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第2話 今日、私は先輩とキスをした。

 驚いた事に、父を痴漢呼ばわりした相手は私と同じ高校に通っていた。

 同じ電車に乗ってたから、そう遠く離れてはいないと思ったものの、まさかこんな近くにいたとは……。


 これまでそうとも知らず、何度か顔を合わせたかもしれない。廊下ですれ違ったかもしれない。そう思うと、フツフツと怒りがいてくる。


 もう許せない。どんな手を使ってでも、この恨みを百倍にして返してやる。私はそう決意した。


 鷹山たかやま萌華もえか……それが父を殺した女の名だ。


 私より学年が一つ上の女子生徒。ウェーブが掛かった長めの茶髪で、耳にピアスをしている。だらしなく着崩した制服に、ルーズソックス……そして日焼けかどうか分からない、小麦色の肌。スカートの丈も短い。見るからにギャルっぽいファッションだった。


 見た目だけなら清楚せいそっぽいと言われた私とは正反対だ。ただ目鼻立ちは整っていて、スタイルも良い。背も私より十センチは高そうに見える。さぞかし男にモテたであろう事がうかがえる。


 童貞を食うのが好きらしく、今まで筆下ふでおろしした男は十人を超える事が、ナカタから送られたデータに記載されてた。

 絵に描いたような性悪女だ。これなら何の引け目も感じずに復讐できる……私は思わずククッと笑った。


 彼女には両親と弟がいた。それなりに裕福な家庭のようだ。

 私から全てを奪っておいて、自分はのうのうと暮らしてるなんて絶対に許せない。

 だが復讐に役立ちそうな情報は無かったので、軽く目を通すだけにした。


  ◇    ◇    ◇


 彼女には現在付き合っている恋人がいた。名を相川あいかわ勇斗ゆうとという。

 彼女とは同学年で、私より一つ上だ。ここでは彼を先輩と呼ぶ事にする。


 先輩はいわゆるイケメンとは違ったが、スポーツマンらしい精悍せいかんな顔付きをしている。なんでも陸上部のエースを務めているという話だ。ただ不器用で人と話すのが苦手だったため、クラスの女子にはモテなかったようだ。

 そして童貞である事が、ナカタのデータに記載されていた。


 男漁りが趣味のギャルと、純朴じゅんぼくそうなスポーツマン……一見不釣り合いに見える組み合わせは、彼女が先輩の童貞を欲しがっている意図がけて見えた。


 たぶん先輩もその事は分かっていて、エッチさせてくれる女子なら、きっと誰でも良かったのだろう。本当に男子って、どうしようもないスケベ。


  ◇    ◇    ◇


 ここまでデータに目を通していて、私の中にある一つの考えが思い浮かんだ。


(あの女が狙っている先輩の童貞を、あの女より先に私が奪ったら……?)


 ……それはまさに悪魔の発想だった。

 虎視眈々(こしたんたん)と狙っていた獲物を、他の女に横取りされた時、あの女がどれだけ悔しがって、どんなにみじめな思いをするか……想像しただけで、体のしんからゾクゾクする。


 自分のモノになるはずだった男が、他の女のモノになったと知った時、独占欲の強い女がどんな反応するか……私はそれが見たくてたまらなかった。


 我ながら最低な発想だと思った。自分でもドン引きだ。正直言って、そこまでやるかとも考えた。そういうゲスな一面があった事に、私の中にある良心は少しだけ困惑した。


 でも良いんだ。「ドラ○もん」に出てくるのび○くんだって、いじめられたら秘密道具を使ってジャ○アンに仕返しする。それと同じ事をするだけだ。何も悪い事なんてしてない。

 私は自分の中にある良心に、そう言い聞かせた。


  ◇    ◇    ◇


 それから数日……いよいよ決行の時が来た。

 祖母は今日から一週間旅行に出かけて、家には私一人だ。先輩を連れ込むチャンスはこの一週間しかない。


 先輩の家に上がり込む事も考えたが、向こうの家族にバレる可能性があった。

 学校や公園でエッチすれば、誰かに見つかるかもしれない。

 ラブホテルに入ろうとすれば、警察に補導されるかもしれない。

 やはり私の家に誘い込むのが、一番リスクが低かった。


 祖母が作り置きした朝食をると、さっそく準備に取りかかる。

 こんのハイソックスと白のパンティで、いかにも清楚な女子高生っぽく振舞う。あえて香水は使わずに、香りが強めのシャンプーで髪を洗って、清潔感を出す。キレイに手入れされた黒髪はツヤツヤのテカテカだ。


 口臭にも気をつかい、祖母にはニンニクの入った料理を出さないように頼んだ。良い香りのする歯磨き粉で、入念に歯を磨いた。キスする時にギョウザのニオイがしたら、全て台無しだ。


 ネットで拾ったアニメ動画やエッチな動画を見て、男子の性癖を念入りに研究した。年頃の男子をドキドキさせる、あざとい言葉遣いやエッチな仕草……それらを徹底的に頭の中に叩き込んだ。鏡の前で、何度も先輩に告白する練習を行った。


 きっと先輩も喜んでくれる。ヤリマンのビッチなギャルより、清楚で真面目そうな子とエッチしたいに決まっている。

 私は今日、「童貞を殺す女」になる。準備は万全に整った。

 意を決して、私は学校に向かう。


  ◇    ◇    ◇


 私はあの女と先輩を、それぞれ異なる手紙で呼び出した。

 まず彼女を、人がいない放課後の視聴覚室に呼び出す。私は覆面マスクして隠れて待ち伏せする。そしてすきを見て、背後から接近して首筋に注射器を打ち込んだ。


 注射器の中身は、ネットの闇サイトで購入した医療用の麻酔薬だ。

 女は突然注射を打たれた事に動揺した後、声を出して助けを求めようとしたが、すぐに眠りに落ちた。スゥスゥと気持ちよさそうに寝息を立てており、ほっぺたを強くひっぱたいても、決して起きない。寝たふりをした訳では無さそうだ。


 私の素顔を見られる事も無かった。その事にまずはホッと一安心した。


 私は眠る彼女の口をガムテープでふさぎ、両手と両足をロープでしばって動けなくする。そして掃除用具入れのロッカーに閉じ込めて、ロッカーを外側からロープでグルグル巻きにして、中から開けられなくする。最後に視聴覚室の扉にかぎを掛けて出る。


 別に彼女を永久に閉じ込めようというのではない。私が先輩をモノにするまでの邪魔が入らなければ良いだけだ。彼女が目覚めて助けを呼んだとしても、外から誰かが開けたとしても、その時もう先輩は私のモノだ。


 私は周囲を見回して、誰にも見られなかった事を確かめると、視聴覚室を後にした。


  ◇    ◇    ◇


 あの女を閉じ込める作業が終わると、今度は先輩を校舎裏に呼び出す。

 作業に掛かる時間を想定して、待ち合わせの時間を一時間ほどずらす。


 待ち合わせの時間に私が校舎裏へ向かうと、先輩は先に来て私を待っていた。


 人気ひとけのない校舎裏……辺りは静寂せいじゃくに包まれて、遠くから野球部が練習する声だけがかすかに聞こえる。

 今この場にいるのは、私と先輩の二人きりだ。告白するには絶好のチャンスだった。


「君かい? 手紙をくれた真琴まことちゃんって言うのは……二人だけで話したい事って、何かな?」


 先輩は私を見るなり、そう口にした。顔はニヤついていて、微妙にそわそわしている。間違いなく女子に告白される事を期待して、緊張しているそぶりだった。


 ゲタ箱に女子からの手紙が入っていたら、男子だったら告白を期待するに決まっている。もしそれで待ち合わせ場所に来たのが、とんでもないブス女だったら、一目見ただけで嫌そうな顔をしただろう。


 だが先輩の私に対する反応は悪くない。私はこの時点で勝ったと思った。


「先輩……実は私、先輩の事ずっと見てました……」


 私はずかしそうに顔を赤らめて目をらしながら、体をモジモジさせる。初恋した一途いちずな女子をよそおうのだ。我ながら何ともあざとい。の私なら死んでも言わないセリフだ。


「あ、あの……その……好きですっ! 私と付き合ってくださいっ!」


 そして目をつむって頭を下げながら、勇気を振り絞るように告白してみせた。

 ギャルゲーかアニメに出てくる女の子が吐くような、テンプレじみた言葉……これが結構楽しい。私は本来の自分とかけ離れた『恋する乙女』を演じるのを、心の何処かで楽しんでいた。


「う、嬉しいなぁ……ははっ。でも、どうしようかなぁ……」


 先輩は嬉しそうにヘラヘラと笑いながら、少しだけ困った顔をする。

 当然だ。先輩には今、付き合っている女がいる。にも関わらず他の女の告白を即座に受け入れたら、とんだ浮気者という事になる。


 だがここで真面目ぶって断られたら、私にとっては面倒だ。あの女を監禁する手は二度は使えない。ここまで来たら、もう最後までやるしかないんだ。


 先輩が回答をしぶっているのは、今の彼女に対する負い目と、かわいい女子からの告白を断るのはもったいないという、ジレンマからだろう。ここは強引に押し切るしかない。


「……先輩っ!」


 私は切なげな声を発すると、すかさず先輩の胸に飛び込む。そして背中に両手を回して強く抱きしめると、有無を言わさず先輩のくちびるにキスをした。


「……っ!」


 突然の出来事に驚いた顔をしながらも、先輩は抵抗しない。私のなすがままにさせる。いきなりキスされて、パニくって冷静に対処できないのか、内心まんざらでもないと思ったのか……どちらにせよ抵抗しないのなら、好きにさせてもらう。


 先輩の体が緊張でふるえてる。シャツがじっとり汗ばんでる。

 心臓がドクンドクンと鳴ってるのが伝わる。


 その心臓の音は、もしかしたら先輩ではなく……私の音だったのかもしれない。

 本当は私も凄く緊張してた。

 だってそれは……家族以外と交わした、初めてのキスだったから。


 遠くで野球部が練習する音を聞きながら先輩と交わした、ファーストキスの味は……ほんのり湿しめって、かすかに生暖かかった。

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