83 神様
ん? 今、メルは、何と言った?
思考が凍り付く修司の前で、犬が、口を開いた。
「いや別に? 君は私の愛し子だからね。会いに来たんだよ」
そう言って、犬がまたわん、と吠える。なるほど。
「あざというざい気持ち悪い」
「ひどい! さっきまでべた褒めだったくせに! ぶーぶー!」
「ぶーぶーって……。え? マジでこれが神様なの? 勘弁してくれ」
「ひどい」
しょんぼりと犬が項垂れる。見た目は本当に可愛らしい子犬なのだが、言葉を発する上にメルが神と呼ぶなら、これはきっとそう言うものなのだろう。
「これって……。いくら私でも本当に傷つくよ?」
「神様。そんなことどうでもいいよ。何をしにきたの?」
「そんなこと。愛し子が冷たい……」
「もう……」
気落ちした様子の犬を、メルがよいしょと抱き上げる。よしよしとメルが撫でると、犬はあっという間に機嫌を直して尻尾を振った。やはり犬だ。間違い無い。
「人間の失礼な思考も許しちゃう。だって私は優しい神様!」
「メルも気を遣う読心の魔法を常時使うような奴は優しいとは言わないな」
「あー、うん。ごめん。それについてはごめん。でもこれ、オンオフできないの。魔法と違って常時発動型なの。いわゆるパッシブスキル」
一瞬だけ、修司は言われた意味が分からずに固まって。そしてすぐに頬を引きつらせた。異世界の神とやらは、何故か日本のゲームを知っているらしい。
「ゲームおもしろいよね。まるで自分が神様みたいに思えちゃう。神様だけど。神様だけに!」
「神様、あのね、ちょっとだけね」
「ん?」
「うざい、かな……?」
「…………」
犬が凍り付いた。メルからそんな言葉が出てくるとは思っていなかったらしい。修司も驚きだが、気持ちは分かる。修司も言いたくなるほどだ。
犬はしばらく呆然としていたが、やがて気を取り直したように声を張り上げた。
「それはともかく!」
「これ以上は哀れだから話題転換に付き合おう」
「ひどい人間だねほんとに! まあ、うん。というわけで、遊びに来たよ。遊んで?」
神様とは一体。頭が痛くなってきた。なんというか、もう、本当に。
「…………。とりあえず、帰るか」
「うん」
「おー」
色々と気が重たくなっている修司に、メルは申し訳なさそうな苦笑で、そして犬はやはり楽しそうに尻尾を振っていた。
「というわけで、神様だってさ」
「よろしくー」
「…………」
食堂の片付けをしていた院長を院長室まで引っ張っていき、そこで犬について簡単に説明したところ、院長が頭を抱えた。少し同情してしまうが、修司も人のことは言っていられない。
「面倒とは失礼だね。私神様! 悪い神様じゃないよ!」
「目の前に出てくる時点で私共にとっては害悪ですが」
「丁寧なようでものすごく失礼! でも嫌いじゃない!」
「…………。ここの子なら俺は殴っている自信がある」
「全面的に同意するよ……」
疲れたようなため息をつく院長に、修司も頷く。相手が神様ということで我慢しているが、一発どころか三発は殴りたい。
あー、と犬は妙な声を上げて、やがて申し訳なさそうに頭を下げた。
「うん。ごめん。ちょっと調子に乗った自覚はある。犬とはいえ地球で実体を持ったのは久しぶりだったからね、ちょっと嬉しかったの。ごめんね?」
「いえ、まあ……。はい。謝罪を受け入れましょう。それで、どういったご用件でしょうか?」
院長が姿勢を正し、犬へと問いかける。犬も心なしか真剣な表情になる。メルの腕の中にずっといるので威厳も何もないが。
「用があるのは愛し子にだけだよ。君たち人間に用はない」
それは、威圧感のある声だった。勇者と魔王とはまた違う、あの二人ですら足下に及ばないと分かるほどに威厳に満ちた声。それだけで、神という不確かな存在を認めざるを得なくなる。
ただし姿は犬である。
「その姿が全てを台無しにしている……!」
「し、仕方ないじゃないか! 今の私で作れる体がこれだったもの!」
ぴくり、と院長の眉が動いた。修司も今の言葉に違和感を覚える。何か、大事なことを言われた気がする。それを確認する間もなく、おっと、と犬は慌てたように、
「今のはなし。ともかく、私はメルにお話があるの。ちょっと二人にさせてね?」
院長が修司へと視線を投げてくる。お前が決めろ、ということだろう。修司は院長へと頷いて、犬へと言う。
「異世界に連れて行ったりはしないよな?」
「まさか。するわけないじゃない。私は全面的にこの子の味方だよ」
犬がメルの体を登り、その頭の上でふう、と落ち着いた。メルは少しだけ困ったような苦笑いだ。ただ特に嫌がっているようには見えない。どちらかと言えば、妹を見守る姉のような。
「七歳児に年下扱いされる神とは」
「なんなのさっきから!? 泣くぞ! 泣いちゃうぞ!」
ぺしぺしと犬がメルの頭を叩く。とばっちりを受けたメルは、けれど痛くないのだろう、やはり先ほどと同じような苦笑。この子はもう仕方ないなあ、という心境が見て取れる。
この様子なら大丈夫か、と修司は頷くと、犬へと言った。
「分かった。メルがいいなら、許可するよ。これでいいか?」
「うん。ありがとー。それじゃあ、メル、ちょっと付き合って?」
「はーい」
メルは犬を抱きかかえると、自室へと向かっていった。
院長室の扉が閉じられ、静かになる。ぱたぱたとメルの足音が遠ざかってから、院長が言う。
「良かったのか?」
「まあ、気にはなるけど、重要なことならメルが話してくれるさ」
修司は肩をすくめると、疲れたようにため息をついてソファに座った。
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ではでは。