90 メル(視線)
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「ぬっくぬっくぬくぬくー」
週末の放課後。メルはアイリスおねえちゃんと一緒に、喫茶店に向かっていました。まだまだ寒いので、クリスマスにもらったもこもこなセーターやマフラーを着ています。ぬくぬくであったかです。
「ん……。ご機嫌だね、メル」
手を繋いでくれているおねえちゃんが言います。メルは頷いて、
「うん! おねえちゃんと一緒だし!」
「ん……。そう?」
「うん!」
「ん……」
おねえちゃんがちょっとだけ顔を赤くしています。照れているようです。もっとおとうさんの前で、こんな顔をすればいいのにと思います。
そうして二人でのんびりと歩いていると、スマホを片手に歩いている人がいました。最近よく見かけますが、何かのゲームでもはやっているのでしょうか。メルはあまり興味がないので、そういったゲームには疎いのです。
そうして横を通ると、最近ではいつものことですが、じっと見られているのが分かります。そして、おねえちゃんが半眼で睨み付けるのもいつものことです。
「なに?」
「ひっ……。いえ、なにも……」
そそくさと、その男の人が立ち去っていきます。何が起こっているのか分からずに、メルは首を傾げてしまいます。
「おねえちゃん、どうしたの?」
「ん……。何でもない。シュウたちの懸念が正しかっただけ」
「けねん?」
意味の分からない言葉です。メルが首を傾げ続けていると、おねえちゃんは肩をすくめてメルを撫でてきました。ただ、もこもこの帽子のせいで撫でにくそうではあります。
「気にしなくていい。何があっても守ってあげる」
「それって、最近はずっと近くにいるケイオスさんと何か関係ある?」
「え……。あ、その……。まあ、少しは……」
珍しくおねえちゃんが狼狽えています。まさかメルが気付かないと思っていたのでしょうか。神様の加護はなくなっても、メルの魔力は変わらないのです。そして、魔力を感じる感覚も。おねえちゃんやケイオスさんほどの魔力の持ち主なら、近くにいれば分かるのです。
「ん……。まあ、いいかな……。私が側にいない時に何かあったら、魔王を呼ぶんだよ?」
「はーい」
どうやら、メルは何かに狙われているようです。それが何かは分かりませんし、おねえちゃんの様子を見ると、命の危険があるようなことでもないのでしょう。それでも、あのおねえちゃんやケイオスさんが警戒する程度の事態ではあるようです。
何かあったかな、とメルは不思議に思いながらも、喫茶店へと向かいました。
喫茶店のいつもの席に座ると、これもやっぱりいつも通りに、誠さんがケーキを出してくれました。今日のケーキは苺のタルトです。
「メルちゃん。ここに来るまでに変な人に会ったりはしたかい?」
早速タルトを食べようとしたところで、誠さんが聞いてきました。変な人と言えば、途中ですれ違った人ぐらいでしょうか。そう言おうとしたところで、
「あ、メルちゃん! いらっしゃい!」
背後からぎゅっと抱きしめられました。誰かは聞かなくても分かります。いきなり抱きついてくるのは、奏おねえちゃんぐらいです。
「大丈夫だった? ここまで何もなかった?」
奏おねえちゃんまでがそう聞いてきました。なんだか今日は、みんながメルの心配をしてきます。何があったのでしょうか。不思議に思いながらも、メルは首を振りました。
「だいじょうぶだよ。なんだかじっと見てくる人はいたけど」
「え」
誠さんと奏おねえちゃんが、何故か固まってしまいました。メルが首を傾げる間に、誠さんの視線がアイリスおねえちゃんの方へと向かいます。アイリスおねえちゃんは肩をすくめて言いました。
「不審者、というほどではなかったけど、少し怪しい人ならいた。でももう近くにはいない。電車に乗ったから、帰ったと思う」
これにはメルが驚きました。どうやらおねえちゃんは、何らかの手段で監視していたようです。この場にいなくて、先ほど少し離れたらしいケイオスさんと何か関係あるでしょうか。
それならいいか、と誠さんと奏おねえちゃんが安心したのが分かりました。やはり、何か隠しているようです。
「ねえ、どうしたの?」
メルが聞くと、いや別に、と三人ともが目を逸らします。メルが負けじと三人を順番に見ていると、やがて根負けしたように奏おねえちゃんがため息をつきました。
奏おねえちゃんが、ノートパソコンを上の部屋から持ってきます。そうして見せてもらったのは、数ヶ月前の、運動会の映像でした。それも、メルとアイリスおねえちゃんが映っているものです。
「わ、運動会だ! おねえちゃんが撮ったの?」
「残念ながら違うのよ。他の、誰かのお父さんかお母さんが撮ったやつを、動画サイトに投稿したの。まあ元動画はとっくに削除されていて、これは誰かが保存したものがさらに投稿されているんだけどね」
「へえ……」
「で、こうしてメルちゃんたちが映っていて、最近話題になってるのよ。金髪幼女とか銀髪少女とか、それ以上に、エルフだって」
「うん。エルフだし……、あ」
ようやく。メルにも理解できました。なるほどこれは、少しどころか、とてもまずいことになっています。この世界にエルフはいないのですから、みんなびっくりしているはずです。
「じゃあ、あのすれ違った人も?」
「ん。多分メルを見に来た一人」
アイリスおねえちゃんが答えてくれました。その顔は、少し疲れているようにも見えます。
多分ですが、きっとアイリスおねえちゃんは何とかしようとしてくれたのでしょう。あらゆる魔法を使って、記憶や情報を消そうとしたのかもしれません。
ですが、それはできないことだとメルにでも分かります。この世界の知識としておとうさんから教わったことに、インターネットのこともありました。あらゆる人が繋がって、情報をやり取りする。そんなイメージです。
物理的に存在するものなら、おねえちゃんも何かしらできたかもしれません。ですが今回のものは、あくまで情報です。実体なんてあるはずのないものです。魔法で手出しすることなどできない領域だということです。
「どうしようもないよね……」
メルがしょんぼりと言うと、アイリスおねえちゃんも神妙な面持ちで頷きました。誠さんや奏さんも重々しく頷いています。
「幸いというべきか、悪いことで拡散しているわけじゃないから、滅多なことにはならないとは思うけど」
「でも、できるだけ人目があるところにいないといけないからね?」
誠さんと奏おねえちゃんの言葉に、メルはしっかりと頷いておきました。
それからも、メルをじろじろと見る人は後を絶ちませんでした。学校の往復はもちろんのこと、喫茶店へ行く時も誰かがいるようです。見てくるだけで何もしてこないのですが、気になり始めると止まりません。少し、いえかなり、迷惑です。
もちろん事情を知った先生たちや施設の職員さんもどうにかしてくれようとはしています。見回りを増やしたり、メルの登下校に同行したり。それでも、視線はなくなりません。
視線だけでなく、何かしらメルに手を出してきたら、それならきっと話は簡単だったのでしょう。おねえちゃんやケイオスさんがすぐに捕まえるはずです。
ですが、直接的には被害がないので、誰も何もできない状況になってしまっているのです。
「むう……。いつまで続くのこれ……?」
メルとしては、もっと遊びたいのです。今までのように、友達と鬼ごっこをしたりと公園で遊びたいのです。けれど、こんな状態なので、大人の目の届く場所にいるようにと言われています。
本当に。退屈で。おもしろくない。
そんなことを思っていて、思っているからこそ、メルは楽観的になっていたのでしょう。
「え?」
公園の砂場で遊んでいると、気付けば目の前に男の人が立っていました。ですが、メルは警戒していなかったわけではありません。本当に、急に、現れたのです。
そして、メルはその男の人に腕を掴まれました。
「メルちゃん!?」
職員のおばさんの声が聞こえます。メルはそれをどこか遠くに聞きながら、目の前の男を見ていました。彼の耳を見ていました。その、尖った耳を、エルフの耳を見ていました。
「あ……」
メルがそう認識した直後、目の前は真っ暗になっていました。
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壁|w・)次回の投稿は2日です。
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ではでは。




