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「当然だけど、私が戻る日を知ってるのは君たちだけだからね。だからエルフたちが気付くことそのものがない可能性もあるけど、絶対とは言い切れないから」
「あれだけ愛し子に執着しているのだ。楽観視はできまい」
「それはまた……、本当に面倒だな……」
修司はメルと一緒に暮らせればそれでいいというのに、一体どこまで邪魔をされるのだろうか。もうそろそろいい加減にしてほしいものだ。
「あと、最後に、シュウ」
「ん? なんだ?」
「私は、いつでも君を歓迎するよ。もしもの時は頼ってね。遠慮しなくていいから」
「え? ああ、うん……。分かった」
何となく、その言い方に嫌な予感を覚えるが、問い詰めることはできない。したとしても、何も答えてくれないというのが分かるから。
「それじゃあ、帰るとしようかな。メル!」
犬の声に反応して、メルがこちらへと駆けてくる。犬が、帰るよと言うとメルが顔を歪ませた。犬を抱き上げて、ぎゅっと抱きしめる。
「寂しい……」
「うん。私も寂しいよ。けれど、メルにはお父さんたちがいるでしょ?」
顔を上げたメルと目が合う。メルは少しだけ恥ずかしそうにはにかむと、犬へと頷いた。
「うん」
「よし。君も、何かあったら帰ってくるんだよ? 何をしてでも助けてあげるからね」
「うん……。ありがとう、神様」
「うん。どういたしまして」
それじゃあ、と犬が言った瞬間、犬の姿は忽然と消えていた。アイリスたちを見ると、小さく首を振る。どうやらもう帰ってしまったらしい。
「うう……」
泣きそうになるメルを抱きしめてやる。なんだかんだとメルとあの犬はとても仲良く遊んでいた。実際の関係は分からないが、友達を失ったような、そんな感覚かもしれない。
メルが修司にしがみついてくる。その背中を優しく撫でてやる。
まだ薄暗い公園で、メルのすすり泣く声だけが聞こえていた。
・・・・・
「おにはそとー!」
「ふくはうちー!」
院長室の外から、子供たちの元気な声が聞こえてくる。それにはメルの声も含まれていて、修司は頬を緩めつつ、少しだけ不機嫌そうに眉をひそめるという少し複雑な表情をした。
今日は節分。放課後である今は、子供たちが豆まきをしている。本来なら修司もメルと一緒にするつもりだったのだが、さあやろうという時になって、院長から呼び出しを受けてしまった。
「悪いけど手短に頼む。メルと一緒に豆まきしたいからさ」
「子供かお前は。豆まきぐらいメルだけでもできるだろう。他の子や職員の皆さんもいるんだぞ」
「それとこれとは話が違う。俺が、メルと、豆まきしたいの」
「本当にお前は……。一年前のお前が自分を見るとなんて反応するだろうな……」
院長は呆れ果てたようなため息をつきつつ、修司を手招きしてくる。怪訝そうにしつつも、修司は院長のデスクへ。そして院長が見せてきたのは、ノートパソコンの画面だ。
このノートパソコンは運営に関する書類の作成の他、施設のホームページの作成にも使われている。施設でのイベントや行事の写真、施設の様々な部屋を紹介している。子育ての相談も受け付けていて、毎日数件の悩みのメールが寄せられるそうだ。
ちなみに写真には子供の後ろ姿は写っていても、顔は絶対に写らないようにしている。子供の将来を考慮しての、院長なりの配慮だ。
だが今、院長が見せてきた画面は、そういった書類やホームページではなく、動画サイトだった。
「なんだよ。サボりか?」
「真剣な話だ。最近、問い合わせがあってな。この子供はこの施設の子かと」
「はい?」
どういうことかと画面を見る。院長が再生した動画は、運動会のものだ。とても見覚えのある運動会で、そして同時に、とても、とても、嫌な予感がした。
撮影されているのは、借り物競走だ。そして、ゴールへと走る、金髪幼女と銀髪少女。紛れもなくメルとアイリスである。
口を半開きにして絶句する修司に、院長が言う。
「動画のタイトルは、運動会で美少女発見、となっていて、説明欄にはおそらくここの施設の子だという記載があった。サイトの運営元には連絡しておいたから、じきに削除されるだろうが……」
なんだろう。嫌な予感が強くなる。頬を引きつらせる修司へと、院長が無情に告げた。
「すでに拡散された後で、いくつも転載されている。全ての削除は難しいだろうな」
「そう……。そうか……」
その場で頭を抱えてしまう。これは、予想しておくべきことだったかもしれない。運動会は不特定多数の人が集まるのだから、こういった常識のない阿呆がいることも考慮しておくべきだった。
「ショックを受けているところ悪いがな……。まだある」
「げ」
「メルの耳にも注目されている。リアルエルフだと騒ぎになっているぞ」
「最悪だなちくしょう!」
修司自身があまりパソコンやインターネットに触れないために、気付くのが遅れてしまった。もっとも、早期に気付いたところで、何かができたとも思えないが。これは、もっと最初から考えておくべきことだったのだ。
「俺はどうすればいい?」
院長へと問うと、彼にも解決方法はないのだろう、難しい表情で唸っている。それだけで修司の気が重たくなるというものだ。
「少しでも気に掛けるしかない、か……」
「そうだな……。学校にはこちらから連絡しておこう」
「悪いけど……。いや、俺から電話しておく。メルのことだし」
メルは確かにここで暮らしているが、それでも施設の子というわけではない。院長の手を煩わせるわけにはいかない。院長なら気にしないだろうことは分かっているが、それでもこれは、修司の娘の問題だ。
「そうか。なら、そうするといい」
それを聞いた院長は、どこか嬉しそうに頬を緩めていた。まるで修司の成長を喜ぶかのように。何となく気恥ずかしく思って、顔を背けてしまう。
「十分に気をつけるようにな」
院長の言葉に修司は頷いておいた。
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