09
メルが学校に通い始めて一ヶ月が経った。最初は不安だったメルの学校生活も、今では落ち着いたものだ。学校での友達もできたらしく、毎日楽しそうに学校に通っている。懐いてくれていた義理の娘が遠くに行ってしまった気がして、修司としては複雑な心境だ。
だが決してメルが修司から離れたというわけではない。施設にいる時は今もべったりだ。おとうさんおとうさんといつも後ろをついてきて、とてもかわいい。俺の娘は世界一かわいい。
修司の生活リズムも学校に合わせて少しだけ変化した。
六時過ぎに帰宅後、メルが学校へと向かう七時半までは一緒に過ごす。その後に風呂に入って九時に就寝、夕方三時頃に起床、すでに帰宅しているメルと遊び、夕食を共にとり、メルが寝てから職場に向かう。そんな流れだ。
ただ、最近は自分に対して少し不安になっている。自分は、ちゃんと父親になれているのだろうか。
「その辺りどう思う?」
「俺に聞くな」
夜。仕事に行く前に院長に相談したところ、そんな返答だった。頼りにならない。
「俺じゃなくてメルに聞け」
「お父さんはちゃんとお父さんやれてますかってか? なかなか滑稽じゃないか?」
「そうだな。よしやれ。録画しておいてやる」
「ふざけんな」
軽口を交わして、そして二人同時にため息をついた。
修司が父親をできているかはともかく、メルは随分とこの世界に馴染んだものだ。散歩も一人で行けるようになったし、修司に何かを聞いてくる頻度も少なくなった。少し寂しい。
「いいことじゃねえか」
「そうだけどさ……」
修司としては、なんだかんだともっと構ってやりたいのだ。いずれ遊園地とか動物園とかに一緒に行きたいとは思っているが、修司の休みが不定期で、その上基本的に平日しか休みにならないので、なかなか実行に移せない。
せめてメルが男の子ならキャッチボールとか、そういったことに誘えるのだが、女の子にはどう接すればいいのだろうか。
「気にしすぎだと思うぞ」
修司が悩んでいると、院長が呆れながら言った。
「え?」
「多分だが、メルは修司がすることなら何でも喜ぶ。買い物でも散歩でも、キャッチボールでも喜ぶと思うぞ。あの子の様子を見ていると、な」
院長曰く、メルが学校から帰った後、修司が起きるのを今か今かとずっと待っているそうだ。お手伝いをしつつ、ずっと。そんなメルを、皆は微笑ましく見守っているらしい。
「いや、でも、キャッチボールは……。怪我するとさ……」
「怪我? あの子が?」
「あー……。例えば、だよ……」
実際のところ、メルが怪我をするとは思えない。魔法があるから、というのももちろんあるが、それ以上にどうやらメルは何かに守られているらしい。
歩いている時につまずいた時も、突然の突風でこけることはなく。曲がり角で走っている人とぶつかりそうになった時も、走っている人の靴紐がほどけたようでぶつかることはなく。怪我をする要因は尽く潰されている。
メル曰く、魔法は使っていないそうだが、心当たりはあるらしい。話したくないことのようで泣きそうな顔をされたので、聞き出してはいないが。
「オカルトが過ぎるな」
院長の言葉に、まったくだ、と修司は苦笑した。
「だが、遊園地はいい案だと思うぞ。連れて行ってやったらどうだ」
「いやでも、休みが……」
「いつもシフトで無理を聞いているんだろ? 相談してみろ」
それもそうか、と修司は頷く。いつも修司はアルバイト先で、夜勤に限ってではあるが、急な欠員の時はできるだけ対応してきた。予定していた休みが潰れたことも多々ある。それで交渉すれば、二連休ぐらい作ってくれるかもしれない。
「ちょっと相談してみるよ」
「ああ。そうしろ」
修司は頷くと、そろそろ時間だからと院長室を後にして、バイト先に向かうことにした。
修司の勤務時間は夜の十時から翌朝六時までの八時間、休憩時間は一時間となっている。当然ながら勤務開始の時間は店長はいないが、退勤前、だいたい五時頃には出勤してくる。
その日の仕事、入荷や掃除、補充、棚整理を五時までに終わらせた修司は、五時過ぎに出勤してきた店長と話をする時間を作ってもらうことができた。
店長は二十後半の女で、店長としては若い方だろう。若いといっても、修司よりは年上だが。ショートカットの黒髪で、快活な印象を受ける。その印象に相違なく、いつも笑顔で、この人がいるだけで店の雰囲気が明るくなるほどだ。
相談したいことがあると修司が店長に言うと、店長は仕事が終わっていることを確認してから承諾してくれた。
バックルームのデスクで向かい合って座る。店長が買ってくれた缶コーヒーを片手に、早速二連休が欲しいと切り出した。
「二連休!? 霧崎君が!? どうしたの、事故に遭う予定でもあるの!?」
「事故に遭う予定って何ですか。店長は俺を何だと思ってるんですか」
「サイボーグ」
「なんでだよ」
思わず真顔で修司が言うと、店長はくすくすと小さく笑う。いちいちその仕草がかわいらしい。もうすぐ三十路の人とは思えない。
「今何か、失礼なこと考えなかった?」
「いや、まさかそんな……」
ははは、と誤魔化す修司と、ふふふと笑いながらも目が笑っていない店長。なかなかの迫力だ。いつも明るい店長だが、年齢に関する話題は絶対の禁忌となっている。
「まあ、いいけど。二連休だったね。もちろんいいけど、どうしたの?」
「いや、実は娘ができまして」
「え!? ……ああ、そっかあ……。大変だったね……」
「おいちょっと待て。今斜め上どころかぶっ飛んだ納得の仕方をしませんでした?」
「ちょっと言えない遊びで子供ができちゃって、押しつけられたんでしょ?」
「あんたは本当に俺をなんだと思ってんの?」
誓って言うが、修司はそういった遊びとは無縁の男だ。興味がないわけではないが、それよりも今後のためにお金を貯めたいと思っている。そっちの遊びは、まあ、そのうち、だ。
まあ冗談だけど、という店長と、思わず半眼になる修司。本当に冗談なのか、それなりに長い付き合いになる修司でも判別がつかない。
だが修司の言い方にも問題があったと思う。結婚もしていない、彼女もいない男がいきなり娘ができたと報告したら、よくない方向に考えられても仕方がない。修司が店長の立場ならやはり同じことを考えるはずだ。
壁|w・)今日はここまで。
読み直しで思ったこと。さすがにこの部分は遊びすぎたかもしれない。
というわけで、遊園地回です。あっさりの予定ですが。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。