91 捜索
その日、公園は重苦しい空気に包まれていた。
この町で大きな事件というのは、あまり起こっていなかった。多くの人が施設に協力的で、それ故の監視網、情報網がしっかりと構築されていたためだ。事件が起きても、そのほとんどがすぐに解決されてきた。
だが今回は、誰もが解決策を見いだせずにいる。
誘拐事件の全てを見ていた職員の証言は、その男は唐突に、どこからともなく現れて、メルの腕を掴み、そして忽然と姿を消してしまった、というものだ。
当然ながら誰もが一笑に付した。あり得ない、と。その職員は共犯ではないかと疑われたほどだ。
だが職員の証言は、子供たちの安全のためにと公園に設置されていた監視カメラによって証明されてしまった。本当に、証言の通りだったためだ。
方法が分からない。どのようにして、攫ったのか分からない。まるで魔法のような映像。
だからこそ、彼らの対応は素早かった。
「ん……。見てきた。魔力の痕跡があった」
「ああ。間違い無くエルフの仕業だ。奴ら、やはり諦めてはいなかったらしい」
施設の、修司の部屋で勇者と魔王が話し合う。アイリスの結界の魔法により遮音されているため、秘密の話には最適の場所だ。アイリスとケイオスは、扉の側で言葉を交わす。ちらちらと、窓際の椅子に座る修司を盗み見ながら。
修司は黙り込み、じっと窓の外を睨み付けている。不機嫌というのがよく分かる。先ほどまで、修司は外へと飛び出そうとしていたぐらいだ。ことがことなので、仕事も休みだ。行けるはずがない。今も、手がかりを探しに行きたいと思っている。
だがアイリスとケイオスがその修司を止めた。無駄だ、と。二人曰く、今回の事件は間違い無くエルフが関わっているらしい。
「申し訳ない」
ケイオスの声に、修司が振り返る。アイリスとケイオスの二人は、沈痛な面持ちで顔を伏せていた。
「警戒していたつもりだったが、まさかこのような手段を用いるとは思わなかった……」
今回のエルフがやったことは、単純なことだ。転移魔法でメルの側へと向かい、そのままメルを連れて再び転移魔法で去ってしまうというもの。だが、単純ではあるが、実際には難しいことのはずだった。
この世界に来るためには、儀式を通して神に許可を取る必要がある。メルを溺愛している神がそれを許可するはずがないので、この世界に来ることはまず不可能だと思っていた。できたとしても、メルなら空間の揺れに感づけるはずだった。
だが実際には、エルフはいつの間にかこの世界に来ており、そして場所と場所を繋ぐ転移でメルを攫った。世界を跨がないのなら、神の許可はいらないらしい。だがそれでも空間の揺れというものは発生するはずで、それもやはりメルなら気づけるはずだった。残された魔力から、ほとんど無抵抗で連れて行かれたとのことだ。
「つまり、どういうことだ?」
「考えたくないことだが……。神が関与している。我らの世界の神ではなく、この地球を管理する神だ」
その答えに、修司は大きなため息をついた。考えていなかったわけではない。ないが、考えたくはなかった。
何となくだが、地球の神はあまり良い性格をしていないと思っていた。でなければ、異世界の神が送られてきた地球人に加護なんてものは与えないだろう。もしかすると、異世界人がいることも、この世界の神にとってはあまり許容できるものではなかったのかもしれない。
エルフとこの世界の神が協力関係にある。想定していた最悪よりも最悪だった。
「メルの居場所は?」
修司の問いに、アイリスが答える。
「この世界のどこか」
「異世界の可能性は?」
「ない。私たちの世界に行ったのなら、あの神が黙っているわけがない」
確かに、と修司は頷く。アイリスの言う通り、メルが異世界に連れ去られたのなら、あの神が介入するだろう。
「詳しい場所は、捜索中だ。勇者と手分けして、探知の魔法をかけている。人間の足で探し回るよりも早く見つかるはずだ。このまま待っていてほしい」
「ああ……。分かった……。分かってる……」
分かっている。二人に任せるのが一番だと。だが、理解してはいても、はいそうですかと納得できるはずもない。
「シュウ。お願い。落ち着いて」
いつの間にか、アイリスが側にいた。そっと、修司の手を握ってくる。アイリスが真っ直ぐに修司の瞳を見つめてくる。
「すぐに見つけてみせる。だから、私たちを信じて、待ってて」
「…………。分かった……。頼む」
「ん。任せて」
修司の絞り出すような声に、アイリスは安心させるようにしっかりと頷いた。
壁|w・)ごめんなさい、いつもより短めです。
この先はメル視点となりますので、どうしてもここで切っておきたかったのです……。
次の更新は4日、つまりは偶数日更新に戻ります。
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ではでは。