84 話し合い(メル)
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メルは自分の部屋に入って扉を閉めて、鍵をかけました。ついでに遮音の魔法も使っておきます。これで神様との会話が漏れることはありません。
メルは神様を机の上に下ろすと、自身は椅子に座りました。
「はい。これでいい?」
「うん。悪いね。大好きなお父さんと別々にして」
「うん。ちょっとおこってる」
「あ、はい。すみません。いやほんと、ごめんね?」
申し訳なさそうな神様に、メルは苦笑いします。エルフの里から出た時にも、今の姿とは違う、銀髪の女の子の姿で会いましたが、その時もとても腰が低い対応でした。メルの方が困惑したものです。その時に二、三日ですが一緒に過ごしましたが、本来はとても明るくて無邪気な性格のようでした。
「そう言えば、どうして犬なの? あっちだとアイリスおねえちゃんみたいな姿だったのに」
「うん。そろそろこっちでの私の力が尽きちゃうからね」
え、とメルが凍り付き、それに気付いているのかいないのか、神様が続けます。
「こっちの神様と交渉して、特例としてお邪魔してるだけだからね。力が尽きたら、私はあっちに帰るよ。いや、帰るも何も、この私はただの分体なんだけど」
「えっと……。分体?」
「うん。本来の私の力をちぎって、だいたい一パーセントぐらい、かな? それをこの世界に派遣してるんだよ。本来の私はちゃんとあっちの世界の管理をしています」
「そうなんだ」
それは初めて知りました。こちらの世界に来てからも、メルはずっと神様の力を感じています。神様が見守ってくれていることを知っています。だからこそ、神様はどこの世界も同じ神様だと思っていました。ですがどうやら、世界ごとに違うようです。
なるほどー、とメルが納得しそうになったところで、神様が少し慌てて言います。
「あ、ちょっと待って。勘違いされそう。どの神も、一つの世界だけ管理してるわけじゃないからね。私も三つほど管理してるよ。古い神様だと、十とか管理してたはず。もちろん精霊たちに色々任せてるんだけど」
「へえ……。あれ? それは私に話してもいいの?」
「だめだね! 忘れて!」
メルの顔が引きつりました。続いて、小さくため息をつきます。この神様は性格なのか、時々話しちゃだめなことを漏らしているような気がします。
「話を戻すけど、力が尽きそうだからこの体が限界なんだよ。あと一週間ぐらいなら大丈夫だけど、それを過ぎたら私はもうこの世界には干渉できなくなる。今までみたいにすごく運が良い、とかはなくなるからね」
「うん……。普通になるだけだよね」
「そうともいう」
メルにとってはいいことかな、と神様は笑います。メルは頷くと、神様はちょっとだけ寂しそうに見えました。
「あとは、この間みたいに頼み事をされても、もう応えられないよ」
「うん……。あれが特別だから。私も、しないよ」
「うん。なら良し!」
朗らかに神様は笑います。けれどやっぱり、少しだけ寂しそうです。
神様はずっとメルのことを見守ってくれていました。助けてくれていました。メルのことを好きになってくれた理由は分かりません。以前聞いた時も、笑って誤魔化されただけでした。それでも、神様はずっとメルのことを守ってくれていたのです。
「神様。今までありがとうございました」
ぺこりとメルが頭を下げます。神様は一瞬面食らったようでしたが、すぐに破顔して言いました。
「いや、まだもう少しいるからね。それともメルは、私に早く消えてほしい?」
「そんなことないよ。まだ神様と遊んでないし」
大事なお話は、きっとこれで終わりです。メルが神様を抱えると、冗談だったんだけどなあ、と神様が苦笑したのが分かりました。ということは、一緒に遊ばなくてもいい、ということでしょうか。メルは、今までお世話になりましたし、一緒に遊びたいのです。
神様は顔を上げると、言いました。
「それじゃあ、遊ぼっか。お父さんにさっきの話をするかは任せるよー」
「じゃあしてくる!」
「あ、うん。……あれ? 気を遣った意味なかった……?」
神様は首を傾げていますが、どうしてかは分かりません。とりあえず、おとうさんにお話をすることにしました。
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「つまり纏めると、もうすぐ異世界の神様は地球からいなくなって、メルへの加護もなくなる、てことか?」
「そういうことだねー」
院長室に戻ってきたメルの話をざっくりと纏めてみると、犬が頷いた。修司の解釈で問題ないらしい。
それにしても、と思う。これはメルの、愛し子に関わる重要なことだ。この先、メルは愛し子ではなくなる、ということなのだから。それを考慮して、神様はメルに気を遣って、最初にこの子にだけ話をしたのだろうと思う。
その気遣いを一切無視していきなり話してしまったメルを、褒めればいいのか呆れればいいのか、もしくは怒ればいいのか分からない。修司が何とも言えない表情を浮かべていると、神様はふっと遠い目をして、
「それだけお父さんを信頼してるってことだよ。誇れ」
「ああ、うん。ありがとう。……その、ごめんな、神様。うちのメルが……」
「いいさ。空回りなんてよくあることだから」
犬の体で器用に肩をすくめる神様。最初から思っていたことだが、随分と人間くさい神様だなと思ってしまう。それが意味するところは、もちろん修司には分からない。
「それに、別にメルが愛し子でなくなるわけじゃないよ。この子が私の世界に来たら、また守ってあげる。もちろん、君もね。もしもの時は逃げてきたらいいよ」
「ああ、うん……。考えておくよ」
実際には、おそらく異世界に行くことはないとは思うが、それでもこの先何があるかは分からない。最後の手段としてなら……。
そこまで考えて、ふと、気になった。
「なあ、神様。随分とメルに惚れ込んでるみたいだけど、どうしてだ?」
メルは、修司から見ると外見的な特徴の違いはあっても、他の子供たちと大差ない。かつての生活環境から来るのであろう妙な考え方や、端々から感じる闇は確かにあるが、それでも今はもうほとんどただの子供だ。一体どこを気に入ったのだろう。
メルも気になっていたのか、抱いている神様に視線を落としている。神様は少し考えて、ああ、と納得したように頷いた。
「うん。誤解があるね。愛し子って呼んでるのは、あくまで人間や魔族、エルフたちだよ。私は気に掛けてはいるけど、好きかと聞かれると好きと答えもするけど、別にメルだけが特別好きってわけでもないかな」
「はあ……。つまり?」
「うん。まあ、ぶっちゃけると、ただの同情。それが私たち神様の加護だよ」
壁|w・)すみません、ちょっと遅れました……。
いわゆる説明回、です。




