87 スキー
冬休み最後の月曜日。
「犬は本当に神様だったんだな……」
「どういう意味かな?」
修司は目の前の光景をぼんやりと眺めながら呟いた。なお、現実逃避が思考の九割を占めている。残り一割は色々と諦めて、そして受け入れたところだ。
修司の目の前に広がる景色は銀世界。もこもこメルがアイリスと一緒に大きな雪の塊を作っている。かまくらを作るんだと、珍しくアイリスも張り切っていた。
ケイオスはと言えば、少し離れた場所で地面の氷をくり抜き、釣りをしている。メルが、テレビで見た小さいお魚さんを見てみたい、と言ったためだ。ちなみに料理する準備も終えている。食べるつもりらしい。メルが泣かないか少しだけ心配だ。
側には小さい丘がある。そして犬が用意したというスキー板。ついでにそり。
とりあえず修司は、現実逃避していた思考も全て諦めの方へと変えた。考えるだけ無駄である、と。
発端は、日曜日の夕方だ。施設のみんなと犬の散歩に出かけ、そして帰ってきたメルはもう少しで犬とお別れなのを悲しんでいた。どうせなら、もっといっぱい遊びたい、と。
それを聞いたアイリスが、どこからか雑誌を持ってきた。以前メルが興味を持った記事だとそれを指し示す。スキーの特集だ。
今から予定を組んでも、すぐには行けない。そう言おうと思ったのだが……。
よし。それじゃあ日帰りでスキーに行こう。
とても軽い犬の言葉。よろしくとアイリスは犬に言っていたが、その信頼はどこから来ているのだろう。修司としては半信半疑であったが、メルが大丈夫だと言うので出かける準備だけはしておいた。
そして翌日。犬の転移によってこの銀世界にたどり着いたというわけだ。
犬曰く、地球のどこか。日本かどうかも分からない。雪がたくさんあってスキーができる程度の山もあってあと近くに凍った池があるといい、人はだれもいない場所という条件で探し出した場所らしい。アイリスたちが使う魔法以上の理不尽を感じてしまった。
ともかく、こうした経緯で修司たちはスキーに訪れていた。いつの間にかスキーではなくかまくらを作り始めているが。
「できた!」
メルの歓声に、修司は思考を引き戻した。メルたちの方を見ると、それなりに大きなかまくらができている。四人が入ってもまだ余裕があるほどには大きい。
少しだけ、崩れないか心配だ。修司がそう言うと、
「ん。大丈夫。結界で補強してある。崩れない」
「そっか。色々と本末転倒のような気もするけど、何も言わないでおくよ」
「ん」
アイリスは頷きつつ、かまくらの中へと入る。メルもそれに続いて、修司と犬も入る。
「おとうさん見て見て! 椅子も作ったの!」
メルが指し示す先には、雪の塊がある。背もたれはないが、一応座る場所らしい。修司はメルを撫でながら、
「うん。すごいぞ。よく頑張った」
「えへへー」
ふにゃりと笑う娘がかわいい。とりあえず抱きしめておく。
「わーい」
逃げることなくしがみついてくれる。そんなメルの頭を撫でていると、呆れたような視線のアイリスが視界に入った。やれやれと首を振りながら、アイリスがどこからともなく七輪を取り出した。
「おもち買ってきた」
「おもち!」
「おもち!」
メルだけでなく犬も反応した。
早速三人で準備をする。ちなみに七輪を用意したはいいものの、火はアイリスの魔法だ。七輪の意味はあったのだろうか。
網にお餅を載せて焼いていく。少し待つと、お餅がぷっくりと膨らみ始めた。おお、とメルと犬が歓声を上げる。これは年末の餅つきでは見られない光景なので新鮮なのだろう。
「ぷくーって! 風船みたい!」
「はは……。ちなみにあまり膨らませると破裂するからな。膨らんできたらもうほぼ食べ頃だから、早めに食べるように」
「うん」
アイリスが小皿を取り出して、それに醤油をたっぷりと入れる。お皿とお箸を渡されたメルは、早速お餅を小皿に載せる。お餅を口に入れて、みょーんと伸ばしながら食べる姿はリスのようだ。
犬もお餅を食べている。こちらも伸ばしながら、なんだか必死に見える。
「犬ってお餅良かったっけ……?」
「私は犬じゃないからね?」
犬を見ながらの修司の言葉に、犬が半眼で睨み付けてくる。そう言われても、やはり見た目は犬なのだから仕方が無い。修司が肩をすくめると、犬はそっぽを向いてしまった。
「メルー。君のお父さんがいじめるよー」
こいつメルに泣きつきやがった。呆れる修司の目の前で、メルはお餅をもぐもぐと食べながら犬と修司を交互に見て、
「えっと……。なに?」
こてん、と首を傾げた。どうやら聞いていなかったらしい。
「ああもう! あざといけどかわいい!」
犬がメルの頭によじ登る。メルは驚きながらも、特に拒否はしなかった。
そうしてお餅を食べ終えた後は、スキーだ。かまくらを出て、丘へと向かう。ケイオスはまだ魚釣りを続けるらしく、小さい穴に糸を垂らしてじっと見つめている。少し怖く思えてしまうのは自分だけだろうか。
「メル。これに乗って」
「え? これ?」
犬に促されて、メルはそりに乗った。そしてそれに繋がっている細いロープを犬がくわえる。まさか、と修司が思うよりも先に、犬が走り始めた。丘の上へと。
「おお……。いや、え? アイリス、いいのかあれ。仮にもそっちの神様だろ?」
メルを乗せたそりを引っ張っていく神様。アイリスは修司を一瞥すると、
「犬だから仕方ない」
アイリスは、考えることを放棄したようだ。この話題に触れるのは避けた方がいいかもしれない。
丘の頂上まで来たところで、スキー板を準備する。ただ、やはりメルはまだ幼いので、スキーではなく引き続きそりだ。子供用の板とスティックはあるので、後で軽く練習はしようと思う。無駄にはならないはずだ。
アイリスにも教えようと思ったが、何となく分かるということだったので、様子を見ることにする。
そうして犬が引っ張っていくそりを、修司が滑って追いかけていく。軽く振り返れば、アイリスも器用に滑ってくる。本当に、見ただけで何となく理解ができたようだ。これも一種の才能だろうか。少しだけ、羨ましい。
「すごい! はやい!」
「どんどんいくよー!」
「でも怖い!」
「遅くするよー」
メルと犬はなかなか楽しそうだ。メルは余裕があるのか、時折こちらへと振り返って手を振ってくる。修司が振り返すと、嬉しそうに笑ってくれた。
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ではでは。




