92 メル(再会)
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ふかふかのベッドやたくさんの絵本が並ぶ本棚のある部屋に、メルはいました。これもまたふかふかのクッションが敷かれた椅子に座り、メルは足をぷらぷらさせています。しばらくぷらぷらしていましたが、飽きてきたので本棚の絵本を取りに行きました。
ほどよい高さのテーブルに絵本を広げて、読み始めます。けれど面白くなくて、すぐに閉じてしまいました。一人で読んでもつまらないのです。
エルフに攫われたメルは、この部屋に連れてこられました。窓もないのでおそらく地下、と思っていますが、それ以外は何も分かりません。むしろ地下かどうかも確証はありません。転移で逃げることも考えましたが、何をしたのかこの部屋では魔法を使えないようでした。
最初はどうなるのかと思っていたメルでしたが、扱いはとても丁寧なものでした。部屋から出ることは許されていませんが、この部屋にいる限りであればそれなりの自由が許されています。お腹が減ったと言えば、ご飯まで用意してくれるほどです。
今までとは違うエルフの態度に、メルは戸惑いを隠せません。なんだこいつら気持ち悪い、とメルらしくない感想を本気で抱いています。
だって、考えてもみてください。地域を代表する不良が唐突に優しくしてきたら、どう思うでしょう。誰もがその意図を考えるはずです。何が目的なのか、不審に思うはずです。メルがエルフの態度に抱く感情も、それと同じなのです。
ですが、今すぐどうこうはならないでしょう。お父さんが助けに来てくれるのを待つか、もしくは脱出の機会を待つとします。
何かないかなと部屋を見回していると、部屋に唯一あるドアがノックされました。警戒心たっぷりにドアを睨み付けていると、再びノックされます。どうやらメルの返事を待っているようです。
「どうぞ」
ドアが開かれ、入ってきたのは見覚えるのあるエルフの老人でした。
真っ白な髪の毛に深いしわの数々。その鋭い眼光から、この老人がただ者ではないことが分かります。それもそのはず、この老人はエルフの長老です。エルフの里にいた時はとても横柄な態度でしたが、今はどこか優しげな笑顔です。不愉快しかありません。
「お久しぶりですな、愛し子様」
「うん……。なんだかみんなが丁寧で気持ち悪いよ」
「ははは。はっきりと言ってくれますなあ……。受け入れて下さい。貴方は唯一のハイエルフです」
「あー……」
思わずメルは頭を抱えたくなりました。それでか、と。
おとうさんは、多分忘れてしまっているでしょう。最初に自己紹介した時に、一度言っただけです。メルは、今やエルフより上位の種となるハイエルフなのです。
ハイエルフというのは、特徴はエルフと大差ありません。自然と共に生きる種族であり、長い寿命と強い魔力を持っている種族です。違いは、根本的なものになります。
ハイエルフとは、エルフのオリジナルなのです。
かつてはハイエルフも大勢いました。神様から直接生み出され、世界樹を守る使命を持っていました。ですが、守ると言っても、外敵はほとんどいません。神様から直接聞きましたが、神様としても念のための守護役だったそうです。
争いもなく、平和に過ごしていたハイエルフたちは徐々にその身の魔力を減らしていきました。あまりに長い寿命から子供もいなかったのですが、やがては人間や魔族のように、成長し、子供を産んでいきます。そうしてハイエルフたちは徐々に魔力を落としていき、今のエルフという種族に落ち着いたのです。
もちろんハイエルフという存在を忘れているわけではありません。エルフたちはハイエルフを神聖視しています。言うなれば、自分たちの祖なのです。彼らにとっては神に等しい存在なのです。
当然ですが、メルも最初はただのエルフでした。ですが、今はハイエルフとなっています。これは、エルフの里から逃げて、神様から直接加護を受け取った結果です。メルの魔力が膨大なのも、ハイエルフ故のものです。むしろかつてのハイエルフと比べると、メルはまだまだ弱い方と言えるでしょう。それほど、ハイエルフはエルフとは一線を画す種族なのです。
「あなたが望むのでしたら、今すぐ族長の地位をお譲りいたしますが」
「族長になったらおとうさんのところに帰っていい?」
「ははは。ご冗談を。許されるわけがないでしょう」
態度が低いようで、けれどやはりメルは道具のようです。彼の瞳からは、尊敬のようなものは感じられません。あるのはただ、ようやく便利な道具が返ってきた、という暗い感情です。扱うために敬いはしても、従うつもりはないようです。
「おうちに帰りたい」
「ええ、すぐに帰りましょう。エルフの里に」
これは、言葉を交わす意味はなさそうです。メルはため息をつくと、長老へと言いました。
「ごはん」
「は?」
「お腹減ったの」
「ああ……。すぐにご用意致します。お待ちください」
長老は恭しく頭を下げると、部屋を出て行きました。頭を下げる瞬間に一瞬だけ、本来の感情が見て取れました。頭を下げることに屈辱を感じているような、歪んだ顔です。
「そんなに嫌なら、私のことはほっといてよ……」
メルは呟くようにそう言うと、膝を抱えました。
「おとうさんに会いたい……」
三十分ほどして、メルがうとうととし始めた頃。ノックの音でメルははっと目を覚ましました。
「どうぞ」
少しだけぶっきらぼうに許可を出します。ドアが開いて、中に入ってきた人を見て、メルはびっくりして目をまん丸にしました。
「おかあさん……」
そこにいたのは、メルのおかあさんでした。以前と変わらず、冷たい目でこちらを見つめてきます。おかあさんはこちらへと歩いてくると、テーブルの上に小さな桶を置きました。
「ご飯よ」
「あ……。うん……」
桶を見てみると、どうやらお寿司のようです。出前でも頼んでくれたのでしょうか。テレビで見るような、とても高いお寿司のようです。お魚の名前はまだ覚え切れていないので、どれがどれかはよく分かりませんが。
「しっかり食べなさい」
おかあさんはそう言うと、踵を返してしまいます。ドアの方へと、歩いて行ってしまいます。
思わず。本当に、咄嗟に。メルは走っておかあさんの服の袖を掴みました。おかあさんが、びくりと体を震わせたのが分かりました。
「なによ」
おかあさんの冷たい声が聞こえます。ですが、少しだけ、震えているように聞こえました。
メル自身、どうして引き留めたのか分かりません。ただ、分からなくても、引き留めてしまった以上は、何か言わないといけません。
「あ、あのね……」
「…………」
「ご飯……、一緒にいてほしい……」
おかあさんは、あからさまに大きなため息をつきました。それでも、嫌とは言いませんでした。何も言わずに、テーブルへと戻ってくれます。これも、メルがハイエルフと知ったからこその対応なのでしょうか。メルには分かりません。
改めてテーブルについて、メルはお箸を手に取りました。
「それ、使えるのね」
何のことか分からずに、メルは首を傾げます。おかあさんを見ると、その視線はメルが持つお箸に向いているようでした。
「あ、うん。練習したから」
「そう」
それきり、おかあさんは何も言ってくれません。でも、ちょっとだけとはいえ、メルに興味を持ってくれました。それが少しだけ、嬉しいです。
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ではでは。




