人をつかまえたほうが早いじゃん」
「じゃあ、リヤがパブセンス家の誰かの隠し子で、遺産争いに巻きこまれたとか」
「当主が現役のうちから遺産相続で争うのかい?」
「じゃあ、跡目争い?」
「それ、同じだから」
エイシャとミアルのやり取りを聞きながらサリスも考えてみたが、情報が少なすぎて推測の域を出ない。結局、その晩は「パブセンス家が怪しい。明日は尾行に注意を払い、相手の出方を待つ」ということでまとまった。
エイシャを先に2階へ上がらせたあと、サリスは天井から下げていたランタンを手に取る。
明るく燃料も不要なこのランタンは、サリスのお気に入りの錬素具のひとつで、家の中だけでなく、旅に出るときも持ち歩くことにしていた。
部屋を出たサリスが階段を半ばまで上がったところで、背後からミアルが声をかけてきた。サリスは声のしたほうを振り返るが、ミアルの姿は闇に溶けこんでいて見えない。
「後悔してる? 依頼を受けたこと」
陽気な口調は、情に流されたサリスをからかっているのか、予想以上に困難な状況に置かれたサリスを気遣っているのか判断がつきにくい。あるいは両方かも知れない。
「まさか」
「だよね」
呆れたような、納得したような、どちらともつかない言葉を残し、ミアルの気配は廊下の奥へと遠ざかっていった。
自室に戻ったサリスは、机に置かれた書物を見て、情報の一部を伝え忘れたことに気づいた。夕食の準備をする合間、ケドラスの残した資料に目を通し気づいたことがあったのだ。
「ま、明日話せばいいわね」
ベッドの上に寝転がったサリスは、しばらくの間、ケドラスの手帳をめくっていたが、やがてランタンの光を消し眠りについた。




