第3話 今日、私は先輩とエッチした。
人気のない校舎裏で、私たち二人はキスをした。それは私にとって家族以外と交わした、初めてのキスだった。
「……」
私も先輩も唇を触れ合ったまま、一言も発しない。静寂が辺りを包み込んで、ただ互いの体温と息遣いと匂いだけが伝わる。それが微かに劣情を掻き立てる。
先輩の生暖かい鼻息が何度も顔に掛かり、興奮しているのが伝わる。ちょっとだけくすぐったい。
私も初めてのキスでドキドキしたのか、だんだんエッチな気分になる。
私たち二人は、まるで本当の恋人同士であるかのように唇を重ね合う。それが数分続いたのか、数十分続いたのかは分からない。でもさすがに飽きたので、私は触れていた唇をそっと離した。
「せっ、先輩……どうでしたか? 私のキスの味は……」
頬を赤く染めて上目遣いになりながら問いかける。そして恥じらうように体をモジモジさせた。私は私がイメージした『男子にとって理想の女子』を演じるのを、もう完全に心の何処かで楽しんでいた。
「真琴ちゃん……あの……なんて言うか……その……実は俺、他に付き合ってる子が……」
先輩は困った顔をしながら、何とも歯切れが悪そうに喋る。私に対する罪の意識か、それともキスした感触がまだ残っているからか、私と目を合わせられない。
先輩はたぶん良い人なんだ。心の何処かで、あの女を裏切れないと思っている。でも良い人すぎて、私の告白を断れない意思の弱さを見せている。きっと私を傷付けたくないんだろう。そうでなければ、とっくに断っている。
その優しさに付け込んで、先輩を私だけのモノにして、あの女から奪い取りたい……そんな悪魔的な衝動が、私の中に湧き上がった。
「知ってますよ……先輩。私、先輩の彼女には絶対秘密にしときますから。これから私たち二人が、どんな関係になっても……」
先輩の耳にそっと小声で囁く。そして小悪魔のように微笑むと、腕を強く引っ張る。
「先輩……今から私の家に来ませんか? 今日は誰もいなくて、家にいるのは私一人なんです」
そう口にすると、答えも聞かずに先輩の腕をグイグイ引っ張って、強引に連れ出す。そのまま校舎裏から学校の外に出る。
「あっ、あの……ちょっと!」
先輩はあたふたしながら、私のなすがままにさせる。本気で私を止めようと思えば力ずくで止められるのに、それをしない。なんて押しに弱い人だろう……あまりにおかしくて、私は思わずクスクスと笑った。
◇ ◇ ◇
「先輩、ここが私のお家です」
私はそう言って、マンションのドアを開ける。先輩は結局腕を引っ張られたまま、家まで付いてきた。私が腕を離しても、帰ろうとはしない。この状況をすっかり受け入れてしまったようだ。私にとっては扱いやすい人で、とても助かる。
「あの……どうも、お邪魔してます……」
先輩は一言断りを入れて頭を下げながら、慎重に家に上がる。家には私しかいないと言っておいたのに、律儀な人だ。少しだけ怯えた目をしながら、家の中をキョロキョロ見回す。借りてきた猫みたいで、ちょっとだけカワイイ。
私は不安がる先輩を、自分の部屋へと連れていく。
「真琴ちゃんの部屋……キレイに片付いてるね」
先輩は私の部屋に入るなり、ガチガチに緊張した面持ちで口にした。
片付いているのは当たり前だ。男を招き入れるのに、部屋を汚いままにはしておけない。
普段なら食い散らかしたお菓子の袋や、飲みかけたジュースの缶や、脱ぎっぱなしの靴下が無造作に転がってる部屋は、昨日のうちに全て掃除した。
前にクラスの女子を部屋に上げた時、「だらしない女」だの「くさそう」だの散々に言われたが、そんな私の本性を先輩に知られる訳には行かない。恋する女はいつだって、男の前では猫を被る。そういう生き物だ。
「先輩、読みたい漫画とかありませんか?」
私は先輩を机の前の椅子に座らせると、自分はベッドに上がって、先輩に尻を向けるように四つん這いになりながら本棚を漁る。
棚のすぐ横にある鏡をチラッと見ると、先輩がしゃがみ込んで、私のスカートを下から覗いている姿が映る。わずかな隙間から、必死にパンツを見ようとしているのだ。それも、とても真剣な表情で。
私が鏡越しに先輩を見ている事には、全く気付かない。それがとてもおかしくて、笑いを堪えるのに必死だった。
「先ぱーーい、どうかしたんですかぁーー?」
試しにとぼけた声を発しながら、股の間から顔を出して後ろを覗いてみる。
いきなり私と目が合って、先輩は一瞬ビクッと驚いた後、慌てて立ち上がった。
「ああっ! これは……あの……その……」
そして言い訳の言葉を探しながら、あたふたする。私にスケベだと思われて嫌われたくなかったのか、とにかく必死だった。その姿がイタズラがバレた子供みたいで、何ともかわいらしい。
男子は、自分がスケベなのを女子に隠そうとする。嫌われたくないからだ。だから女子を部屋に上げた時、ベッドの下にエロ本を隠す。
でも私は知っている。男子はみな隙あらば女子とエッチしたいと思ってる。できないから、オナニーで我慢する。でも本当はエッチしたくて、たまらないのだ。
腹を空かせた子犬を手懐けるのは簡単だ。餌をあげるだけで良いのだから。
「先輩……そんなに見たいんだったら、見せてあげますよ」
私はクスクスと楽しそうに笑いながら、先輩の方を向いたままベッドに座る。そしてわざとらしく片膝を上げて、スカートの裾をチラリとまくった。
「……っ!!」
スカートと太股の間からわずかに見えるパンツに、先輩の視線が釘付けになる。思わず身を乗り出して私のパンツをガン見して、顔を真っ赤にしながら、ハァハァと呼吸が荒くなる。
やがてしばらくすると、前屈みになって、両手で股間を隠しながら恥ずかしそうにうつむいた。
私のパンツを見て興奮したあまり、下半身がムラムラして元気になったのだ。
先輩は今、エッチしたくてしょうがないと思っている。もしこの場に私がいなかったら、今すぐシコり始めてしまうくらいに……それほど爆発寸前だった。それを必死に我慢しようとしている。
私はそろそろ頃合だと思った。
「先輩……実は私、今日しても大丈夫な日なんです。しちゃいましょう」
唐突に距離を詰めると、私は先輩の耳にそっと小声で囁く。
「えっ!? しっ、してもいいって……何をっ!?」
先輩はオドオドして声を上擦らせながら問いかける。全身汗だくになって肩で息をしながらも、期待に目を輝かせる。
あえて「何を」と問いかけたが、その「何」が何なのか、先輩には当然分かっていた。
「何って……そんなの、決まってるじゃないですか。エ・ッ・チ♪」
私はクスクス笑いながら、先輩が期待した通りの言葉を口にする。
私の言葉を聞いて、先輩がゴクリと唾を飲み込んだのが見えた。
そして次の瞬間……。
「まっ……真琴ちゃぁぁぁあああああああんっっ!!」
先輩は飢えた獣となって、オスの本能を剥き出しにしながら、私を強引にベッドに押し倒す。そして乱暴な手付きで服を脱がし始めた。
『据え膳食わぬは男の恥』という言葉の通りに……。
父さん、母さん……ごめんなさい。
ふいに両親の顔が頭に浮かんで、私は猛烈に謝りたくなった。
そして一滴の涙が、頬を伝って零れ落ちた。
今日、私は先輩とエッチした。
嵐のように激しくて、濃厚で、淫らな……それは私にとって初めての、オナニー以外でのエッチだった。
私とのエッチがとても良かったのか、先輩はあの女の事など忘れてしまったかのように、スッキリした顔で眠りに就く。
私は気持ちよさそうに寝息を立てる先輩の横顔を、からかうように指でツンツン突っつく。先輩を私のモノに出来た達成感と、ほんの少しの戸惑いを抱きながら……。
妊娠しちゃったらどうしようとか、そういう事は今は考えない事にする。
復讐さえ果たせれば、後の事はどうなっても良いんだ。
もう、どうなっても……。