第4話 今日、私は復讐を遂げた。
私は自分の部屋にビデオカメラを仕掛けて、先輩との濃厚なエッチを録画した。
先輩が私とのエッチで骨抜きにされて、完全にメロメロになった所も、私が先輩の子供を孕んでしまったかもしれない所も、全てだ。
エッチの一部始終を記録した動画を、あの女のスマホに送信する事にした。
「あの女には絶対秘密にする」と先輩には言っておいたが、あれはもちろんウソだ。
先輩を寝取られた事をあの女が知って、深く傷付いてもらわなければ、復讐にならないのだから……。
スマホのアドレスは、ナカタから渡されたデータに書いてあった。
あの女は監禁されて数時間後に救出されたらしい。警察も出動する騒ぎになる。
でも犯人に繋がる手がかりは掴めず、事件はうやむやになる。
人間関係のトラブルを探る向きもあったが、彼女と面識も接点も無い私が捜査線上に浮かぶ事は無かった。
彼女自身、あの時発作を起こして倒れた会社員に娘がいた事すら知らないのだ。その娘が復讐しに来るなど、考えも及ばなかった。
むろん監禁されてる間に彼氏を寝取られた事など、知る由もない。
◇ ◇ ◇
先輩とエッチしてから数日……ほとぼりが冷めた頃、学校が終わって一人で帰る彼女の後を、私はバレないようにこっそりと尾ける。
私に尾けられてる事に気付かないまま、彼女は帰宅する。
あの女が家の中に入ったのを見届けると、私はすぐにスマホを取り出す。そして画面を指でタッチして、先輩とエッチした動画を彼女のアドレスに送る。
動画を送信してから数分が経過した後……。
「いっ……いやぁぁぁあああああああああーーーーーーっっ!!」
まるでこの世の終わりと思えるような悲鳴が発せられる。それは家の外まで響き渡り、近所に丸聞こえするような、とても大きな声だった。
そして何をしていたのか知らないが、家の中からドタンバタンと激しい物音がした。よほどパニックに陥った事だけは間違いないようだ。
彼女がショックを受けたのを目の当たりにして、私は安心して帰路に就いた。
ふふふ……ははは……あーーはっはっはっ!
やったぁ! やってやった!
私が先輩を寝取った所を、あの女に見せつけてやった!
あの女が欲しがってた先輩の童貞を、あの女よりも先に私が奪った事を、教えてやった!
先輩が身も心も私の色に染まって、完全に私のモノになった事を、知らしめてやった!
父を、家族を、大切なものを全て壊された仕返しに、あの女がもっとも欲しかったモノを、私が奪ったんだ! ああ、なんて良い気分だろう!
積日の恨みを晴らせた事に、私は心の底からスッキリした。
本当はあの女がどんな顔をしたか見てみたかったが、さすがにそこまで危険は冒せない。彼女を絶望の奈落に突き落とせたと知っただけで、十分満足だ。
「フッフフフーーーン、フッフーーーン」
私は昔好きだったアニメの鼻歌を唄いながら、幸せな気分に浸った。
その晩食べたご飯は、いつもの数倍おいしかった。
私はその味を一生忘れない。
◇ ◇ ◇
その翌日、授業が終わって帰ろうとする先輩の姿を見かける。
「うふふ……せーーんパイっ! 今日は一緒に帰りましょう!」
私は上機嫌のあまりニコニコしながら、先輩の腕に抱き着く。そのままグイグイ引っ張って歩き出す。
「まっ、真琴ちゃんっ! こんな所で腕組んだら、他の人に見られちゃうよぉっ!」
先輩は情けない声を漏らしながら、困った顔をする。そしてあたふたしながら周囲を見回す。
女子と付き合ってるのを、友達に知られたくないんだろう。先生に見つかったら「不純異性交遊」とか言われて、叱られるかもしれない。
でもそんなの、私の知ったこっちゃない。年頃の男女が愛し合ってるだけなのに、何がいけないというのか。何も悪い事なんてしてないし、気にする必要なんてない。
「いっそ見せ付けてやればいいんですよ。私たちのイチャイチャを」
私はそう言ってクスクス笑うと、飼い主に懐いた猫のように、先輩の腕にすりすりと顔を擦りつける。そしてすんすんと鼻を動かして、匂いを嗅いだ。
先輩はもう私のモノだ。だから私だけは、何をしても良いんだ。
「弱ったなぁ……」
先輩は小声で呟いて、照れるように頭をボリボリと掻く。でも力ずくで振り払おうとはせず、結局私のなすがままにさせる。
先輩の流されやすさ、押しの弱さを、私は心の何処かでいとおしく感じた。先輩が困ってる姿を見るのが、楽しくてたまらないのだ。私はからかい上手なのかもしれない。
私はきっと先輩の事が好きなんだ。それが恋と呼べる感情かは分からない。
先輩の事を思っても胸がキュンとなったりしないし、ご飯が喉を通らなくなったりもしない。
でも先輩を他の誰にも渡したくないし、私だけのモノにしたいと思ってる。
私にとって先輩は、私を楽しませてくれる最高のオモチャだ。先輩といると楽しいし、退屈しない。だからずっと先輩と一緒にいたい。ずっと側にいて、私を楽しませて欲しい。
あの女に復讐するために近付いた事なんて、もうどうでも良くなった。
私が幸せな気分に浸りながら、先輩と腕を組んで歩いていると……。
「見つけたぞぉぉおおおおおおっっ!!」
私たちの背後から、突然そんな声が発せられた。あまりにドスの利いた声だったので、一度聞いただけでは声の主が男性か女性か判別できなかった。
周りにいた他の生徒たちも、皆ビクッと驚いて、声がした方角に慌てて目を向ける。
私と先輩が後ろを振り返ると、一人の女が立っていた。
「よくも……よくも私の勇斗を寝取ってくれたなぁっ! 許さないっ! 殺す……お前をここで、殺してやるぅぅううううううっっ!!」
……それは他の誰でもない、あの女……鷹山萌華だった。
ギロリと見開かれた目は真っ赤に血走って、眉間には皺を寄せて、ギリギリと音を立てて歯軋りする。荒々しく髪を振り乱して殺意を漲らせた姿は、昔話に出てくる山姥のようだった。
学校の調理実習室から持ち出したのか、その手には刃渡り三十センチの包丁が握られていた。
「も……萌華……」
嫉妬に狂う悪鬼と化した元恋人を見て、先輩が顔を引きつらせる。恐怖のあまり手足がガタガタ震える。金魚のように口をパクパク動かすが、言葉が出ない。
それは私も同じで、変わり果てた彼女の姿に驚いて、冷静な対処が出来なかった。地獄の鬼のような迫力に気圧されてしまったのだ。
「死ねぇえええっ! このアバズレがぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
彼女はそう叫ぶや否や、私に包丁を向けたまま走り出す。
「真琴ちゃん、危ないっ!」
先輩はとっさに私を庇おうとしたが、包丁の刃が私に届くタイミングの方が、わずかに早かった。
「うぐぅっ!」
思わず声が漏れた。
お腹に何かがドンッと強く当たる感触を覚えて、そこからジワァッと熱いものが広がっていく。それが『痛み』だと理解するのに数秒かかった。
痛い。痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛いっ! 物凄く痛いっ!
私が自分のお腹に目をやると、包丁が深く突き刺さってて、血がダラダラと流れている。血から漂う鉄臭い匂いが鼻に付いて、私は気持ち悪くなって、吐きそうになった。
急に体から力が抜けて、立てなくなる。目の前がだんだん暗くなる。
完全な闇に覆われる直前、最後に私の視界に映ったのは、周りの人たちに取り押さえられながら、勝ち誇ったように笑うあの女の姿だった。
そっかぁ……私、今日ここで死ぬんだ。
やだなぁ……死にたくないなぁ。
もっと楽しい事、たくさんしたかったのに。
天罰が下っちゃったのかなぁ。
でも私、悪い事なんて何もしてないよ。
やられた事を、やり返そうとしただけだもん。
死にたくない……死にたくないよ……誰か……助け……て……。