82 初日の出
奏がおいでと手で合図をすると、メルは首を傾げながらも奏の元へ。奏がチーズのおつまみを指でつまみ、メルより少し高い位置でぶら下げる。メルはそれを、小さなジャンプをしてくわえた。まるで犬である。娘に何をしているんだこの馬鹿は。
だが修司が怒るよりも先に、院長の拳が奏の頭に落ちた。
「いったあ!」
たまらず悲鳴を上げる奏。だが自業自得だと誰もが無視する。修司ももちろん無視だ。
チーズを食べているメルはぱっと顔を輝かせた。口に合ったらしい。院長は肩をすくめると、未開封のおつまみセットをメルに手渡した。
「あとでお父さんと一緒に食べなさい」
「うん!」
頷いて、メルが戻ってくる。そして修司にもらったおつまみセットを見せてくれる。
「もらった!」
「見てたよ。あとで食べよう」
撫でてあげると、メルはにこにこと頷いた。大事そうにおつまみセットを抱きしめる。かわいいのに、持っているのがおつまみなので反応に困る。
「その、あれだ。ごめんね、シュウ。うちの奏が申し訳ない」
「悪いな。こちらでしっかりと説教しておくから」
「なんで!? 何が悪いことした!? 犬みたいでかわいかったじゃない!」
「あんたは口を閉じるべきだよ……」
納得いかない、と嘆く奏に、ため息をつく誠たち。苦労してるな、と他人事のように思いつつ、修司はそろそろ出発することにした。
「それじゃあ、そろそろ行くよ」
「ああ、気をつけてな」
院長たちに見送られながら、修司はメルの手を引いて施設を出る。向かう先はこの町唯一の神社だ。こぢんまりとした神社だが、小さい山の上にあるため、初日の出を見るのにちょうどいい場所だ。ただ、小さい神社ながらも町唯一というだけあり、年末年始は混雑する。迷子にならないように、しっかりとメルの手を握っておかなければならない。
一時間ほど歩いてたどり着いた神社には、予想通り大勢の参拝客で混雑していた。正直見ているだけで辟易してくるが、期待に胸を膨らませるメルがいるので帰るわけにもいかない。メルを連れて、人混みの中に入っていく。
一部の人にとって、初詣というのは大切な儀式でもあるだろうが、多くの人にとってはおそらくお祭りと大差ない。出店も多く、メルもそちらに視線を奪われている。メルの手にはおつまみセットがあるが、かといって何も買わないのは少し良心が痛む。
「何を食べたい?」
修司が聞くと、メルがあれ、と指を指す。そちらを見ると、綿菓子を売っていた。よくあるアニメの袋に入ったものだ。もっとも、メルは袋には興味がないようで、綿菓子の製造に興味の大半が持って行かれているようだった。
その出店に向かい、メルを抱き上げてやる。店の男はそれを見て何となく察したのだろう、新しいタネを製造器に入れてくれた。男が長めの割り箸をくるくると回すと、綿菓子が見る間に大きくなっていく。
「わあ……」
メルが瞳を輝かせる。きらきらとした目で綿菓子ができあがっていく様子を見つめている。
男と目が合うと、お互いに笑顔を交わした。かわいいは正義だ。間違い無い。
袋に興味がないと聞いた男はできたての綿菓子をそのままメルに手渡した。お金を支払う修司の隣で、メルが早速綿菓子を口に入れる。
「あまい! 美味しい!」
「そうかい? そう言ってもらえると嬉しいねえ」
また来てくれよ、と手を振る男に見送られて、再びメルの手を引いて歩き始める。メルは手を引かれながらも、少しずつ綿菓子を食べている。あとで口元を洗ってあげないといけないだろう。幸い、こういうこともあろうかとハンカチは常備している。水を入れた水筒も持ってきているので、あとで濡らして拭ってあげよう。
しばらく歩き続けて、広場にたどり着いた。この広場はお祭りの時にも度々利用されているが、今は出店の一つもない。年末年始は日の出を見る人のための場所だと決められている。
空いている場所にメルと二人で立つ。当然ながら椅子などもないので立ち見となるが、今年はそれほど混雑していないので問題なく日の出を見ることができるだろう。いつもならここも混雑しているのだが、今年は寒波とやらの影響で寒いためか、家で暖を取る人の方が多いようだ。
「おとうさん」
メルに呼ばれて視線を下げると、いつの間にかおつまみの封を開けていた。はい、と差し出してくるので、中の小袋を取り出す。バタピーだ。
「初日の出のお供がおつまみって……。いやいいけど。はい、メル」
「ありがとー」
バタピーを半分渡すと、メルは一粒ずつ食べ始める。一粒一粒を大事に食べていく様子はなんだか小動物みたいで、少し微笑ましい。修司も同じように、少しずつ食べることにする。
バタピーを食べ終えて、チーズを食べ始めてしばらくして。少しずつ、空が白み始めてきた。
「そろそろだぞ」
「うん」
二人でのんびりと見守っていると、建物の影からゆっくりと日が出てきた。少しずつ、少しずつ、日が昇っていく。
「わあ……」
メルが感嘆のため息をついて、修司は薄く微笑んだ。喜んでもらえたようで何よりだ。
機会があれば、もっとちゃんとした観光地で見せてやりたいとも思う。ここははっきりと山と呼べるほど高いわけではないので、どうしても地平線から昇ってくる様子を見ることはできない。そういった日の出なら、もっと綺麗なのだろう。
いずれ一緒に行こう、と思いつつも、今はとりあえずこの初日の出で満足しておくことにした。
日がすっかり昇ってから、二人で出店を回る。射的をしたり輪投げをしたりと一通り遊んでから帰路につく。なんだかお祭りと大差ないような気もするが、子供にとってはこんなものだろう。
メルと手を繋いで、のんびりと歩く。少し眠たいのか、メルはうつらうつらと船をこいでいる。抱いてあげようかと聞いたのだが、メルは首を振っている。寝ちゃうからやだ、とのことだ。
だがやはり限界なのか、いつもの公園に入ったところで、メルが手を伸ばしてきた。苦笑しながら、メルを抱き上げる。
「おとうさーん」
「はいはい」
頬ずりしてくる娘がかわいい。世の中のお父さんの気持ちが分かる。子供はいいものだ。
甘えてくるメルを撫でながら公園を歩いていると、唐突にメルが勢いよく体を起こした。きょろきょろと周囲を見回し始める。
「メル? どうした?」
「んー……」
メルは少し考えるような仕草をしていたが、やがて下りたそうに体をもぞもぞ動かしたので、地面に下ろしてやる。するとメルは修司の手を引いて歩き始めた。
「こっち」
メルに促されて、ブランコへ。そしてそのブランコには。
わん!
犬が一匹、器用にブランコに乗っていた。
尻尾を振って、メルのことを見つめている。どうやら犬にもメルのかわいさが分かるらしい。さすがメルだ。犬も見所がある。侮れない。
そんな親馬鹿なことを考えていると、メルが大きな、とても大きなため息をついた。
「やっぱり……。なんとなく、そんな気はしたけど……」
「わん!」
「うん……。何やってるの? 神様」
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ではでは。




